4 / 8
令嬢ラクーンは聖女様の力を盗んでしまったので、護衛のフォックスと裏で奔走する
結 令嬢ラクーン、愛す。
しおりを挟む座り込んで暫く経った頃、重たい目蓋を擦ったなら、立ち上がり屋敷の敷地外へと駆け出す。
過去形になんか出来ないわ。貴方を誰かに譲ったりしない。ずっと私のよ。
門を潜って左右を見回しても、彼の姿はもうない。
でも、王女の所へ行くと言っていた。それなら最後の神殿に続く港町に行けば会えるはず。
私は走り出した。港町は隣だから、私の屋敷から遠くない。ひたすら街道を駆け抜ける。不思議と体は軽かった。
とはいえ、流石に走り切る体力は無くて。歩いたり、走ったりを繰り返す。何度も何度も。道中親切な人に水分を恵んでもらって、また歩き出した。
最後の神殿が雪の中じゃなくて良かったと心から思っている。
港町の入り口には、太陽が天辺に昇った頃に着いた。肩で大きく息を整える。乱れた呼吸で肺が苦しい。
そんなことよりも。フォックスはどこ? どこにいるの?
周囲を見渡していれば「間も無く出航!」という張り上げた声が響いた。
嫌な予感が全身を巡る。最後の一踏ん張りだと、足を急かして。
港に到着すると、人々が一つの船に手を振っていた。いってらっしゃいと。頑張れと。あれに聖女が乗っているのは明らかだった。
フォックスも、乗っちゃったの? ここからじゃ分からないわ。
船はどんどんと小さくなっていく。
行かないで。離れないで。私のフォックスを奪わないで。
「いや……いやよ……」
唇から声が漏れる。こんな声じゃあ、フォックスに届かない。
私は、海の果てにも届くくらいの声で、叫んだ。
「フォックスーッ! 私の、フォックスーッ!」
周りが驚いてこちらを見ている。そんなの知ったこっちゃないわ。
「貴方は私のなんだから! 他のところに行っちゃだめーーっ!!」
海を巡って彼方まで届くように。喉を枯らして。
「ずっと! 私の傍に居て!」
今まで当たり前の日常だったそれを、希う。
「フォック」
「お嬢様。流石に少し、恥ずかしいのですが……」
背後から耳朶に聞き馴染んだ声が聞こえた。
振り返ると、耳を朱色に染めた男がいる。
「フォックス!」
勢いそのまま私は彼を抱き締めた。
「ごめんなさい! 私が悪かったわ! 貴方はそうするしかなかったのに、酷いことを言って傷付けてしまったわ!」
腕の中に閉じ込めた相手は目を見開いてから、困ったように私の背中に手を回す。避けられぬように恐る恐ると。
「俺こそ、ごめんなさい。意地を張りました。……泣かせたいわけではないんです」
気付けば私の瞳からは涙が溢れ出していた。きっと涙の栓がおかしくなってしまったの。
「もう、船に乗っちゃったかと思ったわ」
「まさか。俺は貴方以外に尽くすつもりはありませんよ。世界が滅亡したとしてもね。……あれは、売り言葉に買い言葉、と言いますか……俺も自分の幼稚さに呆れているんです」
フォックスは苦虫を噛んだ顔をしているから、思わず笑みで応えてしまう。
「……はっ! どうしよう! 聖女様が行っちゃったわ! 祈りが間に合わない……!」
フォックスの体ををどんと離して、出航した船を改めて視線で追った。だいぶ小さくなっている。
「今回は諦めて、後で祈っておけばいいのでは?」
「後で行くにしても、海の神殿には船が無いといけないし……あそこまで船を出して貰うのは怪しすぎるわ……。海流も乱れていて誰も近付かないところだもの……」
定期便があるわけではない。どうしたって向かうには人目につく。
聖女様にしても、今回だけ神殿は光りませんでしたは、絶対におかしい。失敗したと思われたら聖女様に申し訳ないし、ゆくゆく盗人の私に辿り着いてしまうかも。どうしたら……。
「……お嬢様。雪の神殿は覚えていますか?」
「あ、うん。外から祈った……」
「精霊と接触すると授かった加護が強くなるんですよ」
肩車の祈りを想起する。あれにそんな効果があったなんて……。
「それでも、神殿まですごく遠いのよ?」
「何とかなりそうでやってみて、本当になんとかしてきているじゃないですか。お嬢様は」
「……うん。うん! そうね! なんとかするしかないんだもの!」
やるしかない!
私はフォックスの手を取ると路地裏まで引っ張った。接触ね。接触。私は両手を広げて、ああ、あああ、そのまま固まってしまう。
「……お嬢様?」
「……その、……照れるわ……。破廉恥よ……」
「先程抱き締め合ったばかりじゃないですか」
「そうだけど……」
面映さから頰に含羞の色をのせて、横を向いてしまう。顔を向き合わせるのが恥ずかしい。今更込み上げてくる。羞恥心。
「……お嬢様。もう、二度と、俺を避けないでくださいね」
「え? ええ、それはもちろ、きゃっ」
フォックスが私の腰に手を回して、抱き寄せてくる。思わず小さく声が出た。拒絶じゃない、単純な驚きと照れ。それは相手にも伝わっているみたいで、フォックスの両腕が離れていくことは終ぞなかった。
ああ、合わさった体から鼓動が伝わる。熱を感じる。精霊なのにね。
「……お嬢様。祈りを」
「あ、そうね! そうよね!」
胸の中にすっぽり収まって落ち着いてしまっていたわ。
慌てて両手を組むと、祈りを捧げる。
これ以上なく浮ついた私の心は、きっと世界全てを晴れやかにする。
私の大事な人がいつまでも平和に暮らせるように。ずっと私の傍に居られるように。
聖女様はみんな、そんなことを考えて祈っていたのかしら。
……祈りって、愛ね。
海の彼方に光が満ちる。
それから、私たちがどうなったかといえば。
国に居ると障りがあるから、私はフォックスと旅に出ることにした。世界にはまだ精霊の加護を必要としている所もあるかもしれないし。いつだって堂々と傍に居たいしね。
不便なことは多いけど、いつも通り、何とかしているわ。
「ねえ、フォックス。どうして貴方は私を気に入ったの? 精霊姿の時に助けたから? それだけ?」
「それもありますが……それだけだったら、良い人間だなって思った程度でしょうね」
「他に何かあったの?」
「……忘れたなら、教えません」
「えーっ!?」
「貴方がくれたものは、俺が全てを捧げるに等しいものです」
それはまだ、ラクーンが幼い頃の話。
傷付いた生き物の手当てをして、頭をゆっくりと撫でていた。
生き物がくるると喉を鳴らしている。
ラクーンはうふふと笑った。
『寂しいの? ……私が、愛してあげようか』
1
あなたにおすすめの小説
夫「お前は価値がない女だ。太った姿を見るだけで吐き気がする」若い彼女と再婚するから妻に出て行け!
佐藤 美奈
恋愛
華やかな舞踏会から帰宅した公爵夫人ジェシカは、幼馴染の夫ハリーから突然の宣告を受ける。
「お前は価値のない女だ。太った姿を見るだけで不快だ!」
冷酷な言葉は、長年連れ添った夫の口から発せられたとは思えないほど鋭く、ジェシカの胸に突き刺さる。
さらにハリーは、若い恋人ローラとの再婚を一方的に告げ、ジェシカに屋敷から出ていくよう迫る。
優しかった夫の変貌に、ジェシカは言葉を失い、ただ立ち尽くす。
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
【完結】せっかくモブに転生したのに、まわりが濃すぎて逆に目立つんですけど
monaca
恋愛
前世で目立って嫌だったわたしは、女神に「モブに転生させて」とお願いした。
でも、なんだか周りの人間がおかしい。
どいつもこいつも、妙にキャラの濃いのが揃っている。
これ、普通にしているわたしのほうが、逆に目立ってるんじゃない?
【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。
五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」
婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。
愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー?
それって最高じゃないですか。
ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。
この作品は
「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。
どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
【書籍化】番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました
降魔 鬼灯
恋愛
コミカライズ化決定しました。
ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。
幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。
月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。
お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。
しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。
よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう!
誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は?
全十話。一日2回更新 完結済
コミカライズ化に伴いタイトルを『憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜』から『番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました』に変更しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる