Last Lesson

駄文のヒロ

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エピローグ

平穏な世界

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 冷たい風が、頬を撫でた。
 遠くで、風の音だけが聞こえる。

 和真は、ゆっくりと目を開ける。



 視界に入ったのは、見慣れた空――
 学校の屋上だった。

「……生きてる?」

 隣の澪も、同時に目を覚まし、和真を見る。

 「……和真?」

 二人は起き上がる。

 コンクリートの感触は硬く、だが、血の匂いはない。
 痛みもない。

 和真は、息を確かめるように胸に手を当てた。

 ――生きている。

 澪が、小さく身じろぎする。

 やがて、目を開けた。

「……和真?」

 声は、夢から覚めた直後のように、少しかすれていた。

「……屋上、だよな」

 二人で、ゆっくりと起き上がる。

 フェンスの向こうに広がる街は、あまりにも穏やかだった。
 サイレンも、銃声も、緊急放送もない。
 ただ、午後の光に包まれた日常。

 和真は、ふと自分の腕を見る。

 「……ない」

 未接種者を示すリストバンドがない。

 彼女も自分の腕を確かめ、同じく何もついていない。

 「……外した覚え、ないよね?」

 和真、周囲を見渡す。
 制服姿の自分、制服姿の彼女。

 「……制服?」

 澪は、首をかしげる。

「……先生は?」

 和真は、はっとした。

 二人は慌てて、教室に駆け込んだ。
 夕方の光が、窓から斜めに差し込んでいる。

 教室の様子。
 机と椅子は整然としていて、壁の掲示物はごく普通。
 しかし――どこか決定的に違う。

 廊下を覗く和真。
 静かすぎる。

 職員室に、人はいる。
 だが――担任教師の杉山先生の姿が、どこにもない。
 近くにいた教師が、気づいて、

 「どうした?
 もうすぐ下校だぞ」
 「……あの、担任の先生は?」
 「担任?
 ……このクラスは、担任制じゃないだろ?」

 和真は言葉を失う。

 澪が小声で言う。

 「……いないね」
 「……スギヤマも」

 教卓を見る。
 誰も立っていない。
 黒板に視線が止まる。

 そこには、白いチョークで一文だけ。

   『選んだなら、もう前を向け』

 和真は息を呑む。

 「……ああ」

 澪がそっと笑う。

 「……卒業、だね」

 校庭では、何事もなかったかのように、生徒たちが帰路につく。

 和真は黒板を見つめたまま、

 「世界は……変わってない」

 一拍。

「……最初から、何もなかったみたい」
「でも、守られなくていい世界になった」

 チャイムが鳴る。

 和真と澪、並んで歩き出す。

 黒板だけが残される。
 文字は、消えない。

 和真は、胸の奥に、小さな空洞を感じた。

 あの時間は、確かにあった。

 痛みも、選択も、誰かの涙も。

 なのに――世界だけが、それを覚えていない。

 帰り道。

 校門を出たところで、澪が立ち止まった。

「……雪」

 空から、小さな白いものが舞い落ちる。

 初雪だった。

 街のざわめきが、一瞬だけ、静まる。

 和真は、手を伸ばした。

 掌に落ちた雪は、すぐに溶けて、消える。

「……きれい」

 和真は、頷いた。

 壊れていない街。
 壊さずに済んだ世界。

 それが、“正しい結末”なのかは分からない。

 だが、少なくとも――
 この雪は、誰も選別しない。

 二人は、並んで歩き出す。

 足跡は、薄く、白い地面に残っていった。

 やがて、それもまた、雪に覆われていく。
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