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第22話 疑惑の先に、香りの真実を
薬師局の調香室。
そこは他のどの部屋よりも静かで、空気が澄んでいた。
ミリア=フェンリルは、香薬の瓶を慎重に並べ、目を閉じた。
香りの層が重なり、分解され、彼女の意識に輪郭を与えていく。
「これは……やっぱり、おかしい」
そのとき、レイナが部屋に入ってきた。
「ミリア。例の“偽薬”の香り、どうだった?」
ミリアは一瞬だけ迷ってから、はっきりと答えた。
「似てる。でも違う。“本物の草”なら出さない、微かな苦味が残ってた」
「苦味……?」
「乾燥温度が高すぎる。香り草じゃなくて、類似種の“フェルナス”を混ぜてる」
フェルナス。香りは似ているが、強く吸い込むと頭痛や吐き気を起こす有毒種だ。
「やっぱり、誰かが“似せて”作った薬だったんだね」
レイナは、小さく息をついた。
「これでやっと、証明できる。……でも、どうやって広めようか」
「証明だけじゃ、信用は戻らないかもしれないね」
ティノが背後から言葉を継いだ。彼は既に数件の薬商から情報を集めていた。
「偽薬を流通させていたのは、“北街の裏商会”。しかも“レイナの局の薬”という名前を勝手に使ってた」
「じゃあ、……わたしたち、名誉を利用されたってこと?」
「そう。しかも“草は危険だ”っていう、貴族派の主張にも合うように仕込んであった」
ミリアは、ゆっくりと香薬のラベルを指で撫でた。
「でも……本物の香りを知っている人なら、わかる」
「うん。だからこそ、届けよう。“本物”の香りを」
レイナの声には、迷いがなかった。
◇ ◇ ◇
その日、薬師局は小さな催しを開いた。
“草と香りの講習会”と銘打って、市民に本物の香薬と偽薬を比較してもらう。
ミリアは無言で香を焚き、レイナは笑顔で一人ひとりに説明して回った。
「こちらが“アスリナ”。咳に効く香り草です。優しくて甘い香りがします」
「こちらが“フェルナス”。見た目は似てますが……香りは少し刺々しいですね」
市民たちは驚きの声をあげ、やがてざわめきが拍手へと変わった。
「全然ちがう……」
「こんなに分かりやすいなんて……」
「薬師局のは、本物だったんだ」
そう、草は真実を語る――それは、誰にでも届く“声”だった。
◇ ◇ ◇
その夜。
講習会の成功を報告する文書を、ヴァルト侯爵とラクリス王子が静かに読み上げていた。
「……やはり、彼女はただの薬師ではありませんね」
ヴァルトが笑いながら言うと、ラクリスは誇らしげに言った。
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ミリアは一瞬だけ迷ってから、はっきりと答えた。
「似てる。でも違う。“本物の草”なら出さない、微かな苦味が残ってた」
「苦味……?」
「乾燥温度が高すぎる。香り草じゃなくて、類似種の“フェルナス”を混ぜてる」
フェルナス。香りは似ているが、強く吸い込むと頭痛や吐き気を起こす有毒種だ。
「やっぱり、誰かが“似せて”作った薬だったんだね」
レイナは、小さく息をついた。
「これでやっと、証明できる。……でも、どうやって広めようか」
「証明だけじゃ、信用は戻らないかもしれないね」
ティノが背後から言葉を継いだ。彼は既に数件の薬商から情報を集めていた。
「偽薬を流通させていたのは、“北街の裏商会”。しかも“レイナの局の薬”という名前を勝手に使ってた」
「じゃあ、……わたしたち、名誉を利用されたってこと?」
「そう。しかも“草は危険だ”っていう、貴族派の主張にも合うように仕込んであった」
ミリアは、ゆっくりと香薬のラベルを指で撫でた。
「でも……本物の香りを知っている人なら、わかる」
「うん。だからこそ、届けよう。“本物”の香りを」
レイナの声には、迷いがなかった。
◇ ◇ ◇
その日、薬師局は小さな催しを開いた。
“草と香りの講習会”と銘打って、市民に本物の香薬と偽薬を比較してもらう。
ミリアは無言で香を焚き、レイナは笑顔で一人ひとりに説明して回った。
「こちらが“アスリナ”。咳に効く香り草です。優しくて甘い香りがします」
「こちらが“フェルナス”。見た目は似てますが……香りは少し刺々しいですね」
市民たちは驚きの声をあげ、やがてざわめきが拍手へと変わった。
「全然ちがう……」
「こんなに分かりやすいなんて……」
「薬師局のは、本物だったんだ」
そう、草は真実を語る――それは、誰にでも届く“声”だった。
◇ ◇ ◇
その夜。
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2025/10/31
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞をいただきました
お話に目を通していただき、投票をしてくださった皆さま
本当に本当にありがとうございました