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160話
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心地よいような息が詰まるような時間が終わって、私は一人船と分離された馬車に入り込み、自室のドアを勢いよく開けるとベッドに飛び込んだ。
どの世界の神様も大体はやばいんだな。人間の倫理観が全く通用しない感覚が恐ろしくて堪らない。そんな感覚しか残らなかった。
「世界の運命…私に何を求めるの?」
ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめて震えを誤魔化そうとしてもやはり恐ろしさが体に染み付いてしまった。
これが神に謁見するということなのかと妙に納得してほんの僅かな会話がとても内容の濃いものに思えてしまった。
それにしても、神様の私へ向けた態度が少しおかしかった気がする。
じいちゃんと御殿様を差し置いて私だけに加奈「さん」と呼んだことがどうも引っかかる。
まるで私を目上とか地位の高いもの、それか穏やかで丁寧な言葉からして同等の存在と認識するあの態度…私は人間なのになぜ私に敬意を示したのだろう?
それに継承者?私がなにかの継承者になるの?
少し怖くなってきた…まるで私がこの先の未来で人間じゃない全く違う存在になるのではないかと思ってしまうのは自然な流れなのかもしれない。
もしもそうなってしまうのなら、今の幸せな日々はどうなってしまうのだろうか?
「すごく…怖いよ」
抱きしめたぬいぐるみに縋り付いて涙を浮かべるとするりと私の頬を撫でるなにかが当たった。
ひんやりとしてツルッとした硬い黒水晶の尾の先をくっつけるのは小さな体の仲間マオウだった。
この子は何時でも私と一緒にくっついて行動しようとする。
私が何かをする時、側に誰かがいる時もいない時も必ずこちらをじっと見つめてくるのだ。
まるで私の全てを観察するように
でも、今はどちらかというと私の心が沈んでいることが気になるみたいだ。
「マオウ…私は大丈夫、じゃないけど今はそっとして欲しいな。」
それでも構わずグリグリと頬に尾の先を押し付けて来る。
しまいには私の抱きしめていたぬいぐるみを叩いて離せと言っているような気がした。
ひとまず起き上がってぬいぐるみを離すと、自ら膝の上に乗ってこちらをじっと見つめてきた。
本当にマオウという生物は思考が全く読めない。
「君は何がしたいの…?」
「飼い主が不調だと使い魔も不調になるんだよ、常識だろ?」
声が聞こえて顔を上げると入口のドアにもたれかかってこちらを見つめるスカイブルーの瞳があった。
相変わらずうねる深緑色の長髪を雑に束ねているのを見ていると、いつもどうやってひとつ結びにしているのか疑問が浮かぶ。
「ナザンカ…なんでついてきたのよ?」
「…言葉もわからん環境で一人出歩くのはあまり好きじゃない。」
その時ようやく気がついた。そうか、極東の島国と別称で呼ばれるだけあって海に囲まれたこの国はナザンカ達大陸の人からすれば言葉が全く違って何を言っているのかわからないんだ。
あの時、神様と話していた時もナザンカからすれば私が言われていた事がなにかわからなかったんだ。
「…誰かから、私が神様に言われていた事について聞いた?」
「いや?皆して暗い顔していたからな。アザレアは少し言語を理解していたみたいでマアヤに詳細の確認をしていた内容を聞いただけだ。
カナがあの世界樹に目をつけられているとこは理解したが、継承者がなにかはカナにも理解できていないとはな…。」
そりゃあ怖いに決まってるといって私に歩み寄ったナザンカは椅子に座って足を組んだ。
勝手に乙女の部屋に入ってくるとは何事か。とも思ったが、ナザンカにそのつもりが無いことはわかっているので目を瞑ることにした。
それに、これは彼なりの慰めでもあることだってわかってる。
だから、今なら彼に自分の心の内を明かせそうな気がしたんだ。
「あの時、三振りの刀の持ち主の気持ちで神様の前に立ったと思っていたんだ。
なのに、じいちゃんと御殿様は眼中になくて私にしか視線を向けていないんだよ。特別感とか多幸感とか何も沸かなくて私はただの人間と見られていなかったと理解して泣きそうになった。
なにが継承者よ、なにが器よ!
まるで、私があの神様にとって都合の良い道具みたいじゃない!
その後に私の為に何度も苦しい想いをしている人がいるって…まるで私のせいだから責任取れみたいな…!」
こんな解釈はしたくないが、私に運命を背負わせるために継承者とか名も知らない見当もつかない誰かが苦労してるからそれを知っておけとか言われても、わからないものはわからないの。
「疑問は尽きないばかりよ…私にどうしろと?何になれと?
今の私じゃないなにかに変わらなきゃいけないと言われているみたいで怖いのよ…っ!」
まっすぐナザンカの顔が見えなくて俯いた。その先にはマオウがいるのに、私の目から止めどなくあふれる大粒の涙がこぼれ落ちて水色の小さな獣の顔を濡らした。
止めたいのに涙が止まらなくて乱暴に目元を腕で擦ると深い溜め息が聞こえた。
「本当に…もう少しアザレアの勉強に付き合えばよかった。
俺には翻訳スキルもないし、それ以前に騎士として学んだのは必要最低限の常識と剣術で何もない。過去も自慢げに話せる内容なんてなにもない。
お前が神に何を言われたかはわからなかった。
でもよ、何年経っても俺はお前がくれた勇気と時間が掛け替えのないもので絶対に忘れることのない幸せな日々だ。
わかるか?俺はカナに感謝してるんだよ。
そんなカナが悩んでいるならどうにかしてやりたいのは自然と思い浮かぶんだ。」
どうして、こんな時に限って私の欲しい言葉をくれるのだろう。
「言っておくが、お前は自分が変わったと言っても俺達にとってはカナであることに変わりないからな。
力の無駄遣いはするし、人に迷惑はかけるけどなんやかんやで良い結果で済むから腑に落ちない。
でもそれ良いかって納得しちまうんだよ」
どうしてそんなにもナザンカの言葉に安心してしまうのだろう。
「だから、今回もお前の我儘を貫き通せよ。
何を言っているのか理解できないって。」
そんなの無理難題だよ。だってあの時の威圧と恐怖に私は負けてしまったんだから。
でもナザンカが言ってくれるのなら頑張れる気がする。何度だって挑戦する根性はあるんだから。
両頬を勢いよく手で挟むと痛みで気が引き締まった。
「危うく本当の私を見失うところだった…。」
そうよ、過去の自分みたいにうじうじして同じ場所で濁って変わりやしないなんてごめんだ。
今の私は、異世界召喚に巻き込まれて幼女になっちゃった山下加奈だ。
料理が得意で他人の問題事に首を突っ込んでその場をかき乱して自分の我儘とあり得ない力で勝利を掴むのが私だ。
「本当に…ナザンカに話してよかったわ。」
「そーかい」
お互いに気軽に話ができる仲で、時々喧嘩をして悪ふざけも一緒にしたりして。
正しい子供時代を取り戻している感覚がしたのはナザンカと一緒だからだろうな。
だからきっと
「えっ…?」
「…なにぼーっとしてんだ?」
きっとこれは気の所為だ、ナザンカに重ねては行けない幻想だ。
その優しい笑みがどんなにあの子に似ていたとしても
ぶんぶんと首を横に振ってマオウを抱き上げると笑い飛ばした。
「小腹が減ったからおやつにしようか!今日はおはぎなんてどう?」
「どう?って言われてもな…それがどんな料理か知らん。」
そんなの今から知れば良い。知ることは悪いことはまず無いから。
知らないものを知った先で自分が何を思うかが大事なんだから。
気に入ってくれるといいな、ね?
おはぎはあの子の大好物だった。私を救ってくれたヒーローは今の私を作ってくれた。
とても良い思い出、しかしそれと同時に
思い出したくない記憶が絡まって涙が出てしまうのだ。
どの世界の神様も大体はやばいんだな。人間の倫理観が全く通用しない感覚が恐ろしくて堪らない。そんな感覚しか残らなかった。
「世界の運命…私に何を求めるの?」
ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめて震えを誤魔化そうとしてもやはり恐ろしさが体に染み付いてしまった。
これが神に謁見するということなのかと妙に納得してほんの僅かな会話がとても内容の濃いものに思えてしまった。
それにしても、神様の私へ向けた態度が少しおかしかった気がする。
じいちゃんと御殿様を差し置いて私だけに加奈「さん」と呼んだことがどうも引っかかる。
まるで私を目上とか地位の高いもの、それか穏やかで丁寧な言葉からして同等の存在と認識するあの態度…私は人間なのになぜ私に敬意を示したのだろう?
それに継承者?私がなにかの継承者になるの?
少し怖くなってきた…まるで私がこの先の未来で人間じゃない全く違う存在になるのではないかと思ってしまうのは自然な流れなのかもしれない。
もしもそうなってしまうのなら、今の幸せな日々はどうなってしまうのだろうか?
「すごく…怖いよ」
抱きしめたぬいぐるみに縋り付いて涙を浮かべるとするりと私の頬を撫でるなにかが当たった。
ひんやりとしてツルッとした硬い黒水晶の尾の先をくっつけるのは小さな体の仲間マオウだった。
この子は何時でも私と一緒にくっついて行動しようとする。
私が何かをする時、側に誰かがいる時もいない時も必ずこちらをじっと見つめてくるのだ。
まるで私の全てを観察するように
でも、今はどちらかというと私の心が沈んでいることが気になるみたいだ。
「マオウ…私は大丈夫、じゃないけど今はそっとして欲しいな。」
それでも構わずグリグリと頬に尾の先を押し付けて来る。
しまいには私の抱きしめていたぬいぐるみを叩いて離せと言っているような気がした。
ひとまず起き上がってぬいぐるみを離すと、自ら膝の上に乗ってこちらをじっと見つめてきた。
本当にマオウという生物は思考が全く読めない。
「君は何がしたいの…?」
「飼い主が不調だと使い魔も不調になるんだよ、常識だろ?」
声が聞こえて顔を上げると入口のドアにもたれかかってこちらを見つめるスカイブルーの瞳があった。
相変わらずうねる深緑色の長髪を雑に束ねているのを見ていると、いつもどうやってひとつ結びにしているのか疑問が浮かぶ。
「ナザンカ…なんでついてきたのよ?」
「…言葉もわからん環境で一人出歩くのはあまり好きじゃない。」
その時ようやく気がついた。そうか、極東の島国と別称で呼ばれるだけあって海に囲まれたこの国はナザンカ達大陸の人からすれば言葉が全く違って何を言っているのかわからないんだ。
あの時、神様と話していた時もナザンカからすれば私が言われていた事がなにかわからなかったんだ。
「…誰かから、私が神様に言われていた事について聞いた?」
「いや?皆して暗い顔していたからな。アザレアは少し言語を理解していたみたいでマアヤに詳細の確認をしていた内容を聞いただけだ。
カナがあの世界樹に目をつけられているとこは理解したが、継承者がなにかはカナにも理解できていないとはな…。」
そりゃあ怖いに決まってるといって私に歩み寄ったナザンカは椅子に座って足を組んだ。
勝手に乙女の部屋に入ってくるとは何事か。とも思ったが、ナザンカにそのつもりが無いことはわかっているので目を瞑ることにした。
それに、これは彼なりの慰めでもあることだってわかってる。
だから、今なら彼に自分の心の内を明かせそうな気がしたんだ。
「あの時、三振りの刀の持ち主の気持ちで神様の前に立ったと思っていたんだ。
なのに、じいちゃんと御殿様は眼中になくて私にしか視線を向けていないんだよ。特別感とか多幸感とか何も沸かなくて私はただの人間と見られていなかったと理解して泣きそうになった。
なにが継承者よ、なにが器よ!
まるで、私があの神様にとって都合の良い道具みたいじゃない!
その後に私の為に何度も苦しい想いをしている人がいるって…まるで私のせいだから責任取れみたいな…!」
こんな解釈はしたくないが、私に運命を背負わせるために継承者とか名も知らない見当もつかない誰かが苦労してるからそれを知っておけとか言われても、わからないものはわからないの。
「疑問は尽きないばかりよ…私にどうしろと?何になれと?
今の私じゃないなにかに変わらなきゃいけないと言われているみたいで怖いのよ…っ!」
まっすぐナザンカの顔が見えなくて俯いた。その先にはマオウがいるのに、私の目から止めどなくあふれる大粒の涙がこぼれ落ちて水色の小さな獣の顔を濡らした。
止めたいのに涙が止まらなくて乱暴に目元を腕で擦ると深い溜め息が聞こえた。
「本当に…もう少しアザレアの勉強に付き合えばよかった。
俺には翻訳スキルもないし、それ以前に騎士として学んだのは必要最低限の常識と剣術で何もない。過去も自慢げに話せる内容なんてなにもない。
お前が神に何を言われたかはわからなかった。
でもよ、何年経っても俺はお前がくれた勇気と時間が掛け替えのないもので絶対に忘れることのない幸せな日々だ。
わかるか?俺はカナに感謝してるんだよ。
そんなカナが悩んでいるならどうにかしてやりたいのは自然と思い浮かぶんだ。」
どうして、こんな時に限って私の欲しい言葉をくれるのだろう。
「言っておくが、お前は自分が変わったと言っても俺達にとってはカナであることに変わりないからな。
力の無駄遣いはするし、人に迷惑はかけるけどなんやかんやで良い結果で済むから腑に落ちない。
でもそれ良いかって納得しちまうんだよ」
どうしてそんなにもナザンカの言葉に安心してしまうのだろう。
「だから、今回もお前の我儘を貫き通せよ。
何を言っているのか理解できないって。」
そんなの無理難題だよ。だってあの時の威圧と恐怖に私は負けてしまったんだから。
でもナザンカが言ってくれるのなら頑張れる気がする。何度だって挑戦する根性はあるんだから。
両頬を勢いよく手で挟むと痛みで気が引き締まった。
「危うく本当の私を見失うところだった…。」
そうよ、過去の自分みたいにうじうじして同じ場所で濁って変わりやしないなんてごめんだ。
今の私は、異世界召喚に巻き込まれて幼女になっちゃった山下加奈だ。
料理が得意で他人の問題事に首を突っ込んでその場をかき乱して自分の我儘とあり得ない力で勝利を掴むのが私だ。
「本当に…ナザンカに話してよかったわ。」
「そーかい」
お互いに気軽に話ができる仲で、時々喧嘩をして悪ふざけも一緒にしたりして。
正しい子供時代を取り戻している感覚がしたのはナザンカと一緒だからだろうな。
だからきっと
「えっ…?」
「…なにぼーっとしてんだ?」
きっとこれは気の所為だ、ナザンカに重ねては行けない幻想だ。
その優しい笑みがどんなにあの子に似ていたとしても
ぶんぶんと首を横に振ってマオウを抱き上げると笑い飛ばした。
「小腹が減ったからおやつにしようか!今日はおはぎなんてどう?」
「どう?って言われてもな…それがどんな料理か知らん。」
そんなの今から知れば良い。知ることは悪いことはまず無いから。
知らないものを知った先で自分が何を思うかが大事なんだから。
気に入ってくれるといいな、ね?
おはぎはあの子の大好物だった。私を救ってくれたヒーローは今の私を作ってくれた。
とても良い思い出、しかしそれと同時に
思い出したくない記憶が絡まって涙が出てしまうのだ。
応援ありがとうございます!
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