代書屋ヒイラギと花言葉

クリヤ

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第3話 悲喜と犬薔薇

(1)ペットロス

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 白いガードレールが続く、ありふれた歩道も。
 緑の草に覆われた川沿いの土手も。
 大きな川にかかる赤いあの橋も。
 時期になると良い香りがする生垣がある住宅街も。

 どこを歩いてもルカを思い出してしまう。
 ルカの話をすれば、涙が流れるのを止めることができない。
 周りの人たちは、仕方がないなぁという態度を隠すこともない。
 その気持ちも理解はできる。
 ほかの人にとっては、ルカはただのペットに過ぎないのだから。
 タマキにとっては、ルカはただのペットなんかじゃないのだけれど。

 ルカを我が家に迎えたのは、タマキが息子を亡くして3年が経った頃だった。
 初めて入ったホームセンターの一角にあったペットショップ。
 気まぐれに覗いたガラスの向こう側にルカはいた。
 ほかの子たちが昼寝をする中で、ルカだけはキラキラした目を開けていた。
 タマキに気づくと、手招きするかのように前肢を何度もガラスにこすりつける。
 「良かったら、抱っこしてみます?」
 そんな店員さんの言葉に、自分が頷いてしまったわけをタマキは今も分からない。
 けれど、気づけばタマキは、そのフワフワをひざに載せていた。

 それからの15年は、タマキにとって、ひと息の間に過ぎてしまった気さえする。

 フェリーに乗って海を渡って旅行をした時も怖がる様子もなく、はしゃぐルカ。
 電車に乗るためにキャリーバッグに入っても、ぴょこんと顔を出して、周りの人たちに愛想を振りまき、かわいがられるルカ。
 留守番は大嫌いで、自動車に乗って出かけるのが大好きなルカ。
 予防接種の会場で、ほかの子たちが怯えているのに、注射を打たれても堂々としていて、獣医さんに褒められるルカ。
 子どものことは苦手なのに、大人だったら偏屈な人にさえ懐いて、周りに驚かれるルカ。

 リビングに飾ってある写真を見るたびに。
 キッチンに遺された水飲みボウルを見るたびに。
 玄関にあるフックにかけられたお散歩リードを見るたびに。

 ルカの仕草や匂い、気配までをもいまだに感じる気がする。
 思い出すと笑ってしまうことも山ほどあって、悲しいばかりの気持ちではないんだけれども。
 楽しかったことを思い出すと、反対にルカがいない空間を思い知らされる。
 いつも結局、最後には泣き笑いの表情を浮かべることになるタマキだった。

 数ヶ月が経っても、一向にルカとの別れによる心の痛みから回復しないタマキ。
 あまり外に出ようともしないタマキを気遣ってだろう。
 ある日、タマキは夫に頼まれて、車を出すことになった。
 都会育ちの夫は運転免許を持っておらず、車はいつもタマキが運転していた。
 夫が告げた行き先は隣町で、電車でも簡単に行ける場所だった。
 (連れ出してくれるのは、この人なりの優しさよね)
 そんな風に感じて、タマキは夫と共に久しぶりに出かけることになったのである。

 車で15分ほど走って着いたのは、少しさびれた感じの場所だった。
 通りの入り口らしきところには、白っぽいアーチがかかっていた。
 何か書いてあったようにも見えたが、運転していたタマキにはハッキリとは分からなかった。
 夫の目的地は、自家焙煎のコーヒー豆屋だった。
 豆を選んでその場で焙煎してもらって、持って帰れるようだ。
 焙煎を待つ間に、店内でコーヒーを飲むこともできるとか。
 コーヒー好きの夫が、来てみたかった店らしい。
 タマキはコーヒーを飲まないので、店に入ってもすることが無い。
 そういう時に、今まではルカと一緒に近隣を散策して時間を潰していた。
 そのルカも、もういない。
 本当に久しぶりに、タマキはひとりで散歩をすることにした。
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