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明け方のラブホテルにて

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 プリンの品評会真っ最中の田之上が、緑茶をすすりつつ「また面倒なことを押し付けるだけの簡単なお仕事か?」と嫌味ったらしく漏らし、それに続いて雅が「それでいて、上手くいったら手柄だけを横取りするだけの簡単なお仕事なわけですね、分かります」と漏らす。

「まぁまぁ、いいじゃないか。今話題の猟奇殺人事件と言えば、リア充爆発しろ事件じゃないかぁ。いやぁ、僕も気になっていたんだよぉ」

 田之上と雅を尻目に、桂は捜査資料を凡場から受け取り、それを早速開封した。堀口も倉科の背後に回って、資料を覗き込む。桂がキラキラと目を輝かせているのが不気味だった。

「……これまでの事件もそれなりに知ってるつもりだけど、今回はどうにもパターンが違うみたいだねぇ」

 資料をパラパラとめくりながら、桂は意味ありげに溜め息を漏らした。一方、桂が資料をめくるスピードについて行けない堀口には、事件の概要が全く頭に入ってこなかった。後でじっくり拝読させて欲しいものだ。

「その通りなんです。今回の犠牲者は女性のみで、男性のほうは殺されずに済んでいる。これまでは必ず男女が同時に殺害されていたにも関わらずです。一応、男性から聴取した内容も資料にまとめてありますんで」

 凡場はそこで言葉を切ると、溜め息を漏らしつつ首を横に振った。

「正直、こちらも多角的に捜査を進めていますが、犯人らしき人物には一向にたどり着かない。お上の方々から小言は言われるし、こっちはこっちで板挟みなんです。こうして資料を持って参上したことも悪く思わないで欲しいです」

 これまで六課という空間に閉じ込められ、ただぼんやりと毎日を過ごしてきた堀口は、凡場の言葉に舞い上がってしまった。

「それは六課も事件に携われるということですよね? ならば是非とも――」

 凡場の要請に応えるべく、舞い上がったままで声を弾ませた堀口。しかし、焼きプリンを頬張りながら田之上が放った一言が、浮き足立った堀口を黙らせた。

「えーっと、超面倒。以上、捜査一課の堅物警部殿に伝えといて」

 あっさりと断る田之上の姿に、六課の悪癖あくへきを見たような気がした。普段から自堕落な毎日を送っているから、いざ仕事が来た時に面倒だなんて言えるのだ。

「残念だけど、もう決定事項で、断ることもできないんです。それじゃ、また進展があれば資料の更新に顔を出しますんで。できるだけ目立たないようにお願いします。それでは――」

 田之上が断ることなど分かっていたと言わんばかりに切り返す凡場の姿に、きっとそれまで何度も同じやり取りが行われてきたのだろうなと堀口は思った。

 凡場が六課を去り、そして残ったは資料を片手に苦笑いを浮かべる桂と、自分は関係ないと言わんばかりに焼きプリンに陶酔する雅。そして、ソファーにごろりと寝転がった田之上と、例の事件に関われることに歓喜の声を我慢する堀口。

 しんと静まり返った六課に「あー、マジ面倒臭ぇ」と、田之上の声が響いた。
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