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紅茶の香りと決意
3話 約束の言葉
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その夜は、少し遅い時間だった。
王城の社交界を控え、近ごろのレオニスは準備に追われており、帰宅が遅い日が続いていた。
玄関扉が静かに開き、ようやく彼が戻ってきた。
玄関扉が静かに開く音が響く。
灯りのともったホールに入ってきたレオニスを、セバスがすぐに迎える。
「おかえりなさいませ、旦那様」
深々と一礼し、外套を受け取る。その仕草は長年仕えてきた執事らしい、静かな品位に満ちていた。
ルシアンも柔らかく微笑み、声をかける。
「おかえりなさいませ」
「ただいま」――レオニスは短く微笑み返した。
「ユリウスは、さっきまで起きていたのですが……眠くなってしまって。あの子、お茶会のお話をしたくて待っていたんですよ」
「それは悪いことをしたな」
小さく苦笑したレオニスは、そっと子どもたちの部屋へ向かう。
扉を開けると、ユリウスとユリルクが並んで静かな寝息を立てていた。
二人の寝顔をしばし見つめ、ルシアンと共に静かに扉を閉じる。
━━━
応接室へ戻ると、セバスが淹れたばかりの紅茶が湯気を立てていた。
二人が椅子に腰を下ろすと、レオニスが目線だけでセバスに合図を送る。
「ありがとう、セバス。あとは下がっていい」
「かしこまりました」
一礼して静かに退室するセバス。扉が閉まると、部屋には二人だけの空気が満ちた。
ルシアンの胸が、ほんの少し高鳴った。
レオニスが微笑みながら問いかける。
「それで――どうだった? 初めてのお茶会は、楽しめたかい?」
ルシアンの瞳がふわりと輝く。
「ええ、とても。……聞いてください、今日の出来事を」
緊張をユリウスに励まされたこと、子どもたちが紅茶をこぼして小さな騒ぎになったこと、
同じ男のオメガでありながら剣を学び騎士として活躍したセリウスのこと、
そしてエレナが最後に笑顔で「次はわたくしのお茶会にもぜひ」と誘ってくれたこと――。
ルシアンは一つひとつ思い出を紡ぎながら、静かに語り続けた。
レオニスは深くうなずき、終始穏やかな笑みを浮かべてその姿を見つめる。
「君が楽しめて本当に良かった。リーベンハウス伯爵夫人やマルドル伯爵夫人とも良い関係が築けたようで、安心したよ」
レオニスの言葉に、ルシアンの胸に温かな余韻が広がる。
けれどふと、ルシアンは気づいた。
レオニスの微笑の奥に、どこか考え込む影があった。
一瞬で、胸に小さな不安が走る。
(しまった……お疲れなのに、つい話しすぎたかもしれない)
最近、レオニスは王城の社交界の準備で帰りが遅く、疲れているはず。
そんなことも忘れ、つい遅くまで話し込んでしまった。
「す、すみません。レオニス様がお疲れなのに、こんな遅くまで……」
慌てて頭を下げるルシアンに、レオニスは首を横に振る。
「いや、全然大丈夫だ。君の話を聞けて、とても楽しかったし……何より癒された」
その穏やかな声に、ルシアンは安堵の息をつく。
けれど、先ほど見えた“考え込む顔”がどうしても頭を離れなかった。
――思っていることは、言葉にすると約束したのに。
レオニスだけが守っていないのではないか。
ルシアンはそっと視線を上げ、まっすぐ夫を見つめる。
「レオニス様……思っていることは、言葉にしてください。約束、しましたよね?」
その瞳には、不安と同じだけの信頼が宿っていた。
レオニスは一瞬言葉を飲み込み、天井を仰ぐように小さく息をついた。
やがて何かを決意したように息を吸い込み、「……よし」と低く呟く。
その様子にルシアンの胸に不安が広がる。
――そんなに言いづらいことなのだろうか。
問いかけようとしたその瞬間――。
レオニスがまっすぐルシアンを見つめ、静かに言った。
「ルシアン、結婚式をしよう」
「……え?」
ルシアンは息を呑んだ。
側室――第二夫人が結婚式を挙げることなど、貴族社会では前代未聞。
それが、男のオメガである自分とだなんて。
ルシアンは呆然と、その言葉の重みだけを胸に受け止めた。
驚きながらも、ルシアンは声をかける。
「とても……嬉しいです。ですが、あの……側室の私が結婚式を挙げるなんて、その……」
戸惑いながらも、言葉をつなぐ。
「しかも、男のオメガですし……」
結婚式を提案され、とても喜ばしい気持ちはある。しかし戸惑いの方が今は勝ってしまう。
そんなルシアンを見つめ、レオニスは穏やかに微笑む。
「本当はもっと早くに言いたかったんだ……結婚式も、君が来た時に挙げようと思っていた」
少し苦笑しながら理由を続ける。
「でも、その時は色々立て込んでいたこともあったし、レティーナが倒れたこと、ユリルクが生まれたこと、そして君とのすれ違いもあって……なかなか難しかったんだ」
優しく視線を細め、付け加える。
「それに、レティーナも『君と結婚式をあげた方が良い』と言ってくれていた……」
ルシアンは息をのむ。
「レティーナ様が……」
レオニスは視線を遠くに向け、静かに語る。
「あぁ……彼女、レティーナは、君がいつもあの別館で寂しそうにしているのを気にしていた。君が、俺たちの家族だと意識してほしかったのかもしれない」
少し微笑んで付け加える。
「あと、レティーナは『君の結婚式の衣装は絶対に似合う!!』と、笑顔で言っていたよ」
ルシアンの胸に、あたたかな涙が込み上げる。
いつも自分を気にかけてくれたレティーナの優しさが、今もここに息づいている気がした。
レオニスはそっとルシアンの手を包み込み、真摯な声で言う。
「君は、男のオメガとか、側室だとか言っているが、そんなに自分を下げないでくれ。君は俺の妻だし、俺の愛する人だ」
言葉が胸に染み渡る。
「大きな式を無理に開く必要はない。ユリウスやユリルク、セバスやハンナ……君の近くにいる大切な人たちだけで、小さな結婚式を挙げよう」
ルシアンは息をのむ。
胸の奥で、何かがそっと溶けていくのを感じた。
――小さな式でも、二人の気持ちがあれば十分。
「……はい。ありがとうございます、レオニス様」
レオニスは微笑み、そっとルシアンの手を握る。
指先が触れ合い、あたたかい光が胸の中に灯るようだった。
二人はしばらく見つめ合い、言葉のいらない時間を過ごす。
窓の外から差し込む月明かりが、静かに二人を包んでいた。
王城の社交界を控え、近ごろのレオニスは準備に追われており、帰宅が遅い日が続いていた。
玄関扉が静かに開き、ようやく彼が戻ってきた。
玄関扉が静かに開く音が響く。
灯りのともったホールに入ってきたレオニスを、セバスがすぐに迎える。
「おかえりなさいませ、旦那様」
深々と一礼し、外套を受け取る。その仕草は長年仕えてきた執事らしい、静かな品位に満ちていた。
ルシアンも柔らかく微笑み、声をかける。
「おかえりなさいませ」
「ただいま」――レオニスは短く微笑み返した。
「ユリウスは、さっきまで起きていたのですが……眠くなってしまって。あの子、お茶会のお話をしたくて待っていたんですよ」
「それは悪いことをしたな」
小さく苦笑したレオニスは、そっと子どもたちの部屋へ向かう。
扉を開けると、ユリウスとユリルクが並んで静かな寝息を立てていた。
二人の寝顔をしばし見つめ、ルシアンと共に静かに扉を閉じる。
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応接室へ戻ると、セバスが淹れたばかりの紅茶が湯気を立てていた。
二人が椅子に腰を下ろすと、レオニスが目線だけでセバスに合図を送る。
「ありがとう、セバス。あとは下がっていい」
「かしこまりました」
一礼して静かに退室するセバス。扉が閉まると、部屋には二人だけの空気が満ちた。
ルシアンの胸が、ほんの少し高鳴った。
レオニスが微笑みながら問いかける。
「それで――どうだった? 初めてのお茶会は、楽しめたかい?」
ルシアンの瞳がふわりと輝く。
「ええ、とても。……聞いてください、今日の出来事を」
緊張をユリウスに励まされたこと、子どもたちが紅茶をこぼして小さな騒ぎになったこと、
同じ男のオメガでありながら剣を学び騎士として活躍したセリウスのこと、
そしてエレナが最後に笑顔で「次はわたくしのお茶会にもぜひ」と誘ってくれたこと――。
ルシアンは一つひとつ思い出を紡ぎながら、静かに語り続けた。
レオニスは深くうなずき、終始穏やかな笑みを浮かべてその姿を見つめる。
「君が楽しめて本当に良かった。リーベンハウス伯爵夫人やマルドル伯爵夫人とも良い関係が築けたようで、安心したよ」
レオニスの言葉に、ルシアンの胸に温かな余韻が広がる。
けれどふと、ルシアンは気づいた。
レオニスの微笑の奥に、どこか考え込む影があった。
一瞬で、胸に小さな不安が走る。
(しまった……お疲れなのに、つい話しすぎたかもしれない)
最近、レオニスは王城の社交界の準備で帰りが遅く、疲れているはず。
そんなことも忘れ、つい遅くまで話し込んでしまった。
「す、すみません。レオニス様がお疲れなのに、こんな遅くまで……」
慌てて頭を下げるルシアンに、レオニスは首を横に振る。
「いや、全然大丈夫だ。君の話を聞けて、とても楽しかったし……何より癒された」
その穏やかな声に、ルシアンは安堵の息をつく。
けれど、先ほど見えた“考え込む顔”がどうしても頭を離れなかった。
――思っていることは、言葉にすると約束したのに。
レオニスだけが守っていないのではないか。
ルシアンはそっと視線を上げ、まっすぐ夫を見つめる。
「レオニス様……思っていることは、言葉にしてください。約束、しましたよね?」
その瞳には、不安と同じだけの信頼が宿っていた。
レオニスは一瞬言葉を飲み込み、天井を仰ぐように小さく息をついた。
やがて何かを決意したように息を吸い込み、「……よし」と低く呟く。
その様子にルシアンの胸に不安が広がる。
――そんなに言いづらいことなのだろうか。
問いかけようとしたその瞬間――。
レオニスがまっすぐルシアンを見つめ、静かに言った。
「ルシアン、結婚式をしよう」
「……え?」
ルシアンは息を呑んだ。
側室――第二夫人が結婚式を挙げることなど、貴族社会では前代未聞。
それが、男のオメガである自分とだなんて。
ルシアンは呆然と、その言葉の重みだけを胸に受け止めた。
驚きながらも、ルシアンは声をかける。
「とても……嬉しいです。ですが、あの……側室の私が結婚式を挙げるなんて、その……」
戸惑いながらも、言葉をつなぐ。
「しかも、男のオメガですし……」
結婚式を提案され、とても喜ばしい気持ちはある。しかし戸惑いの方が今は勝ってしまう。
そんなルシアンを見つめ、レオニスは穏やかに微笑む。
「本当はもっと早くに言いたかったんだ……結婚式も、君が来た時に挙げようと思っていた」
少し苦笑しながら理由を続ける。
「でも、その時は色々立て込んでいたこともあったし、レティーナが倒れたこと、ユリルクが生まれたこと、そして君とのすれ違いもあって……なかなか難しかったんだ」
優しく視線を細め、付け加える。
「それに、レティーナも『君と結婚式をあげた方が良い』と言ってくれていた……」
ルシアンは息をのむ。
「レティーナ様が……」
レオニスは視線を遠くに向け、静かに語る。
「あぁ……彼女、レティーナは、君がいつもあの別館で寂しそうにしているのを気にしていた。君が、俺たちの家族だと意識してほしかったのかもしれない」
少し微笑んで付け加える。
「あと、レティーナは『君の結婚式の衣装は絶対に似合う!!』と、笑顔で言っていたよ」
ルシアンの胸に、あたたかな涙が込み上げる。
いつも自分を気にかけてくれたレティーナの優しさが、今もここに息づいている気がした。
レオニスはそっとルシアンの手を包み込み、真摯な声で言う。
「君は、男のオメガとか、側室だとか言っているが、そんなに自分を下げないでくれ。君は俺の妻だし、俺の愛する人だ」
言葉が胸に染み渡る。
「大きな式を無理に開く必要はない。ユリウスやユリルク、セバスやハンナ……君の近くにいる大切な人たちだけで、小さな結婚式を挙げよう」
ルシアンは息をのむ。
胸の奥で、何かがそっと溶けていくのを感じた。
――小さな式でも、二人の気持ちがあれば十分。
「……はい。ありがとうございます、レオニス様」
レオニスは微笑み、そっとルシアンの手を握る。
指先が触れ合い、あたたかい光が胸の中に灯るようだった。
二人はしばらく見つめ合い、言葉のいらない時間を過ごす。
窓の外から差し込む月明かりが、静かに二人を包んでいた。
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