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事例4 人殺しの人殺し【事件篇①】

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「はい――」

 実に気だるそうに電話に出た相手は、昼寝でもしていたのだろうか。こちらが言葉を切り出す前に、大きなあくびで牽制けんせいされた。

「お久しぶりです。私のこと、覚えてますか?」

 この時点で、縁が電話をかける先には、幾つか候補があった。まずは倉科と同期であり、悪食の事件では世話になった安野。しかしながら、安野は少しばかり倉科に近すぎる。こちらから連絡を入れたことが、すぐに倉科へと伝わってしまう恐れがあった。だから、連絡を取る相手としては妥当ではなかった。

 続いて、名刺をいただいていたスナックのママ。彼女ならば倉科との繋がりもない。ただし、安野達とは親しいながらも、警察関係者ではない。彼女を介してお願いごとをしたところで、結局のところ話が安野に回るだけであろう。

 警察関係者でありながら、倉科と繋がりがない人間――。ちょっと性格に難があるような気がするのだが、その絶妙な立ち位置にいるのは、きっと彼くらいしかいないだろう。

「まぁ、悪食の事件自体がインパクト大だったから、もちろん覚えてる。本当、久しぶりなわけ」

 まだ寝ぼけているのか、なんだか呂律ろれつが回っていない気がする。刑事は当然のことなのであるが、やはり鑑識官という仕事も不規則になりがちなのであろう。そう、縁が電話をかけたのは、悪食の事件で世話になった鑑識官。麻田であった。

「で、何の用? 悪いけど、ちょっと睡眠時間が足りてないから、手短にお願いしたいんだけど――」

 駅のプラットホームが前方に見えてきた。大通りから横にそれ、線路沿いに走れば駅だ。

 ――目を離したのはスマートフォンを操作するための、ほんの一瞬のはず。それなのに、もう姉の姿が見当たらなくなっていることに気付いた。もう駅の構内に入ってしまったのか――。そんなことを考えながらも、さらに力強く地面を蹴る縁。

「あの、ちょっとわがままを聞いて欲しいんですけど、今って悪食と面会できたりしませんか?」

 縁の突拍子のない言葉に、きっと頭の上に疑問符が幾つも浮かんだことであろう。しばらくしてから「はぁ?」と、全力でいぶかしむような返事が戻ってきた。

「いや、まだ公判前だろうし、まず間違いなく精神鑑定はしているだろうから、まだ拘留されてるとは思うし、面会もできなくはないと思うよ。ただ、それなら俺じゃなくて安野さんのほうが――」

「その、色々と事情があって、あまり事を大きくしたくないんです。できることならば、安野警部には知られたくない。あの人は私の上司と同期で親しいみたいですし」 
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