リスタート―三度目の正直―

鶴機 亀輔

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第2章

大切な人たち1

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 気がつくと見慣れた自分の部屋のベッドの上に横たわっていた。

 寝起きだからか頭は、もやがかかったみたいに、ぼんやりしている。身を起こすとドアをノックする音が聞こえる。

「ルキウス様、朝食のお時間にございます。お目覚めですか?」 

 僕は服も着替えず、寝間着のままベッドから飛び出した。くつも履かずに裸足でドアのところへ向かう。

 勢いよくドアを開ければ、祖母の代から執事長を務めているオレインが柔和な笑みを浮かべていた。

 今日も銀食器のように輝く白髪の前髪を後ろにセットし、きれいに整えられた口ひげをたくわえている。眼鏡の向こうには透き通った紅茶のような瞳があり、まなじりを下げて微笑んだ。

「おはようございます、ルキウス様。いつもでしたらもう起きていらっしゃる時間ですのに、本日はいかがなさいましたか?」

「オレイン……!」

 ――オレインは証人として王宮に呼び出された。僕が反逆者であると言えば無罪放免になって一生遊んで暮らせるほどの大金をもらえたはずだ。

 それなのに彼は、僕が罪人でないと主張し続けた。そして、ひどい拷問を受けて絶命した。

 反逆者に手を貸した者として、集団墓地とは名ばかりの場所に打ち捨てられたオレインの亡骸は死体の山に埋もれ、骨を拾うことすらできなかったと聞く。

 彼の顔を見て涙が出てきて止まらない。

 いきなり僕が泣き出すものだからオレインは困り果て、どうしたものかとオロオロする。

「もしや、お熱を出されたのですか!?」と彼は目を大きく見開いた。「失礼いたします」

 心配性なオレインは断りを入れると僕の額と自分の額に手をやり、熱を測った。

「旦那様、奥様、大変です! ルキウス様がお熱を出されました……!」

 僕は、昔から体が丈夫ではなかった。

 子どもの頃は「いつ死んでもおかしくない状態だ」と医師から言われて実際に命を落としかけたことが何度かある。

 それでも十八を超えてからは、めったに具合を悪くすることは少なくなっていた。熱を出していることに自分でも驚いている。

 もしかして『過去』の女神様の力で過去の世界へ戻った反動で熱が出てるのかな? 重い頭で考えていれば、オレインに部屋へ戻るように促される。

「さあさあ、ベッドでお休みください。このオレインめが急ぎ医師を呼んで参ります」

 騒ぎを聞きつけたメイド長やメイドたちが僕の部屋の前に集まってきた。

「執事長、何事ですか?」

 こげ茶色の髪を一糸乱れない状態にひとまとめにし、いかにも生真面目といった容姿をしているメイド長がオレインに尋ねた。

「ルキウス様がお熱を出されたのだ。氷枕と氷水をお持ちせよ。それから料理長に命じて、すりおろしたりんごも用意するんじゃ」

「承知しました」

 オレインとメイド長の言葉を聞いたメイドたちは朝の掃除を一旦やめ、オレインの命令を遂行する。

 メイド長がテーブルの上にあった水指から注いでくれたレモン水を飲んで喉を潤す。横になるように言われ、おとなしく布団の中へ戻った。

 目をつぶっていれば、メイドのひとりがタオルと水の張られたお盆を持ってきて部屋へやてくる。

 そうしてメイド長は水に浸したタオルを僕の額の上に置いてくれた。

 オレインより十歳年下のメイド長は、口数の少ない寡黙な女性だ。笑顔を見せることなんてほとんどないが、やさしい性格をしていて細やかな気遣いができる。優秀なメイドで母様からの信頼も厚い。オレインと同じように僕が生まれる前からクライン家に仕えていた。

 騒動の一件があった際に彼女もメイドたちとともにクライン家の職を解かれた。エドワード様側の官僚たちが手回ししたせいで次の職が見つからず、そのまま凍死したといううわさを牢屋の中で聞いたのを覚えている。

 若いメイドたちも路頭に迷い、しょうに身を落としたり、命を落とした者が大勢いる。

 料理長や庭師たちも浮浪者となった。

 オレインは七十五を過ぎた老人とは思えないほどの健脚ぶりを見せ、瞬間移動の魔法を使ってもいないのに、いつの間にか窓の向こう側にいた。

「ハイ・ヨー! どうどう!」という掛け声と馬のいななきが聞こえる。

 き込んでいたら父様と母様が部屋に駆けつけてくれてメイド長が壁際に控える。

「ルキウス、大丈夫か?」

 父様が心配そうな顔をして僕の顔をのぞき込み、汗だくになっている手をギュッと握ってくれた。

「幼子のように泣きじゃくって、どうしたのです? じきにオレインがお医者様を呼んできてくれます。もう少しの辛抱ですよ」

 穏やかな笑みを浮かべた母様が、僕の顔や首ににじんだ汗を花のしゅうが施されたハンカチーフで拭いてくれた。

「ごめんなさい……父様……母様……ごめんなさい」

「どうした、ルキウス。どこか痛むのか?」

 ひどく焦った顔つきをした父様がいてくる。

 僕は首を横に振った。

「違います。僕が弱いから……迷惑をかけてばかりなのがなくて……情けなく思うのです……」

 僕の家族は、僕が同性愛者でも普通に接してくれる。

 天上の神々も大昔には女神同士、男神同士で愛し合っていたこともあったそうだ。

 だからフェアリーランドの国法には反しないのだけれど神官や神父、たちの中には「同性愛はえいを持ち、考えることのできる人間を快楽にふける人間へと変貌させる。子を生み、育てる義務を放棄した者たちだ」と声高に主張する者も少なからずいる。その影響を受けて同性に恋心を持つ者を排斥する動きもある。

 それでも祖母や両親、兄弟、今は亡き祖父も僕の恋をいつだって応援してくれた。エドワード様から愛の告白を受け、交際することになったと報告したときも笑顔で祝福してくれた。

 僕は恵まれていた。それのに、みんなの期待を裏切り、ひどい目にあわせてしまった。

 父様が深いため息をつく。

「何を言う、ルキウス。『迷惑をかける』? そんなことは考えなくていい。私たちは家族なんだぞ。息子がつらそうにしている姿を見て、心配をするのは親として当然だ」

 母様がやさしい手つきででるように髪をすいてくれた。

「そうですよ。あなたは、わたしたちの大切な子ども。何があってもわたしたちは、あなたの味方ですよ」
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