25 / 60
ⅵ
しおりを挟む「腑抜けたわけじゃない。僕も多少はオトナになったのだ」
「オトナが見世の真ん前で大立ち回りなんぞするものか。お前はお前の意識の奥底で、とほうもない抑圧と疲弊を感じている。だから空気が抜けたようになったと思いきや、突発的にカッとなりやすいんだ」
「姉さんたちだっておんなじよ」
「だがお前はガキで男だから手が出ちまうのさ。まあそれが名物ってんならいいが………ともかくそんなじゃじゃ馬にのぼせあがるとは、やっこさんはとんだ酔狂人だ」
佐野は近くの安宿に滞在しながら、小乃の身体が空く日にはこうして会いに来ていた。時間は、眠りにつくときがもっとも多い。それくらいしか今はまともに時間を取れない。なぐさめも励ましも、佐野は決して口にしない。小乃にはそれがもっとも不要であると知っているからだ。だからあの頃の二人のように、ケチをつけあいながら限られた時間を過ごしている。
「だが誰かに惚れるということは、あの島の誰にも経験のないことだ。男の顔と家柄しか知らずに、まるで戦乱期の武家のように嫁にやられるのだからな。……相思相愛というのを楽しめるのは贅沢なことさ。それにしても過激な気性のやつほど、どうしてかそういう優しげな者と惹かれあいやすい。お前らに限ったことじゃない」
「そりゃあ過激同士と優しい同士がくっついてたら、人間の種類が二分されちまうからだろ。相反するものがくっついて中性の子供が生まれてくれたほうが、なんか世の中丸くおさまるじゃないか。だから自然の摂理さ」
「うまくできているな」
「……ところが僕と倖田さんはうまくない。障壁しかない」
「…………」
「なんで出会っちまったのか、いっそのこと知り合わずにいたほうがよかった」
「倖田が侠気を見せて、お前をかっさらうしか結ばれるすべはない。あるいは逆でもいい。お前はそれなりに金を持ってるのだから、男を二匹飼うくらいどうとでもなろう」
「二匹ってのはお前も含めるのかい?冗談」
小乃が笑う。
「それにさ、あんたみたいのを食わしてくだけならまだしも、さすがにお医者の学費や開業資金を支度してやれるほどの余裕はないよ。大店のおいらんならまだしも、こんなハナクソみてえな見世の、一介の蔭間もどきにゃ無理。あの道はとてつもない金が要るんだ。医者が医者の子供しかなれないのはそういうこった」
「ならやっこさんが無事に店を持ち、うるさい親父を一蹴できる権力を得、なおかつ心変わりせずにいてくれるのを待つしかないというわけだ」
「あんたらの寿命とは違うんだ、そんなのを悠長に待ってられるわけないだろう。ああ、よそう。考えてもキリがない。だいたい、たった今エラいキツネ様がお出しになったお答えがすべてだよ。間違いだって僕にもわかってる。これがいっときの気の迷いであることを祈ってくれ。でなきゃ、つらい」
そう言って、もぞもぞと寝返って背を向けた。
「寝るのか」
「……うん」
「倖田殿もお前と同じように、いまごろ布団の中で思い悩んでおるだろうな。だが辛抱するのも大事だ。どうにもならぬうちにバタついても仕方ない。……時機はかならずあるはずだ。障壁というなら、そのひとつはお前ら自身の若さだろう」
「…………」
「俺はお前に会いにくる前、あの大門の下で日がな一日、いたずらに地面に弧を描いていたわけではないぞ。島から出て行った子らの家をこっそり覗きにいっていたんだ」
「え、そうだったの?」
「ああ。見たところ、そりゃ皆が真に仕合わせだとは言わん。だが淡々とつつがなくやっている者もあれば、お前のように短気なのは、見事に実権をにぎりかかあ天下になっとったわ。そんな家が存外にも多かったな。お前らは基本的に気が短いと見える。かと思えば、見合いこそが運命の導きであったと言わんほど、子がいてもなお恋人のように仲睦まじい夫婦もあった。時の流れの中で、幸不幸というのはあらゆる変貌を遂げるんだ。お前のいう障壁が不幸であるなら、それがいずれ転換することもあるだろう」
背後から小乃の頭にそっと手を置く。
「その時機を待つためには、己の愛情と倖田殿の愛を信じてやるしかない。お前は強いが、弱さまでも強さでおおい隠している。弱き心を恥じるな。その部分にこそ倖田という男が浸透してしみついておるのだ。俺はお前らの恋が間違っているとは決して思っていない。どっちかがやめたと投げ出すまで、お前らはまがうことなき恋人だ」
「……心変わりをすると言ったばかりのクチで、ガラにも無いこと言うもんだ」
「お前がガラにもなくしょげているせいだ」
「まあ、頭の片隅に留めとくよ。それよりお前、とっとと島に帰んな」
「言われずともこの"出張"の期限が明日までだ。お前が倖田殿の夢を見ている間に、起こさねえようそーっと消えるよ」
「そうしとくれ。……気をつけてな」
「またいずれ来る」
「その頃にゃここには居ないさ」
灯を落とし、暗い部屋には虫の音と香の匂いが立ち込める。
『小春』との会話は、それが最後となった。
翌年に突然届けられた梅岡からの便りで知ったのは、望まぬ妊娠を思い悩んだ小春が、その文を書いている日の前夜に、自らの手で若い命を絶ったということであった。
ぐらぐらと地面が揺れるのは、錯覚ではない。ひととおり読み終えてから、時間差で脳天を直撃した衝撃と絶望が、佐野と一体となったその島の地を地震のように激しく揺らしたのだ。
青い海が灰褐色ににごり、うねりをあげた波が岸壁に叩きつけられては砕けていく。人間に心を動かされてはならない。また、見せてもならない。先代が口すっぱく言っていた理由を、この果てしない虚しさの中でいまようやく理解した。
"なんで出会っちまったのか、いっそのこと知り合わずにいたほうがよかった"
潮騒の中、あの日の小乃の言葉が、しずかに耳によみがえった。
0
あなたにおすすめの小説
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる