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30話

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「右耳は終わったから次は左だ。頭を上げて体を反転してくれるか」

「はーい」

 俺はその間に反対側に移動して、反対側の頭を膝に乗せた。

「私たちってさ、いつここまで仲良くなったんだっけ?」

「いつ、か。気付いたら今の関係になっていたからな」

 記憶を遡っても、何か重大なイベントとかは無かった気がする。いつの間にか俺はアスカが俺のファンだと知っていたし、いつの間にかアスカは俺の事を裏ではヤイバきゅんと呼ぶヤバいファンになっていた気がする。

「何度もコラボを重ねるうちに自然と心を開いてくれたってことだね」

「お互いにな」

「私は常に心をオープンにしてるよ?」

「さっきヤバい所を隠してたって言ってたじゃねえか」

「バレちゃった」

「これで両耳の掃除は終わったぞ。どうする?」

「じゃあマッサージでもやってもらおうかな」

「分かった。じゃあうつぶせになって寝てくれ」

「了解」

 アスカは名残推しそうに膝から頭を上げ、床に敷かれているカーペットにうつぶせに寝た。

「じゃあやるか」

 俺はアスカの腰当たりに跨り、背中のマッサージを始めた。

「破廉恥だね」

「馬鹿か。背中へし折るぞ」

 ただのマッサージに破廉恥とかあるかボケ。

「だって破廉恥じゃん」

「いたたたたた!ごめんなさい!!」

 少し腹立ったのでかなり力を込めて背中を押した。

「分かったか?」

「はい……」

 反省したようなので普通のマッサージに戻る。


「ああ~気持ちいい~」

 アスカは配信じゃ絶対にしないような気の抜けた声を出す。

「座ってばかりいるからだぞ」

「配信者なんだから仕方ないでしょ」

「それでもだろ。運動しろ。早死にするぞ」

 スタイルは良いので健康管理はしっかりしているようだが、運動は全くやっていないように見える。

「ええ~めんどくさいよ」

「でもやれ。いずれ3Dでライブするのがこの事務所の方針なんだろ?」

「そうだけどさあ」

「とりあえずお前のマネージャーに報告しておく。このままだとライブの1曲目でぶっ倒れるぞって」

「流石にそんなに弱くないよ!」

「どうだか。今度体力チェックでもしてやるか。アスカ、次のコラボはワッカフィットアドベンチャーだ」

 ワッカフィットアドベンチャー。通称WFAはフタテンドーから発売された家で気軽に運動が出来るRPGゲームだ。

 引き籠りがちな配信者がこぞってやっている人気ゲームの一つであり、視聴者は配信者が苦しんでいる様を見て楽しんでいるらしい。

「私、持ってないから出来ないなあ……」

「大丈夫だ。今俺が二人分注文した」

「うぐっ……」

「ついでに告知も済ませておいたぞ。今月中にアスカとWFAコラボをやるってな」

「ずるい……」

「お前が運動をしようとしないから悪い」

 Vtuber雛菊アスカ、配信中に救急車で搬送されるなんて事態になったら目も当てられないからな。

「背中はこれくらいで良いか。次は——」

 それから俺は腰、頭、足と全身を丁寧にマッサージしてやった。

「これで良いか?」

「うん。凄く気持ちよかった。これで明日からも頑張れる気がするよ」

「それなら良かった」

「じゃあヤイバきゅん。私の膝に寝転んでください」

 起き上がったアスカは正座して自分の太ももをポンポンと叩いた。

「どうしてだ?」

「私だけされっぱなしってのも申し訳ないし。お礼だと思ってください」

「それなら」

 俺は言われた通りに太ももに寝転ぶ。アスカの太ももの柔らかさを直に感じると共に、アスカの女性的な甘い香りが強く感じられる。

 先程はマッサージに意識を集中させていたので特に感じなかったが、ただされる側に回ったことで強くアスカが女性であるという事を意識させられる。

「それでは~」

 アスカが綿棒を手に取り、俺の耳の中に突っ込んできて——

「えっ!?」

 俺は全力で綿棒を弾き飛ばした。

「下手かお前は!!!!鼓膜破れるだろ!!!!」

 アスカは綿棒を奥の奥まで突っ込んできたのだ。弾かなければ危うく怪我する所だった。

「そんなに奥まで突っ込んでないよ?」

「突っ込んでるわ!中止だ中止!飯行くぞ!!!!」

 少々いい感じの空気が流れていた生ASMRであったが、アスカが余りにも耳かきが下手すぎるせいで消えて無くなった。


 それから1週間後の週末、

「仕事を受けなければ良かった……」

 午後から始まるリアルイベントのリハーサルの為、朝早くから秋葉原の会場に向かっていた俺は、このイベントに出演を決めたことを強く後悔していた。

 理由はただ一つ。水晶ながめが参加するから。

 これまで水晶ながめが羽柴葵だと知っていたからこそ散々弄ってきた。しかし、そのせいで九重ヤイバが斎藤一真であると知られた場合大変なことになる領域にまで達しているのだ。

 そんな中リアルイベントで共演は不味い。

 同じ会場に居合わせたら顔を合わせるに決まっているじゃないか。

 オファーを受けた当時は、アメサンジから数人が参加することが決まっていなかった。しかし、人気なVtuberを集めるという時点で水晶ながめが呼ばれる可能性が高いのは明白じゃないか。

 だって登録者数55万人の超人気Vtuberだぞ。アメサンジを誘ったらそりゃゆめなまも誘うだろ。馬鹿か俺は。

「服装も髪型も違うし、葵にも俺と直接対面しないようにそれとなく誘導してみた。後は祈るだけだよね」

 俺は周囲に葵が居ないことを確認し、関係者入り口からこっそりと中に入った。


 建物内でもスタッフらしき人以外とはすれ違うことは無く、無事に男性用の楽屋に辿り着いた。

「こんにちは、九重ヤイバです。今日はよろしくお願いします」

 扉を開け、中に入ると同時に普段の声で挨拶をした。

 中では今日出演するVtuberと思われる男性が3人、仲良さそうに話していた。
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