とりっくおあとりーとっ?!

胡桃朱里

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逃げられてしまった。


  余は力の限りもてなしたつもりだったのだが、足りなかったのだろうか。それとも理解していたつもりの"人間風もてなし方"が間違っていたのだろうか。

  残されてしまったケーキ達が寂しそうにする中、苦悶する魔王の側に一つの黒い影が現れる。
  その影はうねり、広がり、やがて次第に人型へと形を代え、彼の側近である『ヴェルシア=ルシード』へと姿を成していく。
  すっかり取り払われた影からは、シルバーのサラリとした長髪が流れた。白いローブに白いマントという、魔族らしからぬ装いは、完全に彼の趣味であった。
「先ほどの自称"勇者"、追われますか?」
  透き通るほどの青白い肌をしたルシードは、無表情のまま言った。
「いや、いい。捨て置け。それよりも…」
「それよりも?」
「このケーキの山を食って片付けてくれ。捨てるのは忍びない。」
  有り余る魔力ではあるが、具現化したものを消すことが出来ないのは不便だと魔王は思った。
「お言葉ですが、陛下。」
  やはりルシードは変わらず無表情のまま、
「私は甘いものが苦手です。」
  仕方ない、そういった面持ちで魔王は手の甲を振りながら、
「あいわかった、余も鬼ではない。一人でとは言わん。6:4で手を打とうではないか。」
「6:4って何ですか。」
「ケーキを食う比率だ。余が4でお前が6だ。」
「普通逆じゃありませんか。」
「余に苦渋を選択させる気か?お前は部下であれば進んで7ほど食うのが定石だろう。」
「甘いものは苦手です。」
  がんとして譲る気は無さそうだ。
  この瞬間に、今日の魔王の晩御飯は決定したのだった。


  日も沈み、蔦の葉が絡み付くこの居城の、おどろおどろしい雰囲気を暗闇が更に助長する。
  魔王は再び食卓につくと、変わらず側に従うルシードに向かって
「ところで、だ。一つ頼みたいことがあるのだが。」
「そこにあるケーキ、ワンホールを食らえとおっしゃるのなら丁重にお断り申し上げます」
  見るのも嫌なのか、今夜の夕食に抜擢されたケーキを前に、ルシードは視線を合わせずに、うっぷ、とげっぷの真似をした口を手で覆い隠してみせる。
「いや、そうではない」
  内心、チッ、と思ったが顔には出さない。
「では、どのようなご要望でしょうか。」
  これ以上に無いほどに、よもや作り物なのか本物なのかわからない笑みを浮かべながらルシードは言う。

「…ディーヴァー国の事について少し教えてくれ。」
先ほどの自称勇者は「ディーヴァ国から手を引け」と言った。
  しかし近年、いや、ラーディナルが魔王に就いてからというもの、国を対象にするどころか、目立って人間を襲わせたことは皆無といっていいほど無いのだ。

何故なら彼は──争いを好まない。

  できることならば、人間と共存する世界を望んでいる。
  魔王として失格と言われたら仕方が無いとさえ思っている。
  しかし、当然と言うべきか、そんな彼の思惑は全ては叶わない。
  欲望や恐怖、精神的(アストラル)な苦痛や、感情を喰らう上級の悪魔。また、多くの低級な魔族たちの殆どが肉食であり、人もその対象から漏れることはない。寧ろ、他の家畜に比べてより強い自我を持つ人間は、アストラルの糧にもなりえる為、極上の食事になりかねないのだ。

  つまり魔王が臣下である魔族たちに望もうとしている事、それは『彼らに断食をせよ』と言っているに等しいのだ。
  …いや、人と同様、家畜を喰らって生きることは出来る。贅沢を禁じるといったほうがあっているかもしれない。
  当然、これに反発する魔族は多く、すでにいくつかの派閥に別れ、各地に独断で動く魔族たちの動向も魔王の耳には入っていた。

  魔王とはいえ、全てを掌握できるわけではない。
  これは人間の国家と同じなのだ。
  魔族と人間。どうあっても相容れぬものなのか。共存する道は何処にも無いのだろうか。憎み、憎まれ、望み奪い合う、この世の中の止め処ない流れを止めることは出来ないのか。
  
人と魔族。求める先は、種族は違えど同じはずなのに。

  ルシードは、魔王の先ほどのノリとは違った真面目な面持ちに、先ほどまでの笑みを収める。
  彼もまた、そんな魔王の考えを理解する数少ない魔族なのだ。

「…畏まりました。」
  静かに短くいうと、胸の前に両手の人差し指と親指を合わせ、小さく円(サークル)を作ると、その中心に息を吹き掛け通す。
  生まれた煙の中から小さな飾り気のない黒い棒──マジックステッキが現れ、くるくると空中で回転する。
  それを掴むと、昼間に魔王がやってみせたように杖先に光りを宿し、魔法陣を描く。


  この世界には大きく分けて二通りの魔法がある。
  ひとつは魔力を持たない者のための魔法──契約魔法。
  もうひとつは魔力をもつ者の為の魔法──具現魔法。

  どちらも発動に魔方陣を用いる為、似たような形式を辿るが、本質は似て非常に異なるものだ。
  今まさに、ルシードが放とうとしてる契約魔法というのは、自然に生息する幻獣(マナフィクス)と契約を結び、その力の一端を借りるというもの。

  契約方式には色々あるが、その幻獣自身の血を少量与えられ、それを飲むことによって、本能的に体内に魔法の構築組織の知識を流し込み、契約を結ぶことが出来るのがセオリーだ。
  血液飲料による魔力吸収とでもいえば解りやすいだろうか。

  基本的に人間の許容量(キャパシティ)では、一つのマナフィクスと契約を結ぶのが精一杯だといわれている。
  なぜなら彼らの情報量は膨大で、飲料した血が己の許容量を超えるほど強すぎた場合、自我が崩壊し、その力を暴発させてしまう。

  余談ではあるが、過去にこの世界の大半を支配したポルダ魔法大国は、王の過剰なまでの魔法執着から、マナフィクスの乱獲が行われ、その大量な血の飲料により自我を崩壊させ、己の国一つを滅ぼしたといわれている。
  当然、"一端"であるがゆえに、その力の強さは借りた幻獣に依存し、さらに術者の支配できる範囲内の力に留まってしまう。
  つまり幻獣そのものには到底勝てないが、小出し出来る分、汎用性も長けており、世界で一番浸透している魔法である。

  更に、大概の契約魔法使いは、マナフィクスの影響を深く受け、融和性を高める自然鉱石の『魔法石』の力を借りなければその力を制御できないとされている。
  また、例外ではあるが、魔法石を用いなくとも制御出来る者も存在するとは言われている。
  その対象は比較的、エルフや魔族といった、魔力の源である幻獣達と遠からず関係のある種族に多い。
  ちなみに、ルシードが手にした黒いステッキ、一見ただの黒い棒ではあるが、その棒は魔法石を削りだして作られたものである。彼の場合も簡易な魔法に関しては石の力を借りずに発動させることが出来るが、より高い質の魔法を練りだす時はこのように石を用いることが多い。


  対して魔王が放った魔法。これが具現魔法である。
  己自信が幻獣である。
  己自信が魔力の媒体であり、触媒になりうる。
  その力は絶大で、世界を揺るがすとも言われている。
  それゆえ、当人達も恐らく真価を発揮することは無いだろうが。


  ルシードの光の軌道が完成すると、その魔方陣からまばゆいばかりの光が放たれ、魔王の居る正面の壁にぶつかると、大きな地図を映し出す。
  彼が持つこの魔法はグリフォンと呼ばれる幻獣のものである。
  グリフォン──世界の番人とも呼ばれ、鷲の頭と翼を持ち、強靭な体躯は獅子のようであると記述される神獣。
  龍を引き裂く獰猛な力と神速と呼ばれる速さを思うままにし、千里先を見据える眼力を持つと呼ばれている。
  いまはその"眼"の力を用いているのだ。


「それでは…ご説明します。」
  ディーヴァの成り立ち、そして歴史。
  その周辺に存在する魔族の派閥、種類。
  細部にわたる人間の民族に至るまでを説明する。
  この眼はその全てを記録している。
  人の歴史を、魔族の歴史を、そして世界の流れを。

  素晴らしい力だと思った。
  この先に叶えたい、彼の──ラーディナルの理想とする世界には必ず必要になると思った。
それゆえ、階級を超え、ルシードを自分の側近へと就かせたのだ。
  人間の世界と変わらずに、魔族の世界でも貴族は存在する。
  血筋だけで虐げられていた有能な能力者を登用する事。
  それは貴族の反発を誘い、派閥を生む行為に繋がるとしても、彼は行わなければならなかった。

  これから先に彼が望む事を成す為に。
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