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29話
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「ふう、間に合った。じゃあ配信始めるぞ」
2人で手分けして準備したお陰で2分前に全ての準備が終了した。本当に危なかった。
「ラジャー!一旦離れとくね!」
俺はアスカが部屋の端に移動したのを確認してから配信ボタンを起動した。
『聞こえているか。九重ヤイバだ』
バイノーラルマイクということでいつもよりも小さな声で挨拶をした。
そのため聞こえているか不安だったが、コメント欄を見る限り大丈夫なようだ。
『今日は聞いての通りASMR配信だ。俺はダミーヘッドを持っていない為、今回はUNIONのスタジオを借りている』
『そのためこのスタジオにはアスカが居るが、今回の配信で声を出すことは無いからファンの皆は安心して聴いてくれ、だそうだ』
アスカが言うには、男のASMR配信に女の声が入るのは犯罪になるらしい。
『今回のASMRはアスカのカンペに沿ってやっていくことになる。とりあえず一緒に毛布の中に入るぞ』
それから俺はアスカの指示に従ってASMRを始めた。今回アスカが決めたテーマは添い寝だったらしく、ダミーヘッドに寝息を吐かされたり、マイクをとんとんと叩かされたり、ダミーヘッドを胸に当てて心音を配信に流させられたりした。
アスカの事なので甘いセリフを延々と耳元で囁かされるのかと思ったが、それを要求されることは殆どなく、別の動きに変わる時だけだった。
逆にASMR中は無駄に喋らないでくれって指示されたしな。
それでいいのかと正直不安だったが、コメント欄を見るに好評っぽいので多分正解なのだろう。
『というわけで今日は終わりだ。おやすみ』
と最後に視聴者に語りかけて、配信停止ボタンを押した。
「これで良いのかな?」
「ありがとうございます、ヤイバ様。これで私たちリスナーは救われました」
アスカはまるで神を相手しているかのように俺を崇め立てていた。そこまで大げさな話か……?
「うん、なら良かった」
まあ喜んでくれたのならやった甲斐があったよ。
「じゃあ片付けよっか」
そのままアスカは撤収作業に入ろうとしていた。
「生ASMRは良いの?」
今日の本題は寧ろこっちじゃなかったっけ?
「あ、うん。お願いします」
単にアスカは自分から言いにくかっただけらしい。これまで散々言ってきて恥ずかしがることないでしょ。
「じゃあ何をすればいいのかな?」
「えっと、まずは耳かきで」
「分かった。じゃあ俺の膝に寝転んでくれ」
配信でもオンライン上でも無いのに配信用の声と口調になるのは少々恥ずかしいが、やるしかない。
「うん」
アスカの頭が俺の膝に乗った。ダミーヘッドの時と違って柔らかいし、温かい。
「ダミーヘッドマイクに使った耳かきを使うわけにはいかないから綿棒で我慢してくれ」
「残念だけど仕方ないね」
同意を得られたので俺は綿棒を一本と、ティッシュを一枚取り出した。
「さっきまでのと違って相手を寝かせる必要も無いから、思い出話でもしながらで良いか?」
「それもそうだね」
流石に二人っきりで無言なのは気まずいからな。
「いやあ、初コラボの時はまさかこんなことをしてもらえるだなんて思わなかったよ」
「そうだな、俺もこんな要求をされるようになるとは思わなかった。最初の頃はもう少し真っ当な人間だと思っていたんだがな」
初コラボの時は俺の事をヤイバきゅん呼びなんてふざけた呼び方をせず、常識と距離感をしっかり弁えていた。
それに加えてコラボの企画を熱心に考えてくれて、配信も全力で盛り上げてくれていたので非常にまじめで良い人、というのが当時の印象だ。
「あの時はヤイバきゅんに嫌われたくない、仲良くなりたいの一心だったからねえ。ヤバい所は徹底的に隠しましたとも」
「だろうな。俺のファンであることすら伏せられていたしな」
初コラボの依頼が来る直前までは雛菊アスカのアカウントでチャンネル登録をしていなかったし、ツリッターはぐるぐるターバンの知名度もあり一応相互だったが、俺のツリートにいいねを押してくることは無かった。
「同業者だからって理由で推しに接近するのはファンとしてずるいと思っていたからね」
「じゃあどうしてあの時俺のチャンネルを登録して、配信にコメントして、コラボ依頼までしてくれたんだ?」
「何だったっけな。ヤイバきゅんの配信で配信中でも誰かと話しながらVALPEXをやりたいって言っていたからだと思う」
そんなこと言ったっけな。全く記憶に無い。
「なら何故初コラボでやったゲームがモンスターバニーマンだったんだ」
普通その理論なら真っ先にVALPEXをコラボするゲームに選ぶだろ。
「プレデター相手にダイヤ帯がコラボしましょう!ってのはただの寄生にしかならないと思ったから」
「そうだったか?初コラボの時には既にマスターだった気がするんだが」
当時は何故VALPEXじゃないんだと視聴者からツッコミを受けた記憶がある。
「あれから必死にランクマを頑張ったからね。配信と睡眠と食事以外の時間はずっとVALPEXをやってた」
「大学はどうしたんだよ」
あの時期は夏休みじゃなかっただろ。
「友達に代返してもらってました!」
「そんなに自信満々に言うセリフじゃないぞ。もう少し自分の生活を大事にしろ」
「推し活は自分の大事な生活だよ。それにほら、推しは推せる時に推せって言葉もあるし」
思い返せばあの時はその言葉がVtuber界隈で流行り出した時期だったな。
Vtuber側が言いだした時はなんて傲慢な言い分だと笑い飛ばしていたが、俺がその言葉に支えられていたなんてな。
「ありがとう。でも次は自分の生活を大事にしろよ」
「分かっているよ。もうしません」
「なら良し」
2人で手分けして準備したお陰で2分前に全ての準備が終了した。本当に危なかった。
「ラジャー!一旦離れとくね!」
俺はアスカが部屋の端に移動したのを確認してから配信ボタンを起動した。
『聞こえているか。九重ヤイバだ』
バイノーラルマイクということでいつもよりも小さな声で挨拶をした。
そのため聞こえているか不安だったが、コメント欄を見る限り大丈夫なようだ。
『今日は聞いての通りASMR配信だ。俺はダミーヘッドを持っていない為、今回はUNIONのスタジオを借りている』
『そのためこのスタジオにはアスカが居るが、今回の配信で声を出すことは無いからファンの皆は安心して聴いてくれ、だそうだ』
アスカが言うには、男のASMR配信に女の声が入るのは犯罪になるらしい。
『今回のASMRはアスカのカンペに沿ってやっていくことになる。とりあえず一緒に毛布の中に入るぞ』
それから俺はアスカの指示に従ってASMRを始めた。今回アスカが決めたテーマは添い寝だったらしく、ダミーヘッドに寝息を吐かされたり、マイクをとんとんと叩かされたり、ダミーヘッドを胸に当てて心音を配信に流させられたりした。
アスカの事なので甘いセリフを延々と耳元で囁かされるのかと思ったが、それを要求されることは殆どなく、別の動きに変わる時だけだった。
逆にASMR中は無駄に喋らないでくれって指示されたしな。
それでいいのかと正直不安だったが、コメント欄を見るに好評っぽいので多分正解なのだろう。
『というわけで今日は終わりだ。おやすみ』
と最後に視聴者に語りかけて、配信停止ボタンを押した。
「これで良いのかな?」
「ありがとうございます、ヤイバ様。これで私たちリスナーは救われました」
アスカはまるで神を相手しているかのように俺を崇め立てていた。そこまで大げさな話か……?
「うん、なら良かった」
まあ喜んでくれたのならやった甲斐があったよ。
「じゃあ片付けよっか」
そのままアスカは撤収作業に入ろうとしていた。
「生ASMRは良いの?」
今日の本題は寧ろこっちじゃなかったっけ?
「あ、うん。お願いします」
単にアスカは自分から言いにくかっただけらしい。これまで散々言ってきて恥ずかしがることないでしょ。
「じゃあ何をすればいいのかな?」
「えっと、まずは耳かきで」
「分かった。じゃあ俺の膝に寝転んでくれ」
配信でもオンライン上でも無いのに配信用の声と口調になるのは少々恥ずかしいが、やるしかない。
「うん」
アスカの頭が俺の膝に乗った。ダミーヘッドの時と違って柔らかいし、温かい。
「ダミーヘッドマイクに使った耳かきを使うわけにはいかないから綿棒で我慢してくれ」
「残念だけど仕方ないね」
同意を得られたので俺は綿棒を一本と、ティッシュを一枚取り出した。
「さっきまでのと違って相手を寝かせる必要も無いから、思い出話でもしながらで良いか?」
「それもそうだね」
流石に二人っきりで無言なのは気まずいからな。
「いやあ、初コラボの時はまさかこんなことをしてもらえるだなんて思わなかったよ」
「そうだな、俺もこんな要求をされるようになるとは思わなかった。最初の頃はもう少し真っ当な人間だと思っていたんだがな」
初コラボの時は俺の事をヤイバきゅん呼びなんてふざけた呼び方をせず、常識と距離感をしっかり弁えていた。
それに加えてコラボの企画を熱心に考えてくれて、配信も全力で盛り上げてくれていたので非常にまじめで良い人、というのが当時の印象だ。
「あの時はヤイバきゅんに嫌われたくない、仲良くなりたいの一心だったからねえ。ヤバい所は徹底的に隠しましたとも」
「だろうな。俺のファンであることすら伏せられていたしな」
初コラボの依頼が来る直前までは雛菊アスカのアカウントでチャンネル登録をしていなかったし、ツリッターはぐるぐるターバンの知名度もあり一応相互だったが、俺のツリートにいいねを押してくることは無かった。
「同業者だからって理由で推しに接近するのはファンとしてずるいと思っていたからね」
「じゃあどうしてあの時俺のチャンネルを登録して、配信にコメントして、コラボ依頼までしてくれたんだ?」
「何だったっけな。ヤイバきゅんの配信で配信中でも誰かと話しながらVALPEXをやりたいって言っていたからだと思う」
そんなこと言ったっけな。全く記憶に無い。
「なら何故初コラボでやったゲームがモンスターバニーマンだったんだ」
普通その理論なら真っ先にVALPEXをコラボするゲームに選ぶだろ。
「プレデター相手にダイヤ帯がコラボしましょう!ってのはただの寄生にしかならないと思ったから」
「そうだったか?初コラボの時には既にマスターだった気がするんだが」
当時は何故VALPEXじゃないんだと視聴者からツッコミを受けた記憶がある。
「あれから必死にランクマを頑張ったからね。配信と睡眠と食事以外の時間はずっとVALPEXをやってた」
「大学はどうしたんだよ」
あの時期は夏休みじゃなかっただろ。
「友達に代返してもらってました!」
「そんなに自信満々に言うセリフじゃないぞ。もう少し自分の生活を大事にしろ」
「推し活は自分の大事な生活だよ。それにほら、推しは推せる時に推せって言葉もあるし」
思い返せばあの時はその言葉がVtuber界隈で流行り出した時期だったな。
Vtuber側が言いだした時はなんて傲慢な言い分だと笑い飛ばしていたが、俺がその言葉に支えられていたなんてな。
「ありがとう。でも次は自分の生活を大事にしろよ」
「分かっているよ。もうしません」
「なら良し」
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