続きは第一図書室で

蒼キるり

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28.普通に

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 夜中に一階で物音がした。
 頭に全く入らない課題をやり終えた俺は小さくため息を吐く。

「母さんか……」

 寝る前に一杯やるつもりなのだろう。
 時折、唯一の楽しみだと言いながら隠しているワインを口にしていた。
 お酒を呑んでいるという事は明日は休みか。
 ふと気が向いて、一階に下りる事にした。
 昨日今日と色々な事がありすぎて、今日は眠れる気がしなかったからかもしれない。
 部屋から出ると美奈の部屋から明かりが漏れている。夜更かしするなよと言いに行きたくなったが、お兄ちゃんこそ寝なよと言われそうだからぐっと我慢する。
 階段を下りるとリビングに明かりが点いていて、中に入るとテレビも付けずに中でブックカバーを付けた文庫本を読んでいる母の姿があった。
 俺も美奈も本が好きなのは、母さんのせいかと初めて気づいた。
 そういえば、うちには母の本がたくさんあってそれを読むのは自由だった。

「どしたの?」

 母さんがこちらも見ずにそう言う。
 軽く組まれた足は白くて細いし、俺や美奈によく似た髪は黒々していて艶もある。
 もうじき四十代とは思えない程に若々しい。

「珍しいわね~。こっち来て座りなさいよ」

 手招きされて横に腰掛けると、やっと文庫本が閉じられた。

「で、何かあったの。直斗」

 名前を呼ぶ時の母はいつもと違ってしっかり目を見据えているから、昔から正直に応えてしまう何かがあった。
 黙っていると小さく笑って「お年頃だもんね~」と少し的外れな事を言われる。

「なに?お酒でも呑んでみたくなったの?」

「未成年。高校生」

 真面目ね、とまた笑われる。

「最初からワインはやめときなさい」

 側に置いてあったグラスを手に取って母が口に含む。
 俺と同じくらいしかない身長の母はいつもは幼く見えるのに、そうしているとひどく大人な人に見えた。

「あのね、今日は私も珍しく早く帰れたじゃない?」

「ああ……最近遅かったもんな」

「そーなのよ。でね、美奈がねー、ちょっと話がしたいってあんたが来るちょっと前まで話してたのよ」

 へえ、と頷くものの美奈が母と話しているのはさほど珍しくもなかった。

「中学校の事とか色々話してくれたんだけどね……大半はあんたの話ばっかりだったの」

 母は苦笑いしながら言う。

「あの子けっこーブラコンだと思うのよね。好きな人とか居るのかしらね。まあ、それは良いんだけど……」

 ふう、と母が息を吐いてあのさぁと言いにくそうに言葉を続けた。

「私、昔ずっと言ってたじゃない。普通にって……覚えてるでしょ?あの勉強が苦手な美奈でも覚えてるんだからね」

「……美奈は結構小さかったと思うけどな」

 図書室で思い出した母の言葉が、もう一度蘇る。

『普通に生活して、普通に好きな人を見つけて、普通の結婚をして幸せになるのが一番なんだけどね』

 そんな風に言われたのは、せいぜい小学生の頃までだから、もう随分前だ。
 始まりは……母と父が離婚してからくらいだと思う。
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