とりっくおあとりーとっ?!

胡桃朱里

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始まりのクライマックス

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「わが名はエルフォン=ドルビア!魔王よ!いざ尋常に…」
  もはやお決まりとなった、お堅い言い回しが館内にこだまする。
  玉座の前に佇む少年が一人。小柄な体には似つかわしくない鋼色の重装備だが、傷やくすみが少ない事から、まだ新品に近いようであった。

…どうやら「今回の」勇者は今までに比べて若いようだな。

  必死に張られた声は凛としており、どこか初々しさすら感じる。
  魔王とよばれた青年は、人間の姿をしており、容姿端麗文字の如く。色素の薄い肌にアイスブルーの短い髪を持ち、髪と対象的な真紅の瞳は見るもの全てを威圧する、力のある瞳をしている。
  エルフォンは迂闊にも、魔王を美しいとさえ思った。しかしすぐに我に返ると、懸命に魔王を睨みつける。
  魔王は赤いクッションが敷かれた大理石作りの椅子に腰をかけ、手すりに左肘をつけ、頬杖をついたまま、”自称”勇者の方を見下げる。

…ここは丁重に迎えねばならんな。遠路遥々、余を尋ねて来たのだから。

「よく来たな勇者よ。余の名はラーディナル。貴様の来訪、歓迎しようではないか。」
  魔王の威厳のある声が耳に届くや否や、勇者は素早く背に抱えていた片腕程の長さの剣を前に構える。
「ディーヴァ国から直ちに魔物達を撤退させろ!さもなくば…」
  ラーディナルは変わらぬ体制で、右の手だけで大きく虚空に円を描く。彼の指が辿った跡にはうっすらと光の軌道が残され、全体を通してみると、魔方陣のようであった。

「……っ!」

──来る!

  エルフォンと名乗った少年は、魔王の放とうとしている得体の知れないものに、全身に緊張を走らせ、より一層身を屈めると、左の腕に備えた小ぶりの盾で顔を覆うように構えた。


一瞬。


  ぶわさっ…!と布が空気をたたむ音がして、視界が白くなる。
  エルフォンは思わず「うわあっ!」と叫び、そのまま後部へしりもちをついた。腰を抜かし、口を間抜けに開いたまま、いきなり現れた信じられない光景を目の当たりにする。

  色取り取りに盛り付けられた小さなケーキの陳列。
  純白のカップアンドソーサーからは、様々なハーブの香りが漂い、鼻をくすぐってくる。
中央にそびえ立つ、塔を連想させるオブジェか止めどなく流れる光沢のある茶色の液体は、甘く鼻の芯をとろかすヴィック産のカカオをふんだんに使った、口当たりのよいチョコレートフォンデュだ。
  周りにはその材料であろう、舌触りの柔らかなマシュマロにビスケットに旬の果物などが取り揃えられている。

『え…?』

  想像とは180度違った異様な光景に、エルフォンは思わず声音が裏返ってしまった。
「余は歓迎する、といったであろう?」
  何故喜ばないのだ、と言わんばかりに口を尖らせて、ラーディナルは言った。
「え、いやその…?」
「余は甘いものを食べると幸せな気分になる。人間もそうではないのか?
特にそのフォンデュ、たっぷりつけるもよし、アーティスト気取りで先端だけつけるもよし。遊び心とスウィートが共存する、この素晴らしい極み!!」
  なぜかガッツポーズを取りながら力説する魔王に、自称勇者はただただ、呆気に取られている。
「とりあえず席について一服なされよ、客人。」
「いや、客人じゃなくて…その、あの…」
  しどろもどろの彼を完全に無視したまま、パチン、と魔王が指を鳴らすと、黒い燕尾服を着た従者二人が腰の抜けたエルフォンの両腕をそれぞれ抱え、彼を茶会の席に着かせた。


『なぜこんなことになってるのだろう。

僕は国の皆の期待を背負って、ヤツを──魔王を倒しに来たはずだ。
長く苦しい旅になるだろう。険しい道を、山を、谷を、魔物の住まう恐ろしい中潜り抜けて、魔王の居る居城にたどり着くのは何時になるのだろう。
そう思い、覚悟ながら旅路について1週間、あっけなく魔王の住まう城にたどり着いてしまった。
これはその…勇者だ、つまり、勇者として認められたが故の幸運、いや、当然の速度なのだと思い、震える…もとい、武者震いの止まらぬ腕を抱えながらここまでやってきた。
そして驚くべき威圧感。
圧巻すべき力をヤツに感じ、正直逃げたくなった。
だけど僕は勇気を振り絞りヤツに挑んだ。
そして奴は恐ろしいほどの魔力を用いて──』

「…客人。おい客人。」
「え、あ、はい!」
「折角のナレーションの中すまないが、お茶が冷める。それに、そのシフォンケーキは焼きたてを用意している。さっさと食うがいい。」
  変わらぬ威圧感のまま、魔王は客人である"勇者"に茶を勧める。
  なんとも異様な光景だ。
  言われるがまま、エルフォンは焼きたてのケーキを従者から受け取り、フォークで一口大に切り分けると口に運ぶ──所で止まった。

待てよ。おかしい。
いや、この状況、勇者と魔王が仲良くケーキをつつくなんて誰がどう見てもおかしいのは間違いないが、何か裏があるんじゃないだろうか。
ケーキを勧めて油断させておいて後ろからバッサリ…いや、このケーキ自体に毒が…!?

いや、相手は魔王だ。
そんな生ぬるいものじゃない。
きっとケーキを食わせ、太らせた所を喰らう。──それだ!

「それだ、の訳あるか。」
  思わず心の声を出していたエルフォンに、間髪いれずラーディナルは突っ込みを入れる。そして、ため息を付き、
「客人。」
「ひっ…」
  思わず上ずった声を出し、エルフォンは恥じた。が、それに気づいたのか気づかなかったのか、魔王は手にしたフォークを、人差し指と親指でつまむように構え、
「はっきり言おう。余がその気になれば貴様の首など──」

一閃。

  魔王は軽く手首を捻るようにして、フォークを振る。
「瞬時に切り落とせてしまうだろう。」

コロン。

  勇者の前に差し出されていたシフォンケーキ、その上に飾られている、砂糖で作られた小さな人形の首が転げ落ち、渇いた音をたてた。

  エルフォンの脳裏は駆け巡るように、その光景を自分の未来にすり替える。背筋に氷柱を突き立てられたような感覚に襲われ、彼は──逃げた。

  一目散に。


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