悪役令嬢のはずですが、公爵令息が婚約破棄する気ゼロでした

あめとおと

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第2話 偶然の出会いは三回まで


 王立アルヴェリア学院の昼休み。

 入学初日にもかかわらず、食堂はすでに社交界の縮図と化していた。

 貴族令嬢たちが優雅に談笑し、令息たちは情報交換に余念がない。

 ――そして、その視線の多くが一点に集まっていた。

「……本当に一緒に食事をしているわ」
「しかも向かい合わせじゃなくて隣よ?」
「距離、近くない?」

 ひそひそ声の中心。

 窓際の席に、エリシアとレオンハルトは並んで座っていた。

「味はどうだ」

「とても美味しいですわ。ですが、その……」

「足りないか?」

「そうではなくてですね……」

 自然すぎる会話。

 レオンハルトは当然のように皿へ追加の料理を取り分けている。

(どうしてこんなに目立ってしまっているのかしら……)

 エリシアは優雅な笑顔を崩さぬまま、内心で頭を抱えていた。

 入学式後、彼に手を引かれて食堂へ来た結果――。

 席が「事前に確保されていた」ことが発覚したのである。

 しかも学院初日から。

(まるで、最初から一緒に食べる予定だったみたいではありませんか……)

 実際その通りなのだが、エリシアは気づかない。

 そのとき。

「あ、あのっ!」

 聞き覚えのある明るい声。

 振り向けば、聖女候補リリアーナが立っていた。

「またお会いしましたね! 偶然ですね!」

 食堂が静まり返る。

 偶然。

 入学式直後に続き、本日二度目である。

 レオンハルトがゆっくり視線を上げた。

「……そうか」

 温度ゼロ。

 エリシアは慌てて口を開く。

「リリアーナ様、ご一緒に――」

「いえ」

 遮ったのはレオンハルトだった。

「席は埋まっている」

 空席は、山ほどあった。

 リリアーナが一瞬固まる。

「あ、でも少しくらいなら――」

「婚約者との食事中だ」

 静かな宣言。

 食堂の空気が凍る。

 エリシアの手が止まった。

(こ、婚約者との……!?)

 言葉としては事実なのに、妙に破壊力がある。

 リリアーナはめげなかった。

「じゃあ、また後でお話しできませんか? 校内を案内していただけたら嬉しくて!」

 期待に満ちた視線。

 だが。

「案内なら教師に頼むといい」

「えっと、その……グランディール様が――」

「私は予定がある」

 即答だった。

「昼食後は婚約者と過ごす時間なので」

 ざわっ、と周囲が揺れる。

 エリシアの思考が停止する。

(え、ええええ!?)

 そんな予定、聞いていない。

 だがレオンハルトは平然としていた。

「行こう。庭園の方が静かだ」

「は、はい……」

 立ち上がる流れに逆らえず、エリシアも席を立つ。

 去り際、リリアーナはぽかんと二人を見送った。

 そして。

「……あれ?」

 小さく首を傾げる。

「もしかして……私、邪魔でした?」

 答える者はいない。

 代わりに、食堂中で抑えきれない囁きが広がる。

「ねえ聞いた?」
「“婚約者と過ごす時間”って……」
「不仲どころじゃないわよね?」

 一方。

 学院庭園。

 人目の少ない並木道を歩きながら、エリシアはようやく口を開いた。

「あの……レオンハルト様」

「どうした」

「先ほどの予定とは……?」

「予定?」

 本気で分かっていない顔だった。

「昼食後は君と過ごす。いつものことだろう」

 当然すぎる答え。

 エリシアは言葉を失う。

 ――いつものこと。

 それは家での話であって、学園では違うはずでは?

「学院では、もう少し距離を取った方が……」

 言い終える前に、足が止まった。

 レオンハルトがこちらを見下ろしている。

「なぜ?」

「え?」

「距離を取る理由が分からない」

 真剣な声音だった。

「君は私の婚約者だ」

 迷いのない断言。

「隠す必要があるのか?」

 エリシアは答えられなかった。

 胸の奥が、わずかに熱くなる。

 その意味を理解する前に、彼はいつもの調子に戻った。

「それより」

「はい?」

「午後の授業、教室まで送る」

「送る必要は――」

「ある」

 即答。

「初日だ。迷うかもしれない」

(迷いませんわ……)

 だが結局、並んで歩くことになる。

 その姿を遠くから見ていた生徒が、ぽつりと呟いた。

「……あれ、絶対婚約破棄しないやつでは?」

 噂はさらに、静かに形を変えていった。



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