悪役令嬢ですが、なぜか皇太子(猫)に溺愛されています

ria_alphapolis

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第三話「皇太子の観察記録」

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アルベルトが猫に変身する能力を得たのは、三年前のことだった。

古代魔術の研究中、偶然発動した術式によるもので、夜間のみ、自分の意思で猫の姿になることができる。

当初は厄介な体質だと思っていた。

だが、今は違う。

「殿下、夜会への出席ですが……」

「断る」

「しかし、ヴァルモント公爵もご出席されるとのことで……」

「だから何だ」

側近は困惑した表情を浮かべたが、それ以上は何も言わなかった。

アルベルトは窓の外を見た。もうすぐ日が沈む。

(……彼女が、待っている)

───

その夜、セシリアはいつも通りベランダに出た。

手すりの上には、すでに銀灰色の猫が座っていた。

「ルナ!今日も来てくれたのね」

セシリアは嬉しそうに猫を抱き上げた。猫は彼女の腕の中で、いつものように大人しく身を任せる。

「今日はね、とても嫌なことがあったの」

ベランチェアに座り、セシリアは猫を膝に乗せた。

「社交会で、ある令嬢が私に話しかけてきたの。でも、その子の目的は……私を嘲笑うことだったのよ」

猫の耳が、ピクリと動いた。

「『セシリア様は、いつも一人でいらっしゃいますのね』って。『お友達は、いらっしゃらないのですか』って」

セシリアは猫の背中を撫でながら、小さく笑った。

「本当のことだから、何も言い返せなかったわ。私には友人なんて、一人もいないもの」

猫の尻尾が、ゆっくりとセシリアの手首に巻きついた。

「でもね、ルナ。あなたがいてくれるから、少しだけ、寂しくないのよ」

セシリアは猫を抱きしめた。

アルベルトは、彼女の腕の中で目を細めた。

(……その令嬢の名は)

記憶を辿る。社交会に出席していた貴族令嬢のリスト。セシリアに話しかけた者。

(ヴェルナー子爵家の三女、か)

アルベルトの中で、静かに何かが決まった。

───

翌日、帝国宮殿。

「殿下、ヴェルナー子爵家についてですが」

側近が報告書を差し出した。

「先日の税務調査の結果、軽微な不正が発覚しました。社交界への出入り禁止処分を……」

「三ヶ月とする」

「は……?」

側近は目を丸くした。通常、この程度の不正であれば、厳重注意で済む話だ。

「異論があるか」

「いえ、畏まりました」

アルベルトは無表情のまま、次の書類に視線を移した。

側近は首を傾げたが、命令に従うしかなかった。

(殿下が、このような私的な……いや、まさか)

だが、皇太子アルベルトの顔には、何の感情も浮かんでいなかった。

───

その夜。

セシリアがベランダに出ると、猫はいつもより早く到着していた。

「あら、今日は早いのね」

猫を抱き上げると、いつもより強く、彼女の胸に顔を埋めてきた。

「どうしたの?甘えん坊さん」

セシリアは猫の頭を撫でた。

「今日はね、少し嬉しいことがあったの」

猫が顔を上げた。

「いつも私を嘲笑っていた令嬢が、何かの不正で社交界に出入り禁止になったらしいの。因果応報というか……ああ、でも、こんなこと喜ぶなんて、私も性格が悪いわよね」

セシリアは苦笑した。

「でも、少しだけ、ほっとしたのも事実なの」

猫は、セシリアの膝の上で丸くなった。

その喉が、小さく鳴っている。

「ルナ、あなたは私の味方でいてくれるのね」

セシリアは優しく猫を撫でた。

アルベルトは、彼女の膝の上で目を閉じた。

(味方?……違う)

彼の尻尾が、セシリアの手首にしっかりと巻きついた。

(君を傷つける者は、誰であろうと許さない。それだけだ)

───

数日後、帝国宮殿の執務室。

「殿下、最近、夜間に街を徘徊する猫が目撃されているとの報告が……」

「猫がいて何が問題だ」

「いえ、その猫が妙に人懐こく、特定の屋敷に頻繁に出入りしているらしく……」

「……それで」

側近は慎重に続けた。

「その屋敷というのが、ヴァルモント公爵家でして」

アルベルトの手が、ほんの一瞬だけ止まった。

「猫の行動など、管理する必要はない」

「は、しかし……」

「他に報告は」

側近は諦めて、次の議題に移った。

だが、その後ろ姿を見送りながら、アルベルトは小さく息をついた。

(……気づかれたか)

だが、止めるつもりはなかった。

彼女のベランダで、彼女の声を聞き、彼女の本当の姿を知る。

それは今や、アルベルトにとって何よりも重要な時間になっていた。

───

その夜も、猫は現れた。

「ルナ、今日もありがとう」

セシリアは猫を抱きしめた。

「あなたがいてくれるから、明日も頑張れるわ」

猫は、彼女の腕の中で静かに目を細めた。

その金色の瞳には、月光よりも強い、何かが宿っていた。

だが、セシリアはそれに気づかない。

彼女にとって、この猫はただの「優しい友達」でしかなかった。

(……いつか、君に全てを打ち明ける日が来る)

アルベルトは思った。

(だが、今はまだ、この時間を守りたい)

猫の尻尾が、セシリアの腕にぎゅっと巻きついた。

それは、まるで「離さない」と言っているようだった。


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