50 / 60
ⅳ
しおりを挟むするとそのとき「ゲーテさん」と、背後から誰かの声がした。
「よう、お前も来たのかい」
ゲーテと共に振り返ると、そこには自分と同い年くらいの青年が、鋭く射抜くような"キツネ目"をして立っていた。人のナリをしているが、ずいぶん目につく白さと、どこか冷たいが人形のように整った顔立ちをしている。西は即座にそれが人ではないとわかった。そして青年の方でも、振り返った西の顔をまじまじと眺め、みるみるうちに怪訝そうに眉根を寄せた。しかしどうやら訝しんでいるのではなく、驚いているらしかった。
「クロ坊、これが今の俺の下僕よ」
ゲーテが西をあごでしゃくり、「おもかげが残っているだろう」と言った。
「どうも、西です……あの、この方がもしかして……?」
「そうさ、明日の集会に誘ってきたクロだ。それから、この墓の主の"かわいい"キツネじゃ」
「ああ……あなたが……。あの、その節は平八さんがお世話になりました」
西がぺこりと頭を下げた。
「ははは、何じゃそりゃ。やいクロ坊、突っ立っとらんで、きちんとあいさつを返さんか」
ゲーテに促され、クロもハッとしたように頭を下げた。
「初めまして。あの……名はいろいろとありましたが、今は黒崎 蓮太郎に落ち着いています」
「黒崎さん?」
「ええ、本名がクロなもので、社長に"黒がつく苗字"をと言われ、職場ではとりあえずその名を……。ですので人間のみなさんは、結局、僕のことをアダ名のつもりでクロと呼びます」
「なるほど。じゃあ俺もクロさんと呼びます。今はボーイさんをやってらっしゃるんですよね」
「ええ。でも実はもうすぐ辞めるつもりで……。うちの社長……梅岡という男が、あなたに店の手伝いを勧めたいと言ってましたよ。学生さんでずいぶんとお忙しいみたいですが、私の後釜としてでよければいかがです?それなりに時給のいい仕事です。いずれ新しく立ち上げる店もありますし、気が向いたらぜひ明日、梅岡に話を聞いてみてください」
「それ、さっきゲーテさんにも言われました。お二人とも、気をつかってくださってすみません」
「貧乏暇なしの苦学生じゃからなあ。少しはゆとりを持った生活をしろ。……ところで、お前もここに来るとは思わなかった」
「私もあなた方がいるとは思いませんでしたよ。ゆうべはずいぶん風が強かったので、ひと月ぶりに掃除をしようと……」
「クロさん、長いあいだずっとこの墓を見てきてくださって、ありがとうございます。俺はこの人のことをまったく知らずにいたくせに、こうして彼のことを忘れずにいてくれた方がいたのは、本当に嬉しいです。一応砂埃を落として水はかけときましたが、彼はあなたにやってもらいたかったと言ってるかもしれませんね」
ませて垢抜けていた平八とは違い、どこか野暮ったく飾り気のない男ではあるが、この分厚いメガネを取り、髪をきちんと整えれば、"毒気のない平八"になるような気がした。うっかりするとじっと見つめてしまう。というより、見惚れてしまいそうだ。
「……クロ坊、西は俺のモンじゃ。横取りなどするなよ」
「なっ……しませんよ。何言ってるんです」
「だったらそんな物欲しそう眼で見るな、卑しい小僧め」
「見てません。いっつもひねくれた見方ばかりして。だいたいあなたみたいな年老いた可愛げの無い化け猫など、いつ捨てられたっておかしくありませんよ。自分のモノ呼ばわりなど、思い上がりもいいところだ」
「そりゃまったくお互い様じゃないのかい、化け狐よ」
「……まあまあ二人とも。あの、俺はゲーテさんを捨てたりしませんから、心配しないでください。それより、ここで立ち尽くしていても冷えますから、どっかでコーヒーでも飲みますか?」
「………このままこの化け猫といても言い合いになるだけです。私はまだここに少し用事がありますので、お二人は先にお帰りください。西さん、明日、よろしくお願いしますね」
「そうですか……。わかりました、それじゃ、俺たちは先に……ね、ゲーテさん」
西がゲーテの背に手を回す。
「明日、楽しみにしてますよ。パーティーなんて呼ばれるの初めてですから」
「そんな大仰なモノではありません、ただ少人数で集まるだけです。お正月にみんなで用もなく集まるようなものですよ。……それでも、料理やお酒は、いろいろとうるさい梅岡が用意しますから、期待していてください」
「はい、実はそれがいちばん楽しみです。……それじゃ、失礼します」
二人が霊園を去っていくのを見届ける。出口のところでチラとこちらを振り返ったゲーテが、ニヤリと笑った。キツネほど鼻は利かないが、勘の良さは飛び抜けてするどい男だ。見たり聞いたりしなくとも、"少し先のこと"を察することに長けている。
ー「クロさん、あなたのせいで機嫌を損ねたんじゃありませんか?」
駅までの道すがら、ゲーテがふらりとどこかに行かぬよう、その肩を抱きながら西が言った。
「あいつの無愛想は生まれついてのモンだ。怒っても楽しくてもずーっとあの調子さ。だいたい機嫌などいちいち気にしていたら奴とは付き合えんわ」
「それじゃ平八さんは大らかな男だったんでしょうね」
「大らかというより無神経に近い。クロ坊を怒らせるのも日本一うまかったな。だがそのあとの機嫌取りも世界一うまい男じゃ」
寂れているが人通りの多い商店街を歩く。男同士で密着する二人を見やる視線を、西はもうさほど気にしなくなっていた。
「クロ坊はあすこで人と待ち合わせをしておったのだろう」
「え……どなたと?」
「さあ。だがおそらくは、"となりの墓"の掃除をしに来た男さ」
「となりの墓……誰のお墓です?」
「こっちも俺やクロ坊の知り合いさ。おんなじくらい古くから有るが、平八のと違ってまだ脈々と血筋のモンが葬られとるところよ。何年か前に墓石も新しくしてな」
「その方のお墓と関係のある方ですよね?その人もキツネですか?」
「いいや。そいつはニンゲンだった奴だ」
「ニンゲンだった……」
「まあ幽霊のようなものだな」
「幽霊?……化け猫にお稲荷さんに幽霊か……すごいコミュニティーがあったものだ」
「はっはっは。安心せい、いずれ消えていくよ。まだまだ何百年とかかるだろうが、俺たちのような魑魅魍魎は、昔と比べたらずいぶん減ってきた。人間社会の中で淘汰されとるのさ。もうきっと、俺たちのようなモンはお前らに必要ないんだ」
「……化け猫が必要とされることなんて、今までありました?」
「今まさにお前が俺を必要としているじゃないか」
「そりゃお互い様ですよ」
そう言うと、ゲーテが西の腿を軽く蹴った。二人は人目もはばからず楽しげに笑い合いながら、たまには散歩でもしようと言って、駅を通り過ぎて歩けるだけ歩くことにした。
0
あなたにおすすめの小説
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる