雨鴉(あめがらす)の隠れ家 Season4

遊羽(ゆう)

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第4話

陽明山の亡霊

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ドアの爆砕と同時に、厳の身体が動いた。

「伏せろ、湊!」

怒号とほぼ同時に、厳の45口径が火を噴く。

突入しようとした先頭の男が、胸を撃ち抜かれて後方に吹き飛んだ。狭い廊下は硝煙と怒号に包まれ、視界が急速に奪われていく。

湊は床に這いつくばりながら、李の端末とデータドライブを必死に胸に抱え込んだ。

「1、2、3……4人!」

湊は音で敵の数を数える。厳に叩き込まれた生存術が、恐怖を冷徹な分析へと変えていた。

厳は一歩も引かず、ドアの枠を遮蔽物にして正確な射撃を繰り返す。

「湊、ベランダだ! 3分で片付ける、準備しろ!」

「わかった!」

湊は部屋の隅にまとめていた脱出用のバックパックを掴み、ベランダの非常階段へと滑り込む。

背後では、敵が放つサブマシンガンの乱射が壁を削り、花瓶が粉々に砕ける音が響いていた。

厳は弾倉を鮮やかな手つきで交換すると、残る3人の刺客を牽制し、最後の一弾で通路の照明を撃ち抜いた。

暗転。

その隙に厳がベランダに飛び出し、湊の腕を掴む。

2人は雨の滴る鉄製の階段を、音を立てて駆け下りた。

地上までは5階。下にはすでに黒塗りのセダンが待ち構えているのが見えた。

「下は塞がれてる! 厳、隣のビルの屋上へ!」

湊が指差したのは、わずか1.5mほどの隙間を空けて隣接する雑居ビルだった。

「飛ぶぞ。俺を信じろ。」

厳が湊の腰を抱き寄せ、迷いなく闇の中へと跳躍した。

浮遊感の直後、硬いコンクリートの感触。2人は転がるようにして隣のビルの屋上へ着地した。

追っ手の叫び声が遠ざかる。

2人はビルを抜け、あらかじめ裏通りに用意していた偽装ナンバーのバイクに飛び乗った。

「目的地は?」

ヘルメット越しに厳が問う。

陽明山ヤンミンシャンの北側、座標121.5、25.1。……李が残したデータに、そこだけプロテクトがかかってないログがあったんだ。意図的に残された足跡だよ」

バイクは台北の喧騒を抜け、急勾配の山道へと吸い込まれていった。

標高が上がるにつれ、霧が深くなる。街の明かりは霧に溶け、周囲には不気味なほど静かな熱帯の森が広がっていた。



1時間ほど走った頃、湊が「止めて」と合図した。

そこは、かつてリゾート開発が頓挫したと思われる、廃墟と化した円形劇場のような場所だった。

「……ここで間違いない。端末のシグナルが反応してる。」

霧の中から、カチ、カチと規則的な音が聞こえてきた。

厳が銃を構え、湊を背後に隠す。

現れたのは、あの電脳街で出会った少年、李だった。

彼は以前と同じフードを被り、壊れかけたパイプ椅子に座って、膝の上で小さな端末を操作していた。

カチカチという音は、彼が暇つぶしに回している古い軍用の方位磁石の蓋が開閉する音だった。

「15分遅いよ、亡霊さんたち…」

李が、感情の欠落した声で呟く。

「……李。君は何者なんだ。この『泣いている龍』のマーク、君が作ったものじゃないだろう?」

湊が厳の背後から1歩踏み出し、問うた。

李はゆっくりと顔を上げた。

霧に濡れたその瞳は、やはり死んだ魚のように濁っている。

「……僕はただの掃除屋。龍の目に溜まった『ゴミ』を片付けるのが仕事。……あんたたちが手に入れたデータ、あれは黒龍会の裏帳簿じゃない。黒龍会そのものを食い破ろうとしている、寄生虫のリストだ。」

「寄生虫だと?」

厳が低い声で問い返す。

「そう。組織の名前を借りて、勝手に世界中の口座から金を吸い上げている連中。……『泣いている龍』は、その寄生虫に巣を荒らされた、本物の黒龍会の生き残りのサイン。……あんたたちが追ってる大陸のマフィアは、その寄生虫と手を組んでる。」

李は立ち上がり、湊に小さなメモリーカードを放り投げた。

「その中に、寄生虫のリーダーの居場所が入ってる。……でも、そこへ行くなら、もう2度と『普通の人間』には戻れないよ。……あんたたちの積み上げてきた未来ごと、焼き払う覚悟があるならね?」

湊は、受け取った小さなチップを強く握りしめた。

「……普通の未来なんて、最初から捨ててる。厳と一緒にいられる場所が、僕の唯一の未来だから。」

厳は湊の頭を大きな手で乱暴に撫で、李を鋭く睨んだ。

「小僧、1つ聞かせろ。なぜ俺たちにこれを渡す?」

李は初めて、わずかに口角を上げた。それは笑みというより、諦念に近い歪みだった。

「……20歳も離れた男と心中しようなんて、よっぽどの馬鹿か、本物の亡霊だと思ったからさ。……死ぬなら、派手に死んでよ。掃除の手間が省ける。」

李の姿が、深い霧の向こうへと溶けていく。

後に残されたのは、雨の音と、湊の手の中にある新たな「火種」だけだった。

「……厳、行こう。陽明山のさらに奥……本当の亡霊たちが住む場所へ。」

「ああ。どこまでも付き合う」

2人は再びバイクに跨り、深い霧の深淵へと、アクセルを開けた。
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