Last Lesson

駄文のヒロ

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DAY2 希望と絶望

8、沈黙の始まり

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 アーク部隊は、和真、スギヤマ、澪の三人を保護して、本部に帰還した。

 薄暗い地下施設。
 作戦ブリーフィングルームは、低い天井と円形の卓に囲まれていた。
 壁一面に壊れた世界の衛星写真、ヴィラン発生エリア、エデン拠点マップが貼りつけられている。
 重い防爆扉が閉まる音。



 集められたのは、前線部隊の隊員たち。
 和真、スギヤマ、澪が部屋に入る。
 すでにレジスタンスの幹部数名が待っている。

 中央に立つ β世界のカズマ。
 無傷ではない。包帯、擦り切れた戦闘服。
 だが背筋は真っ直ぐに精悍な面持ちの姿で立っている。
 カズマが一歩前に出る。

「――これより、作戦概要を説明する」

 端末を操作すると、ホログラムが立ち上がる。
 映し出されるのは、地下研究施設の内部映像。
 拘束された老人――β世界の博士。
 こっちの世界では、工藤教授のことを『博士』としているようだ。

「まずは、エデンに拘束されている博士の奪還」

 ざわり、と空気が揺れた。

 幹部の一人「……博士が、生きていると?」

 カズマが答える。

「ああ。確認済みだ。
 博士は、エデンの“起点”を知っている唯一の人間だ。

 ――“壊す方法”も、“治す方法”も知っている。
 失えば、この世界はもう戻れない」

 映像が切り替わる。
 巨大なタンク、ドローン、弾頭、散布型エデンベクター装置。
 カズマは、指揮棒でホログラムを指す。

「散布型エデンベクターは、すでに量産段階に入っている」

 スギヤマが青ざめる。

「……治療薬が完成する前に、世界を終わらせる気か」
「違う」

 カズマは一瞬、言葉を選ぶ。

「“完成させる気”だ」

 ホログラムに治療薬の試作データ(不完全)。

「エデンは、“人格を固定する”治療薬を作ろうとしている」

 和真が訊く。

「……それって、救いじゃないのか?」
「違う」

 カズマは即答する。

「“壊れた人格を治す”んじゃない。
 “都合のいい人格で固定する”」

 幹部の一人が息を呑む。

「エデンは、博士の“理論の完成形”を奪おうとしている」
「つまり……」
「治療薬を完成させられるのは、博士だけだ」

 カズマ、もう一人の和真を見る。

「αのデータと、βの“壊れた現実”を正しく繋げられるのは、あの人しかいない」

 ホログラムが切り替わり、敵拠点の立体図。

「明日――博士奪還作戦を提案する」

 カズマは続ける。

「三段階だ
  1.陽動:外縁部でレジスタンス主力が交戦
  2.潜入:小隊が地下研究区画に侵入
  3.回収:博士と研究データを確保し、即時撤退」

 幹部たち、誰もすぐには口を開かない。
 和真が言う。

「……失敗したら?」

 カズマの口から冷徹な答えが返ってきた。

「世界が終わる」

 即答。迷いなし。
 だが、一拍して続く言葉。

「――成功すれば、オレたちもヴィラン化した人たちもこの世界も……取り戻せる」

 ほんの一瞬、声が揺れる。

 カズマは一同を見る。

「これは救出じゃない。
 ――世界の“取り戻し”だ」

 博士奪還作戦のホログラムが消え、一瞬、空気が抜けたような静寂。

「……もう一つ、話しておくべきことがある」

 幹部たちの視線が集まる。
 今度は、別の投影が浮かび上がる。
 歪んだ空間波形と、次元越境装置の模式図。

 カズマは、和真と澪を見る

「この二人を、αへ帰還させる」

 隊員の視線が、一斉に和真へ集まる。

「この作戦が成功しても――二人は、この世界に留まれない」

 和真は端末を操作を操作する。

「クロスポータルは、“同一個体が同一世界に存在できない”」

 ホログラムに二つの世界と個体の重なりが映る。

「α世界の和真がここに居続ければ、彼は不安定化する」

 和真は息を吸い、前に出た。

「……オレは、この世界の人間じゃない」

 ざわめきが広がる。

「でも、ここで見たものを、見なかったことにはできない。
 だから――帰る。
 でも、何も残さずには帰らない」

 カズマが、静かに頷く。

「博士の奪還と、次元越境の成功は、同一作戦内で実行する。
 エデンは、必ず迎撃に来る。
 その混乱を利用する」

「……失敗した場合は?」

 カズマが即答する。

「失敗は想定しない」

 その声音に、冗談も虚勢もなかった。

「だが、選択肢は用意する。
 博士が奪還できなかった場合、和真と澪は最優先で帰還させる」

 和真が、思わず口を開く。

「……それは――」

 カズマが、遮るように言った。

「これは“世界”の問題だ。
 だが、お前たちが犠牲になる理由はない」

 和真は、唇を嚙みしめる。
 自分が”守られる側”として扱われている現実が、胸に引っかかっていた。


 ホログラムが切り替わる。
 カズマが崩壊寸前の次元越境装置を指す。

「安定した帰還が可能なのは、この装置だけだ。
 だが……」

 一拍。

「作動させるには、内部に“座標固定要員”が必要になる」

 沈黙。
 和真が、察する。

「……戻るってことは、誰かがここに残るんですよね」
「そうだ」

 即答。

「……オレが残る」

 誰よりも早く、スギヤマが言葉を発する。

「無理だ。
 指導者であるあなたがいなければ、この世界は持たない」
「だったら――なおさらだ。
 この世界で壊れたのは、オレの選択だ」

 カズマは指導者の強い意志を感じて、言葉を呑んだ。
 無言の納得をして、周囲に目を配る。

「以上が概要だ。
 参加は強制しない。だが――」

 視線が、隊員たち一人一人を貫く。

「この作戦は、“誰かに選ばされる世界”を終わらせるためのものだ」

 沈黙のあと、一人、また一人と、隊員たちが立ち上がる。

「参加する」
「行かせてくれ」

 短い言葉が重なっていく。
 和真はその光景を見て、胸の奥が静かに熱くなるのを感じていた。


「博士奪還、帰還作戦――」

 一同を見る。

「同時実行だ」

 警報が鳴り、作戦開始がカウントダウンする。
 一通り話し終えたカズマは、二人を見やった。

「和真、澪……生きるべき世界で生きろ」

 そこに、カズマの感情がにじむ。
 澪は震える声で、

「……帰ったら、この世界のこと、忘れちゃうんですか?」
「忘れない」

 カズマは静かな誓いを口にした。

「オレが忘れない」

 カズマが、最後に言った。

「……生きて戻る。
 それが、この作戦の唯一の成功条件だ」

 ブリーフィングルームの灯りが、ゆっくりと落ちる。

 決意だけが、はっきりと残っていた。
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