代書屋ヒイラギと花言葉

クリヤ

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第2話 恋と薫衣草

(10)薫衣草の花言葉 〜終〜

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 手紙は、期待していた通り、レイからのものだった。
 便箋の上にポタポタと落ちる水滴を見て初めて、ラヴィは自分が涙を流していることに気づいた。
 スッと横からティッシュの箱が差し出される。
 「辛い内容だったのですか?」
 ヒイラギが、気遣うような声でラヴィに問う。
 「いえ……。うん、やっぱり辛いところもあるのかな?」
 レイからの手紙は、ラヴィの、正確にはカオルの、ずっと疑問に思っていたことに答えを出してくれた。
 ラヴィは、自分がカオルとしての人生が若くして閉じられたこと、好きな人と離ればなれにならなければならなかったこと、を悲しいとは思いつつも、いつもどこかで幸せのようなものを見つけられていた。
 いつか、という希望は人間にとって前に進む糧になる。
 自分が前向きでいられるために、レイが払ってきた代償を思うと申し訳ない気持ちになる。
 だから、自分の涙は嬉しさとレイへの謝罪の気持ちが複雑に入り混じって、流れてしまったものだと思うとラヴィは語った。
 それを聞いたヒイラギは、安心したような様子でラヴィに二杯目のお茶を勧めた。
 ふふふっとラヴィは、泣き笑いの表情を見せる。
 「どうかしましたか?」
 ヒイラギが、不思議そうに尋ねる。
 「初めてここに来た時を思い出してしまって……。
  あの時の僕は子どもで、焦って飛び出したものの、ずっとここを探していました。レイは、今の僕より小さい頃に手紙を受け取ったのに、しっかりしていたなぁと思って。いえ。しっかりさせてしまったのかも知れません。あの手紙のせいで。
  だから、僕は決めました。
  このあとのラヴィとしての人生すべてをもってレイを大切にすると」
 熱く決意を語るラヴィを微笑ましそうに見ながらも、ヒイラギは釘を刺すように言った。
 「ご存知かとは思いますが、レイさんは穏やかな日々を望んでいるようでした。
  どうか、そのことをお忘れなく」

 今回のラヴィは、慌てて飛び出すことなく、ゆっくりと二杯目のお茶をいただいてから代書屋を出ることができた。
 外に出て、ふと空を見上げたラヴィ。
 今日の空には、月が見えない。代わりに、星々がいつもより輝いて見える。
 振り返ると、ラヴィを代書屋に導いたはずのラベンダーのプランターが並ぶ細い道は、もうそこには無かった。

 ラベンダーは、その別名を薫衣草(クヌエソウ・クンイソウ)という。
 その名の通り、香りを衣のようにまとった花という意味を持つ。
 ラベンダーの花言葉には、『あなたを待っています』というものがある。
 カオルが未来から送った手紙で、ふたりの顛末を知っていたレイは、言葉にできない思いを花に込めて、一輪ずつカオルに送り続けた。
 レイがラベンダーをくれる意味を理解してはいなかったカオルだったが、心の奥深くに刻まれたその香りと思いは、人が生きていくために必要な衣服のように、いつもふたりの傍にあったようである。


 東の国のどこにでもある町のありふれた住宅街。
 西の国の形式で建てられた一軒の家がある。
 その家の庭には、初夏になると白いプランターに咲くラベンダーが香る。
 その香りと色は、通りがかりの人でさえも惹きつけられる。
 その家には仲睦まじい夫婦が住んでいた。
 夫は西の国の人だったが、あまりに流暢な東の国の言葉を話すので、いつしか周りの人たちは、彼が西の国の人であることを忘れるくらいに馴染んでいた。
 実は、ふたりの間にはかなりの年の差があったが、東の国の人は西の国の人より若く見えることこもあってか、その年の差に気づく人はいなかった。
 むしろ、会話の内容から、ふたりは往々にして同じ年だと思われることが多かった。
 どんな話題にも朗らかに応じているふたりだったが、不思議なことに、ふたりの馴れ初めだけは「ふたりだけの宝物だから」と言って、人に語ることは無かった。
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