つらじろ仔ぎつね

めめくらげ

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ー「今日はきれいに見える。富士山のように、少しでも曇るとスッと消えちまうのさ」

上野の駅から、遠くにそびえ立つ全長六三四メートルの青白い電波塔を眺める。古株の真っ赤なタワーが完成したときにもこうして二人で眺めたが、あれから何十年もして、まだこうして東京の中に並んで立っていることは、どうにもならない腐れ縁だとサノが冷やかした。テイクアウトで買った冷たいコーヒーを吸い上げ、二人は久しぶりに逢瀬を楽しんでいた。

相変わらず暇をもてあましている佐野が、クロによって初めてあのパーティーに招待されたのは本当だが、正式に上京した上でクロ達の目を盗み、こうしてサノと会うことが彼にとっての真の目的でもあった。
だが当然二人は恋仲などではない。陰花島の『小乃と佐野』のころから、何一つ変わらぬ関係性を続けている。

しかし、クロに会いたかったのも確かだ。クロは佐野にとって我が子も同然の存在であった。親子としての血のつながりも、またそういう時期もなかったけれど、ともかくクロは佐野にとって特別な存在なのだ。

「初めて浅草で凌雲閣を見たときも驚いたが……ここまであっという間に世界規模の建物が乱立するようになった。人間は地上からいかに高い建物を建てるかで権力を誇示するのが好きだな」

「権力というより、技術の発展や富の象徴さ。豊かなことを何よりも求めてる。お供えをして五穀豊穣を祈ってた頃からずっとそうだろう」

「だがあんなものはまやかしに過ぎぬ」

「そう言うなよ。それより元気にしてたのかい。いつの間に都内にマンションを買ってたんだってね。女の人でもできたの?」

「いーや、陰花もいまや代理のキツネが何人かおるし、鎮座するのもそいつらとシフト制だからな。連休のたびに黄門様のように各地を見て回っておる。その拠点として、やはり東京に部屋を借りたくてな。名義は社長のオンナのものだが、払いは無論この俺さ」

「金はどこから?いまどき賽銭じゃやってけまい」

「ネットの回線を引いてりゃ稼げる方法はいくらでもあるだろ。口座も社長に助けてもらって開いてある。だが薄汚いことはしとらんから安心しろ」

「はあ……あんたも社長とおんなじだ。年寄りのくせに新しいものになじむのが早い」

「死んじまったらどうとでもなるが、生きてる限りは生きるすべを常に持たなくちゃならん。必然としての順応だ」

「それにしても、その生きるすべとやらに必死で、他のキツネたちは肝心の社で人手不足に喘いでるようだよ。あんたとか社長は格上だから別だろうけどさ」

「はたらきものが多いから、俺のようにラクにやるのを好まないせいだ。本末転倒よ。だが人間と同じ苦労を知ったほうが、もっと人間の気持ちに寄り添えるだろう。暇をみては音楽や芝居に打ち込むやつもいるそうだな。いいことじゃないか。いまどきのキツネも、かつての江戸の町人のようにもっと人生を楽しむべきだ」

「お稲荷様もどんどん庶民的になっていくね」

「キツネは昔から庶民のものじゃ。昔はコンビニのごとく社が建ち並んでおったわ」

「じゃあんたらはコンビニ店員と同じだ」

「そのとおり」

駅の橋の上で学生のように笑いあう二人の背に、一人の男が近づいてきた。

「ここにおったか、ずいぶん探した」

「よう黒シャム、遅えぞ」

同じコーヒースタンドで買った甘ったるい飲み物を片手に、Tシャツとジーンズのゲーテがようやく姿を現した。

「この駅の構造をいまだに覚えられん。動物園まで行きそうになったわ」

「だから早く社長に頼んでスマホを手配してもらえ」

「スマホぉ?」

「あの四角い電話だ」

「知っとるわ。だが俺ぁ誰とも連絡を取らねえ主義よ」

「まったく、お前を伝達係にしたのはとんだ間違いだった」

佐野にはこれまで、サノを呼び出すための手段がなかった。
サノも携帯などは所持しておらず、たまにこうして会う約束を取り付けようとも、それを伝えるすべが"現世にいるうちになんとか気配を追って町中で会う"という原始的な方法しかなかったのだ。そしてサノが定められた範囲外の土地に入ることは獄属の規定に反するため、彼が陰花の佐野のもとにやってくることもできなかった。

都内に部屋を借りたことや、パソコンのメールアドレスを得たことでこれから少しは会うのも容易になるだろうが、今までそのことを伝えるための手段が、"シロかクロを介する"以外になかった。しかしこの密会に関しては事情があってできない。なぜならシロもクロも、佐野とサノがこうした『腐れ縁』であることを知らないからだ。実はこの百年以上、ずっと秘密にしてきたことである。

サノは陰花の佐野稲荷について、「小さいころにお参りにいったことがあるくらい」としか明かしていない。佐野もサノについて、「陰花から丁稚に行かされた子は、確かにいたような気がする」という程度の認識でしかないかのように、シロとクロに話していた。

しかし社長は、すべてを知っている。だがそれにも後ろ暗い事情があるため、社長を介してサノと会おうとすることは、心理的にはばかられた。だからその伝達を、あのとき偶然知り合ったこの化け猫に秘密裏に託したのだ。クロの知り合いとあらば、おそらくサノのことも知っている。そうにらんで、友達になろうと迫った。

「たいして仲良くもない年寄り男三人、色気のないメンツじゃな」

「だがすばらしい三人だ、死人とネコとキツネだぞ。こんな異色な仲間、世界広しといえど俺らだけさ」

「ここにオオカミのシロ坊と半妖のクロ坊がおれば尚おもしろい組み合わせだ。それから"生きてる人間"の西、さらにはタヌキ親父の社長もな。……よく考えりゃ、俺らは全員バラバラの種類だ」

「社長はタヌキじゃなくて一応キツネだ」

「はたしてどうかな。俺たちは案外あの古だぬきに長いあいだ化かされとるのかもしれんぞ。ははは、まあ何であれおもしろいメンツだ」

サノをちらりと見やる。口元では微笑みを浮かべ、橋の手すりによりかかって話を聞いているが、その目元はどこか硬い。

「……ところでここまで呼び出した理由は?俺は外に出るのは好きだが、わざわざ乗り物にのって出かけるのは好きじゃない。前もって約束を取り付けることもな」

「ここに呼び出したことに理由はない。新宿でも渋谷でも近所の公園でも、お前のあの窮屈な部屋以外ならどこでもいいんだ」

「はあ、何だそりゃ。苦労して電車を乗り継いできたというのに。それならお前の部屋でもよかったじゃないか」

「俺はおのぼりさんだからよ、上京しとるうちは無為に出かけたくなるんだ。それにこのあたりは、いっときは下町で暮らした俺たち三人にとって思い出深い土地じゃないか」

「待て、俺は確かに江戸っ子だが、お前は陰花だろう。住んでいた時期があったというのは、あの場での取り繕いではなかったのか?それにサノ、お前さんも陰花を出て東京に暮らしとったとは聞いとるが、いまシロ坊と暮らしとるあたりに住んでいたのかと思っていた」

「いいや、僕もいっときは下町に暮らしていたよ。それもね、お前さんとおんなじところさ。もっとも"見世"は違うけどね」

「え?」

「……シャム猫、この場所を選んだことに大した意味はないが、お前を呼んだのはまさしくそのことについて、話して聞かせてやろうと思ったからさ。そうでなけりゃお前は、なぜ俺とサノが会うことをあの三人に悟られたくないのか……興味のない顔をしながら、そのことがずっと奥底でひっかかったままだと思ってな」
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