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令嬢ラクーンは異国の地で結婚させられそうになってしまったので、護衛のフォックスと裏で奔走する

結 令嬢ラクーン、走る。

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「先に言っておくけど、あくまでもどうするか決めるのは聖女様よ。強制させることはないわ」
「分かったって。分かった分かった。それで何て書けばいいんだよ?」
「それは自分で考えるの!」
「思い付いたら苦労してねーんだよ~……!」

 真っ新な紙と向き合いながら王子が髪をかき乱している。
 提案した以上無責任に放り出す訳にもいかないから、私もさり気無くああかなこうかなと思索する。とはいえ恋文なんて私も綴ったことないわ。大事なのは気持ちよ! という前向きな精神。

 書き進める最中、王子がぽつりと口を開く。

「……なあ。聖女様って、どんな奴なんだ?」
「んー……そうねぇ。誰にでも優しくて、温かくて、王女なのにとても気さく。根が明るいし、弱音は吐かないし、けど少し恥ずかしがり屋な所があるかも?」
「ふ、ふうん……」
「……なにをニヤニヤしているの?」
「べつに……」
「小さい頃は貴族の男の子たちを蹴散らしてたわよ」
「……いいじゃん」
「あ、そう……」

 恋文は自己紹介から始まって現状のやるせなさに続き、それでもと繋がる。貴方の話を聞きました毎秒貴方を想っていますだとか幼い頃の貴方はガキ大将を気取っていたオレすら蹴散らしてくれたでしょうとか、予言から始まった想いではありますが運命であるとも考えられますとか、必ずや貴方の笑顔を守りますだとか、なんかそんな感じ。
 始めはぎこちなかった字列も、結びに終わる頃には手が止まらなかった。

「で、できたぜ……!」
「出来たわーっ! きゃー! こんなの最高の恋文よ~っ!」
「へへ、そうか?」
「そうそうそう!」

 出来上がった手紙を前に二人で盛り上がる。休憩も入れずに必死に考えていたがために、謎の勢いを得ているとも言える。
 きっと外はすっかり夜が更けているはず。
 私はフォックスに向き直ると、ぱちんと両手を合わせてお願いをした。

「それじゃあフォックス、頑張らせてごめんね。お願い、聞いてくれる?」
「……答えを分かっていて聞くなんて、意地が悪いです」

 フォックスは不服に眉を顰めていたが、成す術の無さを吐息として深く出し切ってしまってから、鎖に繋がれていない私の手を取り引き寄せる。行きたくないという意思を如実なままに抱き締めてくれた。
 さらに言えば、見なくても分かる。王子を威嚇している気がする。頭上から淀んだ空気を感じるし……。

「お嬢様の枷の鍵、貴方は持っていないんですね?」
「ああ。婆さんが持ってる。……まあ、楽しい恋を教えて貰った気もするし、最悪婚礼の儀の前に逃してやるよ。オレの国の事情なんてあんたたちにゃ関係ねーし。……好きな奴が、他の奴と婚礼の儀をするなんて死んでも嫌だろうしな。なんとなく、それだけは分かったよ」

 腕を組む王子は、私とフォックスを見比べて肩を分かりやすく竦めてみせた。
 その言葉を聞き受けて、フォックスは決心がついたのか私の頬を一度緩やかに撫でる。私はその手のひらを追う。離れ難いわね、少しの間なのに。

 そうして身を離すと、フォックスの体が透明に澄んだ。かと思えば、真っ白な毛並みの生き物が無から姿を現す。大きくて、美しくて、気高い。私の精霊。

 王子は目を見開き唇をぱくぱく上下させて驚きを示していた。

「では、行ってきます。お嬢様」
「ええ、気を付けてね。ありがとう、わがままを聞いてくれて。フォックス」

 精霊は四つ足の一つでたんと地面に強く蹴れば、洞穴の外まで一っ飛び。瞬きの間に。これなら、すぐに国まで着いてしまいそう。後は聖女たちが来てくれるかどうかの問題ね。

「あんたの精霊すげーな……」
「そうなの。世界に自慢して回りたいわ」

 でも本当は、自分だけの秘密にしておきたい。そんな大事な存在。

「精霊ってあんななのか」
「私も初めて見たのよね。話には聞いていたけれど」
「え?」
「相手のすべてを知らなくても、愛したっていいでしょ?」






「お嬢様、起きてください。お嬢様」

 繋ぎ止められている岩を背にフォックスの帰りを待っていたら、いつの間にか微睡んでいたらしい。馴染みのある声によって意識が浮上する。
 どれだけの時間が経ったか分からないけれど、目の前には膝を付いたフォックスが居た。私の顔を覗き込んでいる。段々と思考が覚醒して、ハッと顔を上げた。

「フォックス……。あ、やだ。私眠ってた? 貴方が急いでいた時に……」
「構いませんよ。お疲れなのでしょう」

 フォックスが視線で王子を示してくれた。王子も少し離れた所で横になって眠っているみたい。
 私は座り直すと居住まいを正してフォックスに問い掛ける。

「それで……聖女様はなんて?」
「これが精霊様。なんて美しい、と」
「聞きたいのはそこじゃないのよ!」

 きぃーっと握り拳を上下させた。フォックスはふふふと意地悪く笑っている。いろいろ仕返しされた気分……。

「とにかく、一度この島に行ってみましょう、と。すぐに出発すると仰っていましたので、朝には到着するのではないでしょうか」
「そう……。後は本物の聖女様が来て、私たちが偽物だってことになって、その結末がどうなるのかってところね。国同士のことは国同士にお任せしましょ。あそこは大国だもの。王女が嫌だったら、きっと結婚なんてさせないわ」

 そう、聖女様には何の心配もいらない。とても強大な後ろ盾があるから、意思に反することにはならないはず。
 この島の行く末は、この島民の問題だ。本来は私が心を痛めることではない。何事も起こらないように、せめて精霊の加護を含めた祈りだけは贈りたいけれど。
 最も私が不安視しなくてはならないのが、聖女を騙っていることで断罪されるのかどうか……。顔見知りの人間が聖女を騙っていると知ったら聖女様悲しむでしょうね……。どさくさに紛れて、王子に逃して貰うしかないかしら。

「それから、お嬢様。枷の鍵です」
「え!? どうしたの、これ!」
「ご老人の部屋から拝借してきました」
「もーっ! ダメだけど素晴らしい働きだわ~っ!」

 罪のない人を枷に嵌めているんだから、無断で鍵を借りるくらい許して欲しいわ。
 フォックスが開錠して私を鎖から解放すると、枷に囚われていた位置に優しく唇を落とした。円環に赤く跡の残っていたそこが、思い掛けず熱を持つ。もちろん、私の頬も。思考も。焼き切れそう。

「……これから逃げるって時に、ドキドキさせないでちょうだい!」
「貴方が誰かのものになってしまうのは、想像するだけでも嫌だったので」
「もうっ。例え首輪を嵌められたって、私は誰のものにもならないわ」
「ええ、知っています」

 フォックスが私の手を引いて駆け出した。もう、ここに残る理由もない。
 私は振り返った。すやすやと眠る王子様。お姫様が来てくれるらしいわ。その物語の続きは、私のものではない。

 洞穴を抜け出して、フォックスの精霊体に飛び乗った。ふわふわで温かい背中。貴方の鼓動を感じる気がする。



「あの島、滅んじゃうのかしら」
「いいんじゃないですか。その時は。他人の人生の意志を奪うくらいなら、いっそ滅んでしまった方が」
「もう! フォックス!」
「俺が滅ぼすことはもうありません。もし予言によって、あの島に異変が現れるなら、その時は島を去ればいいんです」
「それは、……そうね。そうよ。どうにだって出来るじゃない」

 人間は逞しい。存外すべて、やってみれば何とかなったりするものだ。私だってそうやってきたもの。

「……さぁて、私たちは、次はどこに逃げようかしら? どこまでも付いてきてくれるわね? 私のフォックス」
「貴方となら世界の果てまでも、お嬢様」
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