1 / 2
始まりのクライマックス
しおりを挟む
「わが名はエルフォン=ドルビア!魔王よ!いざ尋常に…」
もはやお決まりとなった、お堅い言い回しが館内にこだまする。
玉座の前に佇む少年が一人。小柄な体には似つかわしくない鋼色の重装備だが、傷やくすみが少ない事から、まだ新品に近いようであった。
…どうやら「今回の」勇者は今までに比べて若いようだな。
必死に張られた声は凛としており、どこか初々しさすら感じる。
魔王とよばれた青年は、人間の姿をしており、容姿端麗文字の如く。色素の薄い肌にアイスブルーの短い髪を持ち、髪と対象的な真紅の瞳は見るもの全てを威圧する、力のある瞳をしている。
エルフォンは迂闊にも、魔王を美しいとさえ思った。しかしすぐに我に返ると、懸命に魔王を睨みつける。
魔王は赤いクッションが敷かれた大理石作りの椅子に腰をかけ、手すりに左肘をつけ、頬杖をついたまま、”自称”勇者の方を見下げる。
…ここは丁重に迎えねばならんな。遠路遥々、余を尋ねて来たのだから。
「よく来たな勇者よ。余の名はラーディナル。貴様の来訪、歓迎しようではないか。」
魔王の威厳のある声が耳に届くや否や、勇者は素早く背に抱えていた片腕程の長さの剣を前に構える。
「ディーヴァ国から直ちに魔物達を撤退させろ!さもなくば…」
ラーディナルは変わらぬ体制で、右の手だけで大きく虚空に円を描く。彼の指が辿った跡にはうっすらと光の軌道が残され、全体を通してみると、魔方陣のようであった。
「……っ!」
──来る!
エルフォンと名乗った少年は、魔王の放とうとしている得体の知れないものに、全身に緊張を走らせ、より一層身を屈めると、左の腕に備えた小ぶりの盾で顔を覆うように構えた。
一瞬。
ぶわさっ…!と布が空気をたたむ音がして、視界が白くなる。
エルフォンは思わず「うわあっ!」と叫び、そのまま後部へしりもちをついた。腰を抜かし、口を間抜けに開いたまま、いきなり現れた信じられない光景を目の当たりにする。
色取り取りに盛り付けられた小さなケーキの陳列。
純白のカップアンドソーサーからは、様々なハーブの香りが漂い、鼻をくすぐってくる。
中央にそびえ立つ、塔を連想させるオブジェか止めどなく流れる光沢のある茶色の液体は、甘く鼻の芯をとろかすヴィック産のカカオをふんだんに使った、口当たりのよいチョコレートフォンデュだ。
周りにはその材料であろう、舌触りの柔らかなマシュマロにビスケットに旬の果物などが取り揃えられている。
『え…?』
想像とは180度違った異様な光景に、エルフォンは思わず声音が裏返ってしまった。
「余は歓迎する、といったであろう?」
何故喜ばないのだ、と言わんばかりに口を尖らせて、ラーディナルは言った。
「え、いやその…?」
「余は甘いものを食べると幸せな気分になる。人間もそうではないのか?
特にそのフォンデュ、たっぷりつけるもよし、アーティスト気取りで先端だけつけるもよし。遊び心とスウィートが共存する、この素晴らしい極み!!」
なぜかガッツポーズを取りながら力説する魔王に、自称勇者はただただ、呆気に取られている。
「とりあえず席について一服なされよ、客人。」
「いや、客人じゃなくて…その、あの…」
しどろもどろの彼を完全に無視したまま、パチン、と魔王が指を鳴らすと、黒い燕尾服を着た従者二人が腰の抜けたエルフォンの両腕をそれぞれ抱え、彼を茶会の席に着かせた。
『なぜこんなことになってるのだろう。
僕は国の皆の期待を背負って、ヤツを──魔王を倒しに来たはずだ。
長く苦しい旅になるだろう。険しい道を、山を、谷を、魔物の住まう恐ろしい中潜り抜けて、魔王の居る居城にたどり着くのは何時になるのだろう。
そう思い、覚悟ながら旅路について1週間、あっけなく魔王の住まう城にたどり着いてしまった。
これはその…勇者だ、つまり、勇者として認められたが故の幸運、いや、当然の速度なのだと思い、震える…もとい、武者震いの止まらぬ腕を抱えながらここまでやってきた。
そして驚くべき威圧感。
圧巻すべき力をヤツに感じ、正直逃げたくなった。
だけど僕は勇気を振り絞りヤツに挑んだ。
そして奴は恐ろしいほどの魔力を用いて──』
「…客人。おい客人。」
「え、あ、はい!」
「折角のナレーションの中すまないが、お茶が冷める。それに、そのシフォンケーキは焼きたてを用意している。さっさと食うがいい。」
変わらぬ威圧感のまま、魔王は客人である"勇者"に茶を勧める。
なんとも異様な光景だ。
言われるがまま、エルフォンは焼きたてのケーキを従者から受け取り、フォークで一口大に切り分けると口に運ぶ──所で止まった。
待てよ。おかしい。
いや、この状況、勇者と魔王が仲良くケーキをつつくなんて誰がどう見てもおかしいのは間違いないが、何か裏があるんじゃないだろうか。
ケーキを勧めて油断させておいて後ろからバッサリ…いや、このケーキ自体に毒が…!?
いや、相手は魔王だ。
そんな生ぬるいものじゃない。
きっとケーキを食わせ、太らせた所を喰らう。──それだ!
「それだ、の訳あるか。」
思わず心の声を出していたエルフォンに、間髪いれずラーディナルは突っ込みを入れる。そして、ため息を付き、
「客人。」
「ひっ…」
思わず上ずった声を出し、エルフォンは恥じた。が、それに気づいたのか気づかなかったのか、魔王は手にしたフォークを、人差し指と親指でつまむように構え、
「はっきり言おう。余がその気になれば貴様の首など──」
一閃。
魔王は軽く手首を捻るようにして、フォークを振る。
「瞬時に切り落とせてしまうだろう。」
コロン。
勇者の前に差し出されていたシフォンケーキ、その上に飾られている、砂糖で作られた小さな人形の首が転げ落ち、渇いた音をたてた。
エルフォンの脳裏は駆け巡るように、その光景を自分の未来にすり替える。背筋に氷柱を突き立てられたような感覚に襲われ、彼は──逃げた。
一目散に。
もはやお決まりとなった、お堅い言い回しが館内にこだまする。
玉座の前に佇む少年が一人。小柄な体には似つかわしくない鋼色の重装備だが、傷やくすみが少ない事から、まだ新品に近いようであった。
…どうやら「今回の」勇者は今までに比べて若いようだな。
必死に張られた声は凛としており、どこか初々しさすら感じる。
魔王とよばれた青年は、人間の姿をしており、容姿端麗文字の如く。色素の薄い肌にアイスブルーの短い髪を持ち、髪と対象的な真紅の瞳は見るもの全てを威圧する、力のある瞳をしている。
エルフォンは迂闊にも、魔王を美しいとさえ思った。しかしすぐに我に返ると、懸命に魔王を睨みつける。
魔王は赤いクッションが敷かれた大理石作りの椅子に腰をかけ、手すりに左肘をつけ、頬杖をついたまま、”自称”勇者の方を見下げる。
…ここは丁重に迎えねばならんな。遠路遥々、余を尋ねて来たのだから。
「よく来たな勇者よ。余の名はラーディナル。貴様の来訪、歓迎しようではないか。」
魔王の威厳のある声が耳に届くや否や、勇者は素早く背に抱えていた片腕程の長さの剣を前に構える。
「ディーヴァ国から直ちに魔物達を撤退させろ!さもなくば…」
ラーディナルは変わらぬ体制で、右の手だけで大きく虚空に円を描く。彼の指が辿った跡にはうっすらと光の軌道が残され、全体を通してみると、魔方陣のようであった。
「……っ!」
──来る!
エルフォンと名乗った少年は、魔王の放とうとしている得体の知れないものに、全身に緊張を走らせ、より一層身を屈めると、左の腕に備えた小ぶりの盾で顔を覆うように構えた。
一瞬。
ぶわさっ…!と布が空気をたたむ音がして、視界が白くなる。
エルフォンは思わず「うわあっ!」と叫び、そのまま後部へしりもちをついた。腰を抜かし、口を間抜けに開いたまま、いきなり現れた信じられない光景を目の当たりにする。
色取り取りに盛り付けられた小さなケーキの陳列。
純白のカップアンドソーサーからは、様々なハーブの香りが漂い、鼻をくすぐってくる。
中央にそびえ立つ、塔を連想させるオブジェか止めどなく流れる光沢のある茶色の液体は、甘く鼻の芯をとろかすヴィック産のカカオをふんだんに使った、口当たりのよいチョコレートフォンデュだ。
周りにはその材料であろう、舌触りの柔らかなマシュマロにビスケットに旬の果物などが取り揃えられている。
『え…?』
想像とは180度違った異様な光景に、エルフォンは思わず声音が裏返ってしまった。
「余は歓迎する、といったであろう?」
何故喜ばないのだ、と言わんばかりに口を尖らせて、ラーディナルは言った。
「え、いやその…?」
「余は甘いものを食べると幸せな気分になる。人間もそうではないのか?
特にそのフォンデュ、たっぷりつけるもよし、アーティスト気取りで先端だけつけるもよし。遊び心とスウィートが共存する、この素晴らしい極み!!」
なぜかガッツポーズを取りながら力説する魔王に、自称勇者はただただ、呆気に取られている。
「とりあえず席について一服なされよ、客人。」
「いや、客人じゃなくて…その、あの…」
しどろもどろの彼を完全に無視したまま、パチン、と魔王が指を鳴らすと、黒い燕尾服を着た従者二人が腰の抜けたエルフォンの両腕をそれぞれ抱え、彼を茶会の席に着かせた。
『なぜこんなことになってるのだろう。
僕は国の皆の期待を背負って、ヤツを──魔王を倒しに来たはずだ。
長く苦しい旅になるだろう。険しい道を、山を、谷を、魔物の住まう恐ろしい中潜り抜けて、魔王の居る居城にたどり着くのは何時になるのだろう。
そう思い、覚悟ながら旅路について1週間、あっけなく魔王の住まう城にたどり着いてしまった。
これはその…勇者だ、つまり、勇者として認められたが故の幸運、いや、当然の速度なのだと思い、震える…もとい、武者震いの止まらぬ腕を抱えながらここまでやってきた。
そして驚くべき威圧感。
圧巻すべき力をヤツに感じ、正直逃げたくなった。
だけど僕は勇気を振り絞りヤツに挑んだ。
そして奴は恐ろしいほどの魔力を用いて──』
「…客人。おい客人。」
「え、あ、はい!」
「折角のナレーションの中すまないが、お茶が冷める。それに、そのシフォンケーキは焼きたてを用意している。さっさと食うがいい。」
変わらぬ威圧感のまま、魔王は客人である"勇者"に茶を勧める。
なんとも異様な光景だ。
言われるがまま、エルフォンは焼きたてのケーキを従者から受け取り、フォークで一口大に切り分けると口に運ぶ──所で止まった。
待てよ。おかしい。
いや、この状況、勇者と魔王が仲良くケーキをつつくなんて誰がどう見てもおかしいのは間違いないが、何か裏があるんじゃないだろうか。
ケーキを勧めて油断させておいて後ろからバッサリ…いや、このケーキ自体に毒が…!?
いや、相手は魔王だ。
そんな生ぬるいものじゃない。
きっとケーキを食わせ、太らせた所を喰らう。──それだ!
「それだ、の訳あるか。」
思わず心の声を出していたエルフォンに、間髪いれずラーディナルは突っ込みを入れる。そして、ため息を付き、
「客人。」
「ひっ…」
思わず上ずった声を出し、エルフォンは恥じた。が、それに気づいたのか気づかなかったのか、魔王は手にしたフォークを、人差し指と親指でつまむように構え、
「はっきり言おう。余がその気になれば貴様の首など──」
一閃。
魔王は軽く手首を捻るようにして、フォークを振る。
「瞬時に切り落とせてしまうだろう。」
コロン。
勇者の前に差し出されていたシフォンケーキ、その上に飾られている、砂糖で作られた小さな人形の首が転げ落ち、渇いた音をたてた。
エルフォンの脳裏は駆け巡るように、その光景を自分の未来にすり替える。背筋に氷柱を突き立てられたような感覚に襲われ、彼は──逃げた。
一目散に。
0
あなたにおすすめの小説
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる