リスタート—恋は仕勝ち—

鶴機 亀輔

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Prologue

悪夢※

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 肌寒さを感じて目を開ける。見慣れない天井に、ここはどこだろう? と身を起こす。

 シャラッと金属音がして目線を下へ見れば手首や足首、首に金の装身具がつけられている。

 古代の王族が来ていたようなシースルーの布で作られたドレスを身にまとう自体に違和感を感じ、下半身へと手をやる。

「どうして……なんで……!?」

 同性に見られるのが恥ずかしくなってしまうような小さな男性器が跡形もなく消えてなくなり、その代わりに女性器がついていたのだ。

 おまけに最近身体を鍛えてできた腹筋や胸筋がなくなり、やわらかい肉がうっすらとついている。

 僕は急いで立ち上がり、姿見の前へ立った。そこには小動物を思わせる小柄な女性が――僕によく似た顔をしている人が――立っていた。

『おまえに呪いを掛けてあげるわ、ルキウス・クライン。おまえの愛するマックスがおまえを手放さざるを得なくなる、とっておきの呪いをね』

 マックスさんを性奴隷として扱っていた『美と戦い』の言葉を思い出した僕は、急いで姿見の前から窓のほうへ移り、窓を押し開けようとする。

「っ!」

 瞬間、バチン! と手に強い衝撃を感じる。

 窓には防御魔法と電撃の術がかけられていた。おまけに室内には魔封じの術や魔法陣が描かれ、魔法や魔術が使えないようになっていることに気づく。

殿、目が覚めたのか?」

 はっと後ろを振り返れば、白馬に乗った王子様を思わせる美男子が柔和な笑みを浮かべていた。

 彼は自ら手にした茶器をテーブルの上に置き、執事のように手際よくお茶を入れ始める。

「……ジョージ様、どうして、あなたがここに? マックスさんたちは、どこにいるのです!?」

「あなたはフェアリーランドの血族。何度も言うが貴殿のように高貴な身分の者が、ギルドなどという卑しい職に就く必要はない」

 眉をひそめた彼は天蓋つきのベッドに腰掛ける。

 ふたつあるうちのカップのひとつを手に取り、足を組んだまま、湯気の立つ紅茶を優雅に飲んだ。

「貴殿のたちにはリカバリー王国の地下牢でおとなしくしてもらっている」

「なんてことを……今すぐ皆さんを解放してください!」

「ギルドをやめる約束をするのなら、すぐにでも彼らを自由の身にする。安心してくれ、フェアリーランドのエドワード王子のような悪趣味な真似はしない」

 何もできない悔しさを感じ、拳を握り、彼を睨みつける。

 ジョージ様は、さも困ったような顔をして「には花のような笑顔が似合う」と的外れな意見を口にした。「ここは、キング家の持つ別荘のうちのひとつ。リカバリー王国が領有する小島まで貴殿をお連れした」

「なぜ、そのようなところへ連れてきたのですか? あなたに命を救っていただいたのは事実ですが、僕たちはリバイバル国へ趣き、ウォータードラゴンとウンディーネに巻物の封印を解いてもらわねばなりません!

 これはフェアリーランドだけでなく、この世界の存亡に関わる問題です。あの恐ろしい魔王が復活したのは、あなたもおわかりのはず。僕は天上の神々より『英雄』を見つける使命を……」

 カップとソーサーをテーブルに置いた彼が、こちらへやってくる。

 何をするつもりだろうと思っていれば彼が腰を目の前でかがめ、僕の背中と膝の裏に手をやる。そのまま軽々と抱き上げられ、ベッドに押し倒されてしまう。

「ジョージ様、何を……!」

「あなたの国の神々など、どうでもいい。そもそも我が国の神々も、他国の神々も魔王が復活したとは思ってない。それなのに、あなたが『英雄』を見つける鍵などという話を、どう信じろと?」

 やはり前回同様、話を一蹴されてしまった。

 魔王や魔族が新たな力を得たせいでフェアリーランド以外の神々は、魔王が復活したのはフェアリーランドの王族が、ふたたび過去の栄光を手に入れるためにでっち上げた嘘だと今でも思っている。

 どうしたら信用してもらえるのだろうと歯噛みする。

「そもそもマクシミリアンなどという奴隷あがりは貴殿にふさわしくない。女に身体を売り、人を何百、何千と殺したような下劣な輩だ。なぜ、そのようなものをそばに置く?」

 大切な恋人を侮辱された僕は、かっとなってジョージ様の頬を張った。

 ところが両手をベッドの上で一纏めにされ、縫いつけられてしまう。彼の手が古代風のドレスの中へ入ってくる。

「リカバリー王国では、ご法度だがフェアリーランドでは婚約をしていない貴族同士でも既成事実を作り、結婚する話を聞いたことがあるな」

「ご冗談は、およしください……第一、僕は男ですよ!」

「だが今の貴殿は、あの異国の女神の力で女になっている。貴殿が男であるときから、わたしはあなたを口説いていた。安心してくれ、であるあなたに血を流させ、痛い思いをさせたりしない。あの性奴隷の薄汚い男も、エドワード王子も必ず忘れさせると約束しよう」

 彼の唇が首筋や鎖骨に触れ、手でふとももを何度も撫でさすられる。ひどい吐き気と気持ち悪さを感じ、全身に鳥肌が立った。ドレスをウエストまで脱がされ、男のときと大して変わらない胸をあらわにした格好にされ、乳首に舌を這わされる。

 思い人の名前を口にした瞬間、僕はマックスさんから言われた残酷な言葉を思い出す。

『――だからオレは、おまえ自身のことを好きになって恋人になったわけじゃない』

 目の前がじょじょに暗くなっていくのを感じる。それでも思いを寄せる人は変わらない。マックスさんひとりだけだ。

 ジョージ様の腕から逃れようともがいていれば、やけに外が騒がしくなる。

 扉を叩く音と部屋の外で彼のつき人の焦り声が聞こえてきた。

 僕の上に覆いかぶさっていたジョージ様が舌打ちをする。あからさまに不機嫌そうな表情をして「なんの用だ」と扉を開く。

「大変です、坊っちゃま! フェアリーランドの第三王子エドワードが魔族の大群を引き連れ、こちらに向かっております」

「何……!?」

 僕はすぐに窓のほうへと目を向けた。

 禍々しいオーラを放つ軍船が何十隻もあり、黒い空には悪魔や魔女に魔物たちが飛んでいた。

 やつらがこの島に着くのも時間の問題だ。

 僕は床に引きずるほど長いドレスの裾を破り捨て、驚いている彼らの横をすり抜け、廊下を裸足のまま走った。
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