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ⅲ
しおりを挟むここにやって来る前。やや空いているがそれなりに人が乗車している地下鉄の車内に二人は並んで座り、ゲーテもしばらくはおとなしく揺られていた。だがいきなり"発作"を起こして、座ったままとなりの西に横からまとわりつくように抱きついてきた。そして膝の上に乗りかからんばかりの勢いで、肩に頬をすりよせながら「腹が減った」やら「早く降りよう」などとうるさく訴えはじめたのだ。
若い男の二人連れが突然恋人のように振る舞いだし、当然周囲の乗客らはぎょっとして彼らを見やった。すぐに気まずそうに目をそらしても、チラチラと様子をうかがっている。その好奇の眼差しに耐え切れず、西は顔を赤くしてうつむいた。だがネコのゲーテは人の視線などおかまいなしでまとわりついてくる。
「あと四駅なんでじっとしててください」
「いやじゃ、いますぐ飯を食いたい」
「降りたらすぐにどっかに入りましょう。あと十分もかかりませんよ」
「そんなに待てん。だいたいここはさっきから臭い。そこの女の香水と、こいつの体臭がキツすぎ……うぐっ」
隣に座る男を指さしながら、声をひそめもせずにそう言ってきた口をガバッとふさぎ、ちょうど停車したのでゲーテをひっぱるようにしてあわてて途中下車した。
「人に対してあんな不躾なことを言ってはいけません。指までさしたりして。おっかない人だったら殴られますよ」
そう言いながら西は、ぴたりと密着しゲーテの腰を抱くようにして歩いていることにも、またそれを周囲から奇異な目で見られていることにも気付かぬまま、次の車両は待たずに改札まで向かっていった。
「俺が人間ごときにやられるとでも思っとるのか。殺ろうと思えばあそこに居た奴らひとり残らず、一分とかからず八つ裂きよ」
「絶対ダメです」
「なあ、昨日墓参りに行くと言ったらな、明日の集会を主催するキツネから小遣いをもらったんだ。だから肉を食いに行こうぜ。いますぐ電話で肉を出す店を探せ」
「……そうですか。それは良かったですね。ちょっと待ってください」
「金持ちの社長だから、お前も明日仲良くなっておくといい。なんなら仕事も斡旋してもらえ。もう少し時給をもらえて、休みを増やせる仕事だ。そいつにお前のことを話したら、今度新しくやる店のスタッフにどうかと言ってたぞ。そいつに、月に必要な金の相談をしろ。そうすりゃ生活に余裕が出るじゃろ」
レストランを検索しながら西は、眉根を寄せつつ笑った。いつも自分本位に生きている男だが、それなりにこの身を気遣ってくれているのかと思うと、やはり妙なかわいらしさを感じて愛情が湧く。無意識なのだろうが、うまいやり口だと思った。
そうして駅から少し歩いたところのチェーンのステーキハウスに入り、添えられた野菜はすべて西の皿に移してから、血のしたたるような肉だけを食い満足したゲーテは、残りの四駅では発作を起こさずじっと耐えて地下鉄に乗り、こうしてどうにか墓場までやって来た。
ー「金を貯めたら引っ越すより先に安い軽自動車でも欲しいです。そうすりゃ移動中にいくら引っ付かれても困らない。……あ、でも運転中は無理か」
「飽きたら途中で飛び降りれるしな」
「……その懸念もあったか」
もくもくと立ちのぼる煙を見上げ、まもなく西日の差す秋の青空を仰ぐ。夏休みが終わり肌寒くなってきて、日がかたむくのも格段に早まってきた。
学業と仕事に追われ、冬も夏も、昼も夜もない生活をし、立ち止まることなくここまでやって来てしまったような気がする。金木犀の匂いの立ちこめる古びた墓地の前でようやくそのことを実感し、このままあの高い空に魂が吸い上げられていくような気がした。
「秋はさびしいですね」
突如そんな愁いが沸き起こり、あと何回この秋空を見るのだろうと生まれて初めて考えた。
たとえあと百回見ようとも、あるいはこの限りであろうとも、どちらも同じくらい寂しい空なのではないだろうか。
「もしもいま死んでお墓に入ったとして、うっかり成仏できずにひとりっきりでこの空を眺めるハメになったりしたら、死んじゃってるけど、死ぬほどさびしいんだろうな」
「空なんぞ見えんわ。ただひたすらの暗闇よ。この世でモノを見たり聞いたり嗅いだりできるのは、あくまでもカラダがあるから出来ることじゃ」
「え、そうなんですか?そんなのもっと嫌だ。なんの景色も見れないほうが苦しいな……死ぬよりつらいや」
「めったにそうはならんから案ずるな」
「ゲーテさんはなんでも知ってるんですね」
「人間がなんにも知らなすぎるだけじゃ」
「科学的でない分野は、俺たちにはすべてまやかしなんです。アレが見えるコレが見えるばかり言ってると、薬物中毒か精神病だと思われますからね」
「それがいかん。おかげで俺たちの世界はどんどん狭くなっていく」
空に向かって紫煙の輪っかを吐き出し、吸いさしのまま西に「ん」とタバコを手渡した。すると西が携帯灰皿でそれをもみ消し、「だからこそ、魑魅魍魎というのにはロマンがあるんです」と言った。
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