27 / 49
紅茶の香りと沈黙
27話 名をつけた夜、君を遠く感じた sideレオニス
しおりを挟む
その日は、まるで春を急かすような陽光が射していた。
けれど胸の奥は、雪解けを拒む氷のように冷えていた。
ルシアンが子を産む日。
本来なら駆けつけ、手を握り、命の誕生を見届けるべきだった。
だが――行けなかった。
「ルシアン様は、旦那様には会いたくないと……」
セシリアは静かに告げた。
「今は精神的に不安定で、赤子を見ることすら望んでおりません。
生まれた子も……“自分には関係のない存在”だと仰っていました」
その言葉は、鋭利な刃のように胸を刺した。
(……ルシアンが、そんなことを?)
問い返そうとして、声が出なかった。
あの夜以来、一度も会えていない。
すべては自分のせいだ。
本能に任せてしまった、あの夜の過ちのせいだ。
(怖がらせてしまったのだ……それなのに、会いたいなどと言えるはずがない)
⸻
しばらくして、産声とともに赤子がこの世に生を受けたとの知らせが届く。
ほどなく扉が控えめにノックされ、セシリアが赤子を抱いて現れた。
「……おめでとうございます。男の子でございます」
腕に抱かれた小さな命は、ぐっすりと眠っていた。
その頬は、白く柔らかい。
(……この子が)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
ずっと怖かった。
けれど、こうして腕にいるこの子を見て初めて、心から思った。
(生まれてきてくれて、ありがとう)
だが、セシリアの次の言葉が、その想いを断ち切った。
「……ルシアン様は、“赤ん坊には会いたくない”と仰せでした」
レオニスの手が、赤子に触れかけて止まる。
「え……?」
「“この子は私とは関係ない。レオニス様の子でしょう?”と。
“抱きたいとも思いません”と、確かに仰いました」
信じたくなかった。
あのルシアンが、そんな言葉を――
いや、でも。
あれだけの痛みを味わったのだ。
きっと心も身体も限界だったに違いない。
だが、その言葉は胸に棘のように刺さり、抜けなかった。
(私は……また、彼を壊してしまったのか)
胸が締めつけられる。
なぜ、もっときちんと彼の声を聞かなかったのか。
なぜ、抱きしめてやれなかったのか。
今さら悔やんでも、過去は変わらない。
ただこうして、この小さな命と共に、ルシアンが遠くなっていく音を聞くしかなかった。
「……子の名は、私がつけよう」
そう言いながら、レオニスは小さな指をそっと握った。
かすかに、その指がぴくりと動く。
(この子には……何があっても、寂しい思いをさせない)
けれど、その決意の裏で、レオニスの胸には深い影が残ったままだった。
ルシアンの瞳に、自分もこの子も映っていないのだと。
その言葉が本当なら——これ以上、彼を縛ってはならないのかもしれない、と。
そう思いながら、彼は再び沈黙の奥に身を沈めていった。
その時、彼の知らぬところで、
ルシアンはベッドの上で、赤子に会わせてもらえず——静かに泣いていた。
その涙の理由を、レオニスが知るのは、もう少し先のことだった。
⸻
この子の名前は、ユリルクにしよう。
ハンナも、セバスも、そして私自身も、ルシアンのことをずっと気にかけている。
それでも――子どもが生まれてから一年が経つというのに、レオニスは一度もルシアンに会えていなかった。
けれど胸の奥は、雪解けを拒む氷のように冷えていた。
ルシアンが子を産む日。
本来なら駆けつけ、手を握り、命の誕生を見届けるべきだった。
だが――行けなかった。
「ルシアン様は、旦那様には会いたくないと……」
セシリアは静かに告げた。
「今は精神的に不安定で、赤子を見ることすら望んでおりません。
生まれた子も……“自分には関係のない存在”だと仰っていました」
その言葉は、鋭利な刃のように胸を刺した。
(……ルシアンが、そんなことを?)
問い返そうとして、声が出なかった。
あの夜以来、一度も会えていない。
すべては自分のせいだ。
本能に任せてしまった、あの夜の過ちのせいだ。
(怖がらせてしまったのだ……それなのに、会いたいなどと言えるはずがない)
⸻
しばらくして、産声とともに赤子がこの世に生を受けたとの知らせが届く。
ほどなく扉が控えめにノックされ、セシリアが赤子を抱いて現れた。
「……おめでとうございます。男の子でございます」
腕に抱かれた小さな命は、ぐっすりと眠っていた。
その頬は、白く柔らかい。
(……この子が)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
ずっと怖かった。
けれど、こうして腕にいるこの子を見て初めて、心から思った。
(生まれてきてくれて、ありがとう)
だが、セシリアの次の言葉が、その想いを断ち切った。
「……ルシアン様は、“赤ん坊には会いたくない”と仰せでした」
レオニスの手が、赤子に触れかけて止まる。
「え……?」
「“この子は私とは関係ない。レオニス様の子でしょう?”と。
“抱きたいとも思いません”と、確かに仰いました」
信じたくなかった。
あのルシアンが、そんな言葉を――
いや、でも。
あれだけの痛みを味わったのだ。
きっと心も身体も限界だったに違いない。
だが、その言葉は胸に棘のように刺さり、抜けなかった。
(私は……また、彼を壊してしまったのか)
胸が締めつけられる。
なぜ、もっときちんと彼の声を聞かなかったのか。
なぜ、抱きしめてやれなかったのか。
今さら悔やんでも、過去は変わらない。
ただこうして、この小さな命と共に、ルシアンが遠くなっていく音を聞くしかなかった。
「……子の名は、私がつけよう」
そう言いながら、レオニスは小さな指をそっと握った。
かすかに、その指がぴくりと動く。
(この子には……何があっても、寂しい思いをさせない)
けれど、その決意の裏で、レオニスの胸には深い影が残ったままだった。
ルシアンの瞳に、自分もこの子も映っていないのだと。
その言葉が本当なら——これ以上、彼を縛ってはならないのかもしれない、と。
そう思いながら、彼は再び沈黙の奥に身を沈めていった。
その時、彼の知らぬところで、
ルシアンはベッドの上で、赤子に会わせてもらえず——静かに泣いていた。
その涙の理由を、レオニスが知るのは、もう少し先のことだった。
⸻
この子の名前は、ユリルクにしよう。
ハンナも、セバスも、そして私自身も、ルシアンのことをずっと気にかけている。
それでも――子どもが生まれてから一年が経つというのに、レオニスは一度もルシアンに会えていなかった。
36
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
無自覚オメガとオメガ嫌いの上司
蒼井梨音
BL
ベータとして生きてきた無自覚オメガの小国直樹は、オメガ嫌いの白鷹課長のいる部署に異動になった。
ビクビクしながら、なるべく関わらないように仕事をしてたのに、
ペアを組んでいた先輩が倒れてしまい、課長がサポートすることに。
そして、なぜか課長にキスされてしまい…??
無自覚オメガ→小国直樹(24)
オメガ嫌いの上司→白鷹迅(28)アルファ
第一部・完
お読みいただき、ありがとうございました。
第二部
白鷹課長と一緒に住むことになった直樹。
プロジェクトのこととか、新しくできた友だちの啓さんのこととか。
相変わらず、直樹は無自覚に迅さんに甘えています。
第三部
入籍した直樹は、今度は結婚式がしたくなりました。
第四部
入籍したものの、まだ番になってない直樹と迅さん。
直樹が取引先のアルファに目をつけられて……
※続きもいずれ更新します。お待ちください。
直樹のイラスト、描いてもらいました。
奇跡に祝福を
善奈美
BL
家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。
※不定期更新になります。
起きたらオメガバースの世界になっていました
さくら優
BL
眞野新はテレビのニュースを見て驚愕する。当たり前のように報道される同性同士の芸能人の結婚。飛び交うα、Ωといった言葉。どうして、なんで急にオメガバースの世界になってしまったのか。
しかもその夜、誘われていた合コンに行くと、そこにいたのは女の子ではなくイケメンαのグループで――。
黒獅子の愛でる花
なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。
中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。
深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。
サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。
しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。
毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。
そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。
王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。
王妃は現在、病で療養中だという。
幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。
サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…
前世が悪女の男は誰にも会いたくない
イケのタコ
BL
※注意 BLであり前世が女性です
ーーーやってしまった。
『もういい。お前の顔は見たくない』
旦那様から罵声は一度も吐かれる事はなく、静かに拒絶された。
前世は椿という名の悪女だったが普通の男子高校生として生活を送る赤橋 新(あかはし あらた)は、二度とそんのような事ないように、心を改めて清く生きようとしていた
しかし、前世からの因縁か、運命か。前世の時に結婚していた男、雪久(ゆきひさ)とどうしても会ってしまう
その運命を受け入れれば、待っているの惨めな人生だと確信した赤橋は雪久からどうにか逃げる事に決める
頑張って運命を回避しようとする話です
春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる