6 / 195
第2章
大切な人たち1
しおりを挟む
気がつくと見慣れた自分の部屋のベッドの上に横たわっていた。
寝起きだからか頭は、もやがかかったみたいに、ぼんやりしている。身を起こすとドアをノックする音が聞こえる。
「ルキウス様、朝食のお時間にございます。お目覚めですか?」
僕は服も着替えず、寝間着のままベッドから飛び出した。くつも履かずに裸足でドアのところへ向かう。
勢いよくドアを開ければ、祖母の代から執事長を務めているオレインが柔和な笑みを浮かべていた。
今日も銀食器のように輝く白髪の前髪を後ろにセットし、きれいに整えられた口ひげをたくわえている。眼鏡の向こうには透き通った紅茶のような瞳があり、まなじりを下げて微笑んだ。
「おはようございます、ルキウス様。いつもでしたらもう起きていらっしゃる時間ですのに、本日はいかがなさいましたか?」
「オレイン……!」
――オレインは証人として王宮に呼び出された。僕が反逆者であると言えば無罪放免になって一生遊んで暮らせるほどの大金をもらえたはずだ。
それなのに彼は、僕が罪人でないと主張し続けた。そして、ひどい拷問を受けて絶命した。
反逆者に手を貸した者として、集団墓地とは名ばかりの場所に打ち捨てられたオレインの亡骸は死体の山に埋もれ、骨を拾うことすらできなかったと聞く。
彼の顔を見て涙が出てきて止まらない。
いきなり僕が泣き出すものだからオレインは困り果て、どうしたものかとオロオロする。
「もしや、お熱を出されたのですか!?」と彼は目を大きく見開いた。「失礼いたします」
心配性なオレインは断りを入れると僕の額と自分の額に手をやり、熱を測った。
「旦那様、奥様、大変です! ルキウス様がお熱を出されました……!」
僕は、昔から体が丈夫ではなかった。
子どもの頃は「いつ死んでもおかしくない状態だ」と医師から言われて実際に命を落としかけたことが何度かある。
それでも十八を超えてからは、めったに具合を悪くすることは少なくなっていた。熱を出していることに自分でも驚いている。
もしかして『過去』の女神様の力で過去の世界へ戻った反動で熱が出てるのかな? 重い頭で考えていれば、オレインに部屋へ戻るように促される。
「さあさあ、ベッドでお休みください。このオレインめが急ぎ医師を呼んで参ります」
騒ぎを聞きつけたメイド長やメイドたちが僕の部屋の前に集まってきた。
「執事長、何事ですか?」
こげ茶色の髪を一糸乱れない状態にひとまとめにし、いかにも生真面目といった容姿をしているメイド長がオレインに尋ねた。
「ルキウス様がお熱を出されたのだ。氷枕と氷水をお持ちせよ。それから料理長に命じて、すりおろしたりんごも用意するんじゃ」
「承知しました」
オレインとメイド長の言葉を聞いたメイドたちは朝の掃除を一旦やめ、オレインの命令を遂行する。
メイド長がテーブルの上にあった水指から注いでくれたレモン水を飲んで喉を潤す。横になるように言われ、おとなしく布団の中へ戻った。
目をつぶっていれば、メイドのひとりがタオルと水の張られたお盆を持ってきて部屋へやてくる。
そうしてメイド長は水に浸したタオルを僕の額の上に置いてくれた。
オレインより十歳年下のメイド長は、口数の少ない寡黙な女性だ。笑顔を見せることなんてほとんどないが、やさしい性格をしていて細やかな気遣いができる。優秀なメイドで母様からの信頼も厚い。オレインと同じように僕が生まれる前からクライン家に仕えていた。
騒動の一件があった際に彼女もメイドたちとともにクライン家の職を解かれた。エドワード様側の官僚たちが手回ししたせいで次の職が見つからず、そのまま凍死したという噂を牢屋の中で聞いたのを覚えている。
若いメイドたちも路頭に迷い、娼婦に身を落としたり、命を落とした者が大勢いる。
料理長や庭師たちも浮浪者となった。
オレインは七十五を過ぎた老人とは思えないほどの健脚ぶりを見せ、瞬間移動の魔法を使ってもいないのに、いつの間にか窓の向こう側にいた。
「ハイ・ヨー! どうどう!」という掛け声と馬のいななきが聞こえる。
咳き込んでいたら父様と母様が部屋に駆けつけてくれてメイド長が壁際に控える。
「ルキウス、大丈夫か?」
父様が心配そうな顔をして僕の顔を覗き込み、汗だくになっている手をギュッと握ってくれた。
「幼子のように泣きじゃくって、どうしたのです? じきにオレインがお医者様を呼んできてくれます。もう少しの辛抱ですよ」
穏やかな笑みを浮かべた母様が、僕の顔や首に滲んだ汗を花の刺繍が施されたハンカチーフで拭いてくれた。
「ごめんなさい……父様……母様……ごめんなさい」
「どうした、ルキウス。どこか痛むのか?」
ひどく焦った顔つきをした父様が訊いてくる。
僕は首を横に振った。
「違います。僕が弱いから……迷惑をかけてばかりなのが不甲斐なくて……情けなく思うのです……」
僕の家族は、僕が同性愛者でも普通に接してくれる。
天上の神々も大昔には女神同士、男神同士で愛し合っていたこともあったそうだ。
だからフェアリーランドの国法には反しないのだけれど神官や神父、巫女たちの中には「同性愛は叡智を持ち、考えることのできる人間を快楽に耽る人間へと変貌させる。子を生み、育てる義務を放棄した者たちだ」と声高に主張する者も少なからずいる。その影響を受けて同性に恋心を持つ者を排斥する動きもある。
それでも祖母や両親、兄弟、今は亡き祖父も僕の恋をいつだって応援してくれた。エドワード様から愛の告白を受け、交際することになったと報告したときも笑顔で祝福してくれた。
僕は恵まれていた。それのに、みんなの期待を裏切り、ひどい目にあわせてしまった。
父様が深いため息をつく。
「何を言う、ルキウス。『迷惑をかける』? そんなことは考えなくていい。私たちは家族なんだぞ。息子がつらそうにしている姿を見て、心配をするのは親として当然だ」
母様がやさしい手つきで撫でるように髪をすいてくれた。
「そうですよ。あなたは、わたしたちの大切な子ども。何があってもわたしたちは、あなたの味方ですよ」
寝起きだからか頭は、もやがかかったみたいに、ぼんやりしている。身を起こすとドアをノックする音が聞こえる。
「ルキウス様、朝食のお時間にございます。お目覚めですか?」
僕は服も着替えず、寝間着のままベッドから飛び出した。くつも履かずに裸足でドアのところへ向かう。
勢いよくドアを開ければ、祖母の代から執事長を務めているオレインが柔和な笑みを浮かべていた。
今日も銀食器のように輝く白髪の前髪を後ろにセットし、きれいに整えられた口ひげをたくわえている。眼鏡の向こうには透き通った紅茶のような瞳があり、まなじりを下げて微笑んだ。
「おはようございます、ルキウス様。いつもでしたらもう起きていらっしゃる時間ですのに、本日はいかがなさいましたか?」
「オレイン……!」
――オレインは証人として王宮に呼び出された。僕が反逆者であると言えば無罪放免になって一生遊んで暮らせるほどの大金をもらえたはずだ。
それなのに彼は、僕が罪人でないと主張し続けた。そして、ひどい拷問を受けて絶命した。
反逆者に手を貸した者として、集団墓地とは名ばかりの場所に打ち捨てられたオレインの亡骸は死体の山に埋もれ、骨を拾うことすらできなかったと聞く。
彼の顔を見て涙が出てきて止まらない。
いきなり僕が泣き出すものだからオレインは困り果て、どうしたものかとオロオロする。
「もしや、お熱を出されたのですか!?」と彼は目を大きく見開いた。「失礼いたします」
心配性なオレインは断りを入れると僕の額と自分の額に手をやり、熱を測った。
「旦那様、奥様、大変です! ルキウス様がお熱を出されました……!」
僕は、昔から体が丈夫ではなかった。
子どもの頃は「いつ死んでもおかしくない状態だ」と医師から言われて実際に命を落としかけたことが何度かある。
それでも十八を超えてからは、めったに具合を悪くすることは少なくなっていた。熱を出していることに自分でも驚いている。
もしかして『過去』の女神様の力で過去の世界へ戻った反動で熱が出てるのかな? 重い頭で考えていれば、オレインに部屋へ戻るように促される。
「さあさあ、ベッドでお休みください。このオレインめが急ぎ医師を呼んで参ります」
騒ぎを聞きつけたメイド長やメイドたちが僕の部屋の前に集まってきた。
「執事長、何事ですか?」
こげ茶色の髪を一糸乱れない状態にひとまとめにし、いかにも生真面目といった容姿をしているメイド長がオレインに尋ねた。
「ルキウス様がお熱を出されたのだ。氷枕と氷水をお持ちせよ。それから料理長に命じて、すりおろしたりんごも用意するんじゃ」
「承知しました」
オレインとメイド長の言葉を聞いたメイドたちは朝の掃除を一旦やめ、オレインの命令を遂行する。
メイド長がテーブルの上にあった水指から注いでくれたレモン水を飲んで喉を潤す。横になるように言われ、おとなしく布団の中へ戻った。
目をつぶっていれば、メイドのひとりがタオルと水の張られたお盆を持ってきて部屋へやてくる。
そうしてメイド長は水に浸したタオルを僕の額の上に置いてくれた。
オレインより十歳年下のメイド長は、口数の少ない寡黙な女性だ。笑顔を見せることなんてほとんどないが、やさしい性格をしていて細やかな気遣いができる。優秀なメイドで母様からの信頼も厚い。オレインと同じように僕が生まれる前からクライン家に仕えていた。
騒動の一件があった際に彼女もメイドたちとともにクライン家の職を解かれた。エドワード様側の官僚たちが手回ししたせいで次の職が見つからず、そのまま凍死したという噂を牢屋の中で聞いたのを覚えている。
若いメイドたちも路頭に迷い、娼婦に身を落としたり、命を落とした者が大勢いる。
料理長や庭師たちも浮浪者となった。
オレインは七十五を過ぎた老人とは思えないほどの健脚ぶりを見せ、瞬間移動の魔法を使ってもいないのに、いつの間にか窓の向こう側にいた。
「ハイ・ヨー! どうどう!」という掛け声と馬のいななきが聞こえる。
咳き込んでいたら父様と母様が部屋に駆けつけてくれてメイド長が壁際に控える。
「ルキウス、大丈夫か?」
父様が心配そうな顔をして僕の顔を覗き込み、汗だくになっている手をギュッと握ってくれた。
「幼子のように泣きじゃくって、どうしたのです? じきにオレインがお医者様を呼んできてくれます。もう少しの辛抱ですよ」
穏やかな笑みを浮かべた母様が、僕の顔や首に滲んだ汗を花の刺繍が施されたハンカチーフで拭いてくれた。
「ごめんなさい……父様……母様……ごめんなさい」
「どうした、ルキウス。どこか痛むのか?」
ひどく焦った顔つきをした父様が訊いてくる。
僕は首を横に振った。
「違います。僕が弱いから……迷惑をかけてばかりなのが不甲斐なくて……情けなく思うのです……」
僕の家族は、僕が同性愛者でも普通に接してくれる。
天上の神々も大昔には女神同士、男神同士で愛し合っていたこともあったそうだ。
だからフェアリーランドの国法には反しないのだけれど神官や神父、巫女たちの中には「同性愛は叡智を持ち、考えることのできる人間を快楽に耽る人間へと変貌させる。子を生み、育てる義務を放棄した者たちだ」と声高に主張する者も少なからずいる。その影響を受けて同性に恋心を持つ者を排斥する動きもある。
それでも祖母や両親、兄弟、今は亡き祖父も僕の恋をいつだって応援してくれた。エドワード様から愛の告白を受け、交際することになったと報告したときも笑顔で祝福してくれた。
僕は恵まれていた。それのに、みんなの期待を裏切り、ひどい目にあわせてしまった。
父様が深いため息をつく。
「何を言う、ルキウス。『迷惑をかける』? そんなことは考えなくていい。私たちは家族なんだぞ。息子がつらそうにしている姿を見て、心配をするのは親として当然だ」
母様がやさしい手つきで撫でるように髪をすいてくれた。
「そうですよ。あなたは、わたしたちの大切な子ども。何があってもわたしたちは、あなたの味方ですよ」
1
あなたにおすすめの小説
早く惚れてよ、怖がりナツ
ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。
このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。
そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。
一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて…
那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。
ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩
《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》
平民なのに王子の身代わりをすることになり、氷の従者に教育されることになりました
律子
BL
牢に捕まった平民のカイルが突然連れていかれた場所はなんと王宮!
そこで自分と瓜二つの顔を持つ第二王子に会い、病弱な彼の「身代わり」をさせられることになった!
突然始まった王子生活でカイルを導くのは、氷のように冷たい美貌の従者・アウレリオ。
礼儀作法から言葉遣い、歩き方まで──何もかもを厳しく“教育”される日々。
でも、そうして過ごすうちにアウレリオの厳しいだけではない一面が見えてくることに。
二人は「身代わり生活」の相棒となり、試練を乗り越えていくが…。
だんだんと相手に向ける感情が『相棒』に向ける信頼だけではなくなっていく…!?
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる