誰彼時ノ隘路ニ

とりい とうか

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白の記憶 十九

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 深々と息をついてへたり込む。思ったより走れないなこの体、有子の体の方が持久力はありそうだ。これが成人男性と女子高生の違いというものだろうか。

「……にしても、よくもまァここを休憩場所にしようと思ったな?」

 と、見上げれば一彦先生の不機嫌そうな顔。そこでようよう辺りを見回せば、百合の一輪挿し、首吊り縄。あぁ、ここは例の教室かと合点して肩を竦める。

「あの時点で近くにあって施錠可能な教室で、即死するような罠がない場所ってのはここしかなくてね」
「どうだか」
「どうだかついでで申し訳ないけれど、少し話を聞いてくれないかな。この周回で駄目だったとしても、次の周回に活かしたい」
「……お前のそれ、ヤバいって自覚は?」
「うん?」
「この周回で終わりにしたいっつー割に、お前の視点は常に次。ループしてるって自覚があるのは構わねェけど、それが当たり前だって感覚は普通にヤベェからな?」

 そうかな、と首を傾げてみせる。あのモリの野郎の目的からして、例の女王陛下がどうにかならないと永遠にループさせてきそうな気がしている。可能性が八割以上なら、それは前提として考えるべきだろう。

「しかしね、あの死神が介在している限り、私はこうなのだろうと思うよ。彼女を救わない限り、私にも救いはないのだろうと」
「正直あの化物を相手にした方がまだ望みがあるんじゃねェかとは思うンだが」
「そう思うなら是非どうぞ? 私は聞かなかったことにしておくよ」
「手の平を壁にでも打ちつけてやろうか」

 先生の手元でカチカチと音を立てるのは錆びた釘。私は彼に両手の甲を見せるようにして降参の意を示した。校長先生、万歳万歳万々歳ってね。

「謝意が見えねェ」
「誠に申し訳ございません」
「……まァ、お前がそれでいいならいい。で、何話そうとしてたンだ?」
「あぁ、そうそう……私が明らかに知り得ないことを知っていることは御存知だと思っているのだけれど」
「あー……オレの本当の名前だとか?」
「西園一彦。悪霊になった経緯も知っているよ、その割には廊下が綺麗だなともね」
「あんなクソの血で塗り替えてもクソの臭いがクソだからリフォームしたンだよ……じゃあ他のヤツらのことも?」
「志島海人、好きだった人間に裏切られておかしくなった、役回りとしては公爵夫人のコックかなと。斎藤十蔵、娘を殺されて狂ってしまった、役回りとしては……そうだな、話が通じないから芋虫とか?」
「個人情報保護法とか知らねェ感じ?」

 先生の口調は茶化すようなものではあるけれど、その目がとても怖い。廊下云々というのは、彼が悪霊になったばかりの頃、彼を貶めた校長を夜の学校の廊下で殺した件だ。体を廊下に押しつけて、力任せに引き摺り回し続けたら、どうなるかはわかるだろう?

「まぁ、こちらばかりじゃ不公平か……豊島恵一、野球部員、行動原理は有子を守ること。畜生、じゃねぇや岸祐樹、アイツ何部? まぁあれ、殺人クラブとかかな」
「真面目なのか狂ってンのかどっちかにしてくれ、聞いてて頭痛ェわ」
「行動原理は快楽殺人鬼。蘭尚、図書委員らしい、行動原理は有子を救うこと、図書室の白兎ってのは図書委員だったから?」
「さぁ、どうでしょうか?」
「うわっ!?」

 先生が仰け反って驚く。ぬっと天井から生えてきたのは、件の白兎。逆さに立っているのに、髪は逆立たないんだね。白兎君は先生の方を見もせずに、私と視線を合わせている。だから、私は笑ってやった。
 どんな時でもユーモアというのは大切だ、そういうものを失くした奴からあんな殺戮劇を繰り広げるんだ……うん、自戒の言葉だね。振り返ってみてもあれは酷かった。内面は外見に引き摺られるものなのだなという知見を得たよ、活かす場面なんてそうそうないことが悔やまれるけれど。

「女王陛下と暴君が手を組みました」
「手を組むっつーかアイツら一心同体だろ。こっちは一人しかいねぇっつってんのによ、増えるな、ワカメか」
「水に漬けても溺死するだけなんですよねぇ。しかもそれが効果的なのは暴君だけで」
「じゃあ次のターンで気狂い女王陛下が首を刎ねてお終いって?」
「お前らその薄ら寒いやり取り止めてくンない? そういうことばっか言ってっから頭おかしくなるンだろうがよ」

 先生から注意された。その御意見には一定の真理が含まれているな、と思ったので素直に頷く。だというのに、何故か先生はとても、とても嫌そうな顔をした。何でさ。
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