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令嬢ラクーンは聖女様の力を盗んでしまったので、護衛のフォックスと裏で奔走する

承 令嬢ラクーン、巡る。

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 情報収集をしっかりと行って、その日を待った。
 そう、各地の神殿へ祈りを捧げに行く日。

 今日は、王都の神殿を中心として、各地に三つある神殿の内のひとつ。森の中の神殿へと赴く。
 城を出る王女にパパの名前を出して謁見。

「聖女様。ご機嫌よう。よろしければ、私も祈りの姿を拝見してもよろしいでしょうか?」
「聖女様だなんて。いいわよ。見ていてね」

 やったー! やったやった! 表ではうふふとお上品に笑いながらも、心の中で両拳を掲げる。


 隊列の一番後ろから少し距離を取って、恐縮しながら付いて歩いた。出来るだけ目立たないように……。閉口……。
 神殿に到着してからも、建物の中の隅の方に身を滑り込ませる。印象に残らないように……。閉口……。

 祈りの儀式はすぐに始まった。聖女様は両膝を地につけて祈りを捧げる。
 私も、彼女の護衛や司祭たちの後ろから両手を組んで祈りを捧げた。
 お願い! 建物内なら同じようなものでしょ! なんとかなってー!

 私の切実な願いが届いたのか、神殿の床が突然輝きを帯びた。眩い光は刺すように天へと向かう。目を開けていられない程の熱い光が室内に満ちて、そして、消えた。
 全員の呆気に取られた沈黙が続いて。

「……終わりました」

 聖女様の照れたような声音をもって、あの日以来の歓声が広がる。口々に彼女を讃える言葉が紡がれていく。拍手がひっきりなしに叩かれた。
 私はといえば、ふうと額の汗を手の甲で拭っている。
 な、なんとかなったわね……。
 笑顔の人々を通り抜けて外に出ると、森の木々の隙間からフォックスが手招いていた。

「素晴らしいです、お嬢様」
「まあね。私の手柄じゃないけれど」
「いいえ、お嬢様の力ですよ」
「借り物の力よ」
「ふふふ、頑なですね」

 満足そうな男。この護衛だけが、私が頑張った事実を知っている。この護衛だけが、奮闘する私を称賛してくれる。自業自得の顛末だとしても。

「……まあ、褒められるのも、悪くないわ」

 ここまで来るのも、精霊の加護を引っ張り出すのも、結構疲れるし。
 そっぽを向いて呟く私を見るフォックスの目は、優しく細められていた。




 この調子で各地の神殿に付いて行こう。
 そう思っていたのに。

「フォックス! 私のフォックス!」
「どうかされましたか、お嬢様」

 私は平素と同じく裏庭の影で護衛を呼んだ。男はどこからともなくひょこりと姿を現す。

「どうかも何もないわよ! 次の祈りは、付いて行くの駄目って断られちゃったわ!」
「何故ですか?」
「……二つ目の神殿は、雪山の麓にあるの。寒いところで、他の方々に気を配る余裕がないかもしれないから、無理だって……」
「そうですか。お嬢様が行かないことには何も始まらないんですがね」
「そうなのよー! 私が盗んだって気付かれても困るし、聖女様に恥をかかせるわけにはいかないわ……。仕方ないから……フォックス、行くわよ」
「え?」
「二人で行くわよ!」


 という訳で、聖女様御一行とは違う道を使って、こっそり私とフォックスも雪の神殿へと向かうことにした。
 道と言っても、雪が積もっていてどれが道かも分からない。頼りになるのは地図と看板と護衛だけ。

「さ、さ、寒いわ……!」
「無理せずもっと防寒してください。風邪を引きますよ」
「うぅ~!」
「唸って体温上げましょう」

 フォックスが大量に着込んだ私の首元に手を差し入れて、さらに防寒具を増やしてくれる。
 防寒も防風も万端な準備をしてきた。あとは歩き続けて、身体を温めよう。そんな楽観的な考えは、無慈悲な自然を前にして砕け散る。

 青と白の長閑な雪景色は、段々と吹雪く強風によって白一色に染め上げられた。視界が悪い。足元が埋もれる。一歩進むのにどれだけの時間を要するのよ。どこを向いているかも分からない。

「お嬢様。そこに洞窟があります。中で風が止むのを待ちましょう」
「駄目よ! そんなことをしている間に、聖女様が祈り始めちゃうわ!」

 護衛の提案は最善だけれど最速ではない。私は無理矢理一歩を踏み出すけれど、突如雪に足が取られて「きゃあッ」と悲鳴が漏れた。

「お嬢様!」

 直ぐに距離を縮めたフォックスが私の腕を握って、よろけた私を自分の方へと引き寄せてくれる。

「あ……ごめん。大丈夫。大丈夫だから、」
「お嬢様。こんな天気なら、王女たちも休息を挟んでいますよ。休みましょう」
「でも」
「お嬢様」

 フォックスの珍しく強い物言いに否とは言えず、小さい首肯で返事をした。この天気の中、その返答が届いたか分からないが、すぐに護衛は手を動かす。
 私を荷物よろしく肩に抱えて、二人で洞窟に身を隠した。ランプの灯りが時折風に揺れて私たちを照らしている。

「……うぅ、寒い……」

 私は抱えた膝を引き寄せる。
 吹雪に見舞われた体は熱を大きく奪われていた。どうしよう、こんな所で死んじゃったら。フォックスも連れて来ちゃってるのに。どうしよう。心細さにじわりと視界が潤む。情けなさに、目の奥がつんと熱く感じた。

「お嬢様。もっとこちらへ」

 フォックスが自分の上着を脱いでいく。

「……なに脱いでるのよ! 風邪引くわよ!」
「温めようかと思いまして」
「…………か、か、か、体で!? きゃーっ! 不埒だわ!」

 私は甲高い声を上げながら、両手で火照る顔を覆った。
 だめよ! そんな! 交際だってしていないのに! 私の部屋にも入れたことないのに! 異性の護衛を自室なんて入れたら、パパに怒られるからしてないだけだけど……フォックスもそういう空気は読んで、男女の境は踏み越えない。まあ、護衛だし……。ただの護衛だしね……。それはそう……。基本作戦会議をするのは外だ。変な空気にもなりやしない。

「お嬢様、元気じゃないですか……」

 呆れと笑い混じりの声が零される。
 そうっと指の隙間から覗こうとして、ばさりと何かを掛けられた。

「ちょ、ちょっと! 前が見えないわ!」
「息苦しくない程度に被っていてください。とにかく、体を温めて」
「貴方は? 貴方は寒くないの?」
「身体が違いますから」
「うっ……」

 護衛とは当然鍛え方が違う。そう言われると勝ち目がない。だいたいのことは勝ち目がない。勢いだけいつも勝ってるから、フォックスを連れ歩けているのかも。
 フォックスは横になった私の背中を上着越しに摩る。

「寒くなくて、少し寝られそうならそうしてください。また歩くんでしょう」
「うん……。貴方こそ寒かったら言ってね。互いに温め合うのも……その、命が関わるのなら」
「もっと素敵な口説き文句を覚えて来てくださいね」

 むぎゅ~っと頬の辺りを押される。
 なんて失礼な男! 口説いてるわけじゃないわよ!
 まったく。まったく! なんてプリプリ怒っていたら、身体中を纏う暖かさに瞼がうつらうつらと重たくなる。ぬくぬく。もこもこ。ふわふわ。雪の上にいるとは思えない。まるでベッドで寝ているみたい。
 これだけ何枚もの衣類で阻まれているから、そんなわけないのに、どこからかフォックスの鼓動を感じるようだった。



「お嬢様。晴れましたよ」

 ちかっ、と目蓋に日の光がのる。
 意識が急浮上して、細めた瞳に映る景色をゆっくりと脳が処理をした。

「……もうちょっと」
「二度寝している場合じゃないでしょう」

 両腕を掴まれて少し強引に上半身を起こされた。眠い……。私がまだ微睡みの淵にいる間に、フォックスは素早く身支度を整えている。

「聖女が先に神殿に着きますよ」
「……あ! 行くわよ!」

 荒れ狂った天候は打って変わって、からっとした晴天だ。




 フォックスに肩車をして貰って、雪の神殿裏の小窓のようなところから、建物の中を窺う。
 ちょうど聖女御一行が到着したところのようで、慌ただしく祈りの準備が行われていた。

「……ねえ。建物の外側からでも、祈りは届くと思う?」
「神殿に触れているので大丈夫でしょう」
「そうよねっ! よし、このまま待ちましょう」

 縦に重なりながらその時を待つ。フォックスに全体重預けているけれど、まあ鍛え方が違うらしいから問題無いでしょ。
 特に苦しそうにもしていない。逆に暇そうだ。
 落ちないようにフォックスの頭をぎゅうと抱き締めると、腕の中がもぞもぞと動く。フォックスが上を向いている。表情に変わりはない。……少しくらい照れなさいよ。

「どうかされましたか?」
「べつにぃ。さっき助けて貰ったから、良い子良い子ってしてあげようと思っただけよ」

 ぎゅーと抱き寄せたまま頭のてっぺんを手のひら全体を使って撫でてあげたら、返ってくると思った嫌味のひとつも飛び出さなかった。
 ん? と思って下を向いても、フォックスの表情は分からない。ただ、耳の辺りが少し朱に染まっている。子ども扱いには照れるってこと? もう!


 そんなやり取りを終えた頃、小窓の中に動きが見える。
 聖女が出て来た。
 膝を折って祈りを捧げている。

「きた! きたきた、きたわ!」

 私も慌てて両手を組んで祈った。肩車のまま。
 神殿内まで祈りが通じるか不安に思っていたけれど、覗いていた小窓から眩い光が飛び散るかの如く溢れ出す。
 その眩しさに瞳を閉ざして暫時、輝きは収束していった。
 途端に、建物の中から漏れ出る歓声。上手くいったみたい。はぁ、と安心感と疲労に満ちた吐息が落ちた。

 フォックスが身を低くして肩から下ろしてくれる。

「お疲れ様でした。素晴らしい祈りです」
「今日は貴方と協力した祈りだもの。当然ね」

 肩車の祈りを指して、いたずらっぽく笑ってみせた。フォックスは暫しきょとんと目を丸めてから、ふふふといつものように笑みを作っている。

「貴方のためなら何だって。お嬢様」


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