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第3話
逆鱗(げきりん)
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夜になっても、湊の震えは止まらなかった。
霧島が置いていった恐怖が、部屋の隅々に澱のように溜まっている気がした。
逃げるべきなのかもしれない。けれど、湊の足は動かなかった。「いらないと言うまでそばにいる」という、あの男との約束が呪いのように体を縛り付けている。
深夜1時。鍵が開く音がした。
湊は弾かれたように玄関へ向かう。
「おかえりなさい、厳さん。」
努めて明るい声を出したつもりだった。しかし、玄関に立った厳は、靴を脱ぐ動作を止め、ゆっくりと湊の顔を覗き込んだ。
その目は、獲物を探る肉食獣のように鋭い。
「....湊。顔色悪いな。」
「え?そ、そうですか?ちょっと寝不足で...」
「嘘をつくな。」
低い声が空気を震わせる。厳は湊の腕を掴み、乱暴に引き寄せた。
痛いほど強い力。至近距離で睨みつけられ、湊は呼吸を忘れる。
「お前、今日誰と会った?」
「だ、誰も...店番をしてただけ、です。」
「ほう。なら、なぜ玄関に『他人の匂い』が残ってる?」
湊は息を呑んだ。
厳の嗅覚は異常だ。残り香などとっくに消えているはずなのに、この男は自分のテリトリーに侵入した異物の気配を敏感に察知している。
「言え。誰を部屋に入れた?」
「...っ」
言えない。言えば、厳は霧島と衝突する。組の中で争いが起きれば、それこそ厳の立場が危うくなる。
湊が唇を噛んで黙り込むと、厳の苛立ちが頂点に達した。
ドォン!!
隣にあった壁を、厳の拳が殴りつけた。壁紙が裂け、石膏ボードが陥没する音が響く。湊は悲鳴を上げてその場にしゃがみ込んだ。
「俺を怒らせるな!お前の嘘くらい見抜けるんだよ!」
「ご、ごめんなさい...!き、霧島さんが....!」
恐怖に耐えきれず、名前を吐き出した。
厳の動きがピタリと止まる。
「...蓮か。」
「ひ、昼間、お店に来て....手切れ金を置いていきました。厳さんの弱点になるから、消えろって...」
そこまで言うと、厳の全身から噴き出していた殺気が、ふっと冷たいものに変わった。静かだが、先ほどよりも遥かに重く、恐ろしい怒りだ。
「...それで、お前は受け取ったのか?」
「受け取りません!断りました!」
「なぜだ。金をもらって逃げれば、命の保証はあったはずだぞ。」
試すような問いかけ。湊は涙目で厳を見上げ、震える声で訴えた。
「だって...約束したから。厳さんがいらないって言うまで、私はどこにも行かないって...」
その瞬間、視界がぐるりと反転した。
気づけば湊はソファに押し倒され、厳の重たい体の下に組み敷かれていた。
見下ろす厳の瞳は、怒りと情欲で怪しく揺らめている。
「馬鹿な奴だ...。だが、いい答えだ。」
厳の大きな手が、湊の首筋を撫でる。締め殺そうとしているようにも、愛しんでいるようにも見える手つきだった。
「霧島の言う通りだ。お前は俺の弱点だ。お前がいるせいで、俺の判断は鈍る。」
「じゃ、じゃあ....」
「だが、手放すつもりはない。」
厳は湊の耳元に唇を寄せ、低い声で囁いた。
「お前がいないと、俺は狂う。....どっちにしろ地獄なら、お前を抱いて堕ちる方を選ぶ。」
それは、愛の告白にしてはあまりに利己的で、凶暴だった。
けれど湊には、その言葉が何よりの救いだった。この男は、自分のために修羅になることを選んだのだ。
「厳さん...」
「霧島には俺から言っておく。2度と手出しはさせん。」
厳のキスが落ちてくる。
今までで1番深く、所有印を刻み込むような荒々しい口付け。湊は厳の背中に腕を回し、スーツの生地を握り締めた。
もう、後戻りはできない。
2人はこの夜、本当の意味で「共犯者」になったのだ。
霧島が置いていった恐怖が、部屋の隅々に澱のように溜まっている気がした。
逃げるべきなのかもしれない。けれど、湊の足は動かなかった。「いらないと言うまでそばにいる」という、あの男との約束が呪いのように体を縛り付けている。
深夜1時。鍵が開く音がした。
湊は弾かれたように玄関へ向かう。
「おかえりなさい、厳さん。」
努めて明るい声を出したつもりだった。しかし、玄関に立った厳は、靴を脱ぐ動作を止め、ゆっくりと湊の顔を覗き込んだ。
その目は、獲物を探る肉食獣のように鋭い。
「....湊。顔色悪いな。」
「え?そ、そうですか?ちょっと寝不足で...」
「嘘をつくな。」
低い声が空気を震わせる。厳は湊の腕を掴み、乱暴に引き寄せた。
痛いほど強い力。至近距離で睨みつけられ、湊は呼吸を忘れる。
「お前、今日誰と会った?」
「だ、誰も...店番をしてただけ、です。」
「ほう。なら、なぜ玄関に『他人の匂い』が残ってる?」
湊は息を呑んだ。
厳の嗅覚は異常だ。残り香などとっくに消えているはずなのに、この男は自分のテリトリーに侵入した異物の気配を敏感に察知している。
「言え。誰を部屋に入れた?」
「...っ」
言えない。言えば、厳は霧島と衝突する。組の中で争いが起きれば、それこそ厳の立場が危うくなる。
湊が唇を噛んで黙り込むと、厳の苛立ちが頂点に達した。
ドォン!!
隣にあった壁を、厳の拳が殴りつけた。壁紙が裂け、石膏ボードが陥没する音が響く。湊は悲鳴を上げてその場にしゃがみ込んだ。
「俺を怒らせるな!お前の嘘くらい見抜けるんだよ!」
「ご、ごめんなさい...!き、霧島さんが....!」
恐怖に耐えきれず、名前を吐き出した。
厳の動きがピタリと止まる。
「...蓮か。」
「ひ、昼間、お店に来て....手切れ金を置いていきました。厳さんの弱点になるから、消えろって...」
そこまで言うと、厳の全身から噴き出していた殺気が、ふっと冷たいものに変わった。静かだが、先ほどよりも遥かに重く、恐ろしい怒りだ。
「...それで、お前は受け取ったのか?」
「受け取りません!断りました!」
「なぜだ。金をもらって逃げれば、命の保証はあったはずだぞ。」
試すような問いかけ。湊は涙目で厳を見上げ、震える声で訴えた。
「だって...約束したから。厳さんがいらないって言うまで、私はどこにも行かないって...」
その瞬間、視界がぐるりと反転した。
気づけば湊はソファに押し倒され、厳の重たい体の下に組み敷かれていた。
見下ろす厳の瞳は、怒りと情欲で怪しく揺らめている。
「馬鹿な奴だ...。だが、いい答えだ。」
厳の大きな手が、湊の首筋を撫でる。締め殺そうとしているようにも、愛しんでいるようにも見える手つきだった。
「霧島の言う通りだ。お前は俺の弱点だ。お前がいるせいで、俺の判断は鈍る。」
「じゃ、じゃあ....」
「だが、手放すつもりはない。」
厳は湊の耳元に唇を寄せ、低い声で囁いた。
「お前がいないと、俺は狂う。....どっちにしろ地獄なら、お前を抱いて堕ちる方を選ぶ。」
それは、愛の告白にしてはあまりに利己的で、凶暴だった。
けれど湊には、その言葉が何よりの救いだった。この男は、自分のために修羅になることを選んだのだ。
「厳さん...」
「霧島には俺から言っておく。2度と手出しはさせん。」
厳のキスが落ちてくる。
今までで1番深く、所有印を刻み込むような荒々しい口付け。湊は厳の背中に腕を回し、スーツの生地を握り締めた。
もう、後戻りはできない。
2人はこの夜、本当の意味で「共犯者」になったのだ。
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