かわいいものが好きなきみとわたし

蒼キるり

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13話 強くなれる

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 放課後、私はいつもより早く日向のいる教室の方へ向かった。
 約束のことが待ち遠しかったからだ。
 でもいつもの場所に日向はいなかった。
 それだけのことなのに、なんだか嫌な予感がした。
 だから私はそっと日向の教室を覗き込んだ。
 危惧していた光景がそのままそこに広がっていた。


「返して」


 日向は確かにそう言っていた。
 秋祭りの日に会ったあの人が日向から何かを奪っていたのだ。それに対して日向は恐れながらも毅然と対応していた。
 けらけらと何が楽しいのか笑いながら、日向に届かないように高く上げて乱雑にそれを扱っているその人を見て、私の中の何かが燃え上がるのがわかった。


「返してよ!」


 私が中に入ろうとしたその時、今まで聞いたことのないくらい大きな日向の声が響き渡った。
 私を含めて教室にいた人みんなが驚いていた。日向のものを取っていたその人までが。
 その隙に日向は奪い取るようにそれを手にして、教室を早く出ようとしてか踵を返した。
 そして私の顔を見た途端、張り詰めていた糸が切れたようにくしゃりと顔を歪めた。


「ごめん、紗穂ちゃん」


 そう小さな小さな声で言って、私の横を走り抜けてしまう。
 秋祭りの日のことを思い出して、ぞっとした。
 どうして、どうして私達が一緒にいようとするだけで誰も彼もが邪魔をしようとするの?


「日向!」


 私は叫ぶように名前を呼んで、遠くへ走って行く日向を追いかけた。
 日向がどんどん走って行くけど、私は日向がどこに向かっているのかすぐに分かった。
 家庭科準備室。私達の部室。私達の隠れ家。
 私達が私達でいられる場所。
 そこに日向は駆け込むように入って行ったのだ。
 私は追いかけるようにそこに入って、後ろ手でドアを閉めた。
 日向は部屋の隅に隠れるようにしてうずくまっていた。
 怯えているように見える友人に私はそっと近づく。
 日向、と呼ぶと日向は少しだけ顔を上げた。その目には涙が溜まっている。
 そんな顔を見てしまうと、私はいつだって泣いている日向をどうにかしてあげたくなってしまうのだ。


「日向、それ見せて」


 日向の手にぎゅうと握られた、私への贈り物を指差す。


「……ちょっと、ぐしゃぐしゃになったかも、しれないんだけど、それでも、紗穂ちゃんはいいかな」

「いいよ、日向が作ってくれたものだから。それだけで嬉しい。それに日向が悪いんじゃない」


 私の言葉に掠れた声で、うんと言った日向がそっと差し出してくれたものを優しく受け取った。
 包み紙は確かにシワになってしまっていたけど、中身は日向が作ったものらしく丁寧で綺麗なものだった。


「とってもかわいい、ありがとう」


 私がそう素直な気持ちを言うと、日向がこくんと頷いて、それから泣きそうな顔で言った。


「紗穂ちゃん、僕ね、怖かったんだ」


 怖かった、と震える声で言う日向の言葉は間違いなく素直な本当の気持ちに聞こえた。
 今度こそ私は日向の言葉を聞き逃してはいけないと、私は日向の前にしゃがみ込んで目線を合わせた。
 日向はぽつぽつと小さな声で話した。
 どんなに小さな声でも、私達しかいないこの部屋では、日向の声は真っ直ぐに私の耳に届く。


「僕ね、中学生になった頃から、背がいっぱい伸びるようになって、体とかどんどん変わってきて、声もなんか変だし」


 それは日向から初めて聞く叫びのような思いの吐露だった。


「自分が変わっていくのが怖かった。自分がかわいいから遠ざかっていくって思ってた」


 震えているのは声だけでなくて、日向の手も同じだった。
 ああ、だからか、と今になってようやく気づく。
 日向が私に触れられるのを拒むようになったのは、そのせいだったのか。


「ずっと、怖かった」


 日向は今までどれだけの恐怖を抱いて私の側にいたのだろう。いてくれたのだろう。
 離れようと思えばいつだって出来ただろうに。
 そうしたら日向のお母さんだって喜んでくれただろうに。
 それなのに一緒にいてくれたのは、日向にとっても私がかけがえのない人だと思ってくれていたからだと解釈しても許されるだろうか。


「前よりも、もっとずっとかわいいが似合わない自分になるんじゃないかって思った」

「うん」

「何より、紗穂ちゃんにいつか、可愛くないって思われるのが怖かった」


 とうとう溢れた日向の涙に咄嗟に手が伸びた。
 まずい、と思ったけど日向は避けようとはしなかった。
 日向の目尻に触れた指先が涙を吸って熱くなる。
 ゆっくりと手のひらを日向の頬に添えた。涙はほろほろと私の手の中に吸い込まれて行く。
 ゆるりと閉じられた瞼は私を信用している証のようだった。
 昔のような柔らかさを失いつつある日向の頬はそれでも日向が日向であることに何ら変わりのない象徴だった。
 日向が縋るように甘えるように私の手に頬を押し当てる。
 大丈夫、と日向に言う。自分自身に言い聞かせるようでもあった。
 大丈夫、日向を一人にはしない。
 大丈夫、必ず私が日向を日向のままでいさせるから。


「どうして僕は普通になれないんだろう」


 ぽろりと零れた大粒の涙と共に日向はそんなことを言う。
 そんな悲しい言葉があるだろうか。


「ねえ日向、昔、正義のヒーローは僕を助けに来てくれないけど、かわいいものは僕を守ってくれるって言ってたじゃない?」


 私がそう言うと、日向はとても驚いたように目をパッと見開いて、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。


「紗穂ちゃん、よく、覚えてるね」

「私、日向の言ったことは全部覚えてるよ」


 ふふん、と自慢げに言うと日向が少しだけ笑ってくれた。


「私はどんな日向でも大好きだから」

 私が素直な気持ちを口にする。
 それだけは何があっても変わらない。


「それでも、日向がどうしても正義のヒーローが好きになりたいって言うなら」


 私は日向に好きなものを好きでいてほしいと思う。
 けれど、日向が他のものを好きになることで救われるなら、それも日向の生き方なのだとも思う。


「私が日向の正義のヒーローになってあげる」


 私はそう言って、さっと立ち上がった。



 髪を高い位置で一つに括ると、それだけで気持ちがしゅっと引き締まる。
 普段でもそうなのに、今日髪を括っているものが日向から貰った物なのだから尚更だ。
 日向から貰ったピンク色を主としたレースをあしらったシュシュはとても可愛らしいから、私をさらに強くしてくれるのだ。
 今の私は何も怖くはなかった。
 かわいいものを身につければ私は強くなれるから。
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