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第8話 知らない誰かの言葉
しおりを挟むその夜、由紀はいつものようにスマートフォンを開いた。
もう「詐欺」という言葉を検索すること自体には、以前ほどの抵抗はなかった。
怖さが消えたわけではない。
ただ、逃げなくなった。
検索結果の中に、見慣れないページがあった。
個人ブログらしい。
タイトルは簡素だった。
「私も騙されました」
由紀は少し迷ってから、画面をタップした。
派手なデザインではない。
広告もほとんどない。
淡々とした文章が並んでいた。
『52歳でロマンス詐欺に遭いました』
思わず息が止まる。
年齢が同じだった。
読み進める。
『誰にも言えませんでした』
『自分が馬鹿すぎて、消えたくなりました』
『電話をかけるまで三日かかりました』
由紀の指が止まる。
まるで、自分の日記を読んでいるようだった。
違う人生のはずなのに、気持ちが重なる。
文章は上手ではなかった。
誤字もあり、ところどころ言葉が途切れている。
でも――だからこそ、本当の言葉に感じた。
『もし今、検索してここに来た人がいたら』
その一文で、由紀の背筋が伸びた。
『あなたは一人じゃないです。私はまだ普通に生きています』
画面がぼやけた。
涙が落ちたことに気づく。
励まそうとしている文章ではない。
強い言葉でもない。
ただ「生きている」と書いてあるだけだった。
それなのに、胸の奥がじんわり温かくなる。
「……私も、同じだ」
小さく呟いた。
少し前の自分が、この文章を読んでいたら。
どれだけ救われただろう。
由紀はしばらく画面を見つめたまま動かなかった。
そして、初めてコメント欄に目を向ける。
『読んで泣きました』
『勇気をもらいました』
『私も相談してみます』
知らない人たちが、言葉を残している。
誰かの経験が、別の誰かを動かしている。
その連なりを見たとき、由紀の中に小さな感覚が生まれた。
羨ましさでも、焦りでもない。
――役に立っている。
ただそれだけの事実が、眩しく見えた。
スマートフォンを置き、ノートを開く。
ペンを持つ。
しばらく考えてから書いた。
『あの人の文章に助けられた』
そして、迷いながら次の一行を書く。
『私の経験も、誰かの役に立つのかな』
書いた瞬間、少し恥ずかしくなって苦笑した。
「そんな大げさなこと……」
そう呟きながらも、胸の奥が静かに動いているのを感じる。
助けてもらったままで終わらなくてもいいのかもしれない。
まだ何もできない。
人に話す勇気もない。
でも。
いつか――。
その「いつか」を想像できたこと自体が、変化だった。
窓の外では夜風が静かに吹いている。
由紀はスマートフォンをもう一度手に取り、そのブログをお気に入り登録した。
消えないように。
また読めるように。
眠る前、ノートにもう一行だけ書き足す。
『今日は少し、前を向いた気がする』
文字は、これまでで一番まっすぐだった。
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