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レイラに関するお話
②〈番外編─花嫁の父 その1〉
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「ねぇー、何で呼ばれるのぉ?
あたしぃ⋯⋯。衣装合わせとか、明日の打ち合わせで疲れてんだけどぉ」
ここは、ナジウム王国の王宮の一室。
夜の闇も濃い、深夜に近い時間帯。
レイラのぼやきを聞いているのは、椅子に腰かけてグラスを片手にしている実父のリアスタだった。
あてがわれた自室にいるせいか、警戒もなく、ベールは取り外している。
元々、長官と呼ばれる人々が彼の世話をしているので、他の者は近づけさせないのだ。
だから、部屋にはレイラと2人きり。
高級品であるワインの入ったグラスを手に持ってゆらせながら、リアスタは面白そうにレイラのぼやきを聞いている。
明日はミシュカの即位式と同時に、レイラとミシュカ、ラシュカとマリーの婚儀がある。
明日の打ち合わせが長引き、さすがのレイラも疲れていた。
もう寝ようとしていた夜半に、レイラはリアスタに呼び出されたのだった。
「お前のマーサに『花嫁の父としての心得を説け』、と言われていてな」
「マーサに?」
それを聞いたレイラの瞳が、思わず潤んでくる。
マーサとは、現在はハミルトン家の使用人頭だ。
先々代の頃から仕え、家政を任され、成長するダートアを見守ってきた。
彼亡き後には女当主であるレイラを執事と共に助けて、使用人頭として、屋敷を切り盛りしてきた。
ハミルトン家を今日まで続けてこられたのは、彼女の功績も大きい。
結局、ハミルトン家は遠縁の親類の男子を養子に迎えて存続出来ることになった。
実子であるレイラを差し置いてと異論も出たが、(皆には、血縁関係がないことを知られていない)何といっても、王妃になるのである。
通常の貴族同士の婚姻ならば当主と兼任だが、さすがに王妃と一介の小国貴族の当主は出来ない。
コルデアとナジウムの距離も開きすぎている。
使用人頭のマーサは、身分差もあるし、新しい主に仕えねばならず、今回の婚儀は泣く泣く欠席することになった。
その為、リアスタにくどいほど「お嬢様を頼みます」と泣いて懇願したらしい。
「⋯⋯⋯でも、いいの。ばらして?」
うろたえるレイラの前で、リアスタの目も泳いだ。
「お前は、アホか。そんなことしてみろ、猊下に子供? 2人そろって生き埋めだぞ。
天地がひっくり返るだろう? 私はまだまだ、生に未練があるからなぁ」
内緒だと唇の前で人差し指を出す、リアスタ。
「ああ、ハミルトンの父さんが生きていたらなぁ」
レイラは、懐しむかのようにため息をついた。
リアスタが父と分かってから、レイラは養父をハミルトンの父さんと呼んでいた。
リアスタの事は人前では猊下と呼ぶが、2人きりの時はリアスタ様である。
神殿で育った過去のあるレイラは、あの辺りではその数奇な半生から、知る人ぞ知る有名人でもある。
そして、父親は神殿に毎年多額の喜捨をしていたダートア。
多額の喜捨をしていた男の娘として、うっかりレイラがリアスタ様と言っても、疑うものは誰もいない。
先代から神殿本部と縁のあるハミルトン家の当主が、何と王妃になる。
困ったのは、父親の存在だ。
この世界でも婚儀の際に、父親が花婿に引き渡す儀式があるのだ。
レイラには、その父がいない。
そこでリアスタが、「俗世にいた頃、先代と私は親友でもあったし、神の為に多額の喜捨を死を迎えるまで続けてくれた彼の娘の為に、代父として彼女を祝福したい」と、自ら申し出たのだ。
『この婚儀を猊下として祝福せよ』と、神からの『啓示』もあったと述べたのだ。
当然、世界中が色めき立った。
総神官長であらせられる猊下が、わざわざ過去を明かされた。
入官(神官になる儀式)の際に過去は捨てる決まりなのに、切れないほどのこの因縁。
神からの『啓示』まであるとは、奇跡であろう。
まさに神のお導き!と、勝手に皆が感動したのだった。
組み合わせは、元貴族の女当主という異色の経歴を持つレイラと、次期ナジウム国王であるミシュカ。
王弟殿下であるラシュカと、レイラの友人で庶民のマリー。
身分に厳しいこの世界で、通常ならば貴賤婚儀にあたる。
2人とも王族である双子の正妃になど、なれるはずがない。
『銀の娘』は、 どの身分に転生するかわからないから、唯一の例外である。
レイラならば、ギリギリ奥向きの愛妾がいいところだ。
マリーなど、はなから論外。
しかし、『神の啓示』により猊下が祝福されるなら─と、猊下とこの2組の婚約者たちに、世界中から礼賛や慶びの声が送られた。
2人とも双子の王子様に見初められて、貴賤婚で『堂々と正妃になれる、あり得ない奇跡』に、世界中の女性が憧れにも似た、ため息を漏らしたことだろう。
現実には、決してあり得ない、おとぎ話か夢物語なのだから。
真実は少し違うのだけれど、真相を言うわけにもいかない。
結局は全世界を誤解させたままにして、明日を迎えることになった。
せっかく、皆が感動しているのだ──利用しようと。
もちろん、ギルモア1世と仁菜も数に入る。
「仕方ないだろう。猊下が代父なんて、この上ない名誉だ。
ハミルトンのような貧乏貴族が王妃になるんだからな。このくらいの箔はつけておけ」
貧乏貴族の元当主と王様じゃ、確かに格が違いすぎる。
普通は、婚儀など出来るわけが無い。
大臣たちが了承しようが、所詮は貴賤婚。
ナジウム王国の国民や、世界が認めなければ、国としての婚儀は成り立たない。
認められる可能性は……限りなくゼロに近い。
しかし、リアスタが祝福すれば……どうだろうか?
『猊下の命は、神の命』──彼の言動も、『それ』に近いものがあるからだ。
本人は言わないが、恐らく『それ』を狙ってくれたのだろう。
レイラは一応、父らしいことをしたリアスタに心の中で密かに感謝を述べた。
そのリアスタの言葉に、レイラが何かを思い出したように話を切り出した。
「ああ、そうだ。母さんがリアスタ様にって伝言、頼まれていたんだっけ」
「いつの話だ」
「死ぬときよ」
当然かのごとくの台詞に、何故今頃なのか─と、イラついた声を隠し切れないリアスタ。
「なぜ、今だ?」
「誰かとあたしが結ばれることがあったら、婚儀を挙げる前に話せって。今、思い出した」
「ほうぅ、何だ?」
そんなことを言っていたのか、と何気なく聞いたリアスタは、その台詞に息が止まるほど驚いた。
「『フェルは神殿にいる。エラは会いに行くの』」
「今何と!?」
珍しく血相を変えた顔に、レイラも珍しく怖気づく。
「だから、フェルは」
怯えながらも繰り返すと、リアスタは苛立ちを隠しきれない様子で続きを聞きたがった。
「詳しく話せ」
レイラは怯えながらも、話を続ける。
あまり感情を出すことのない、リアスタにしては珍しい言動だ。
顔を強張らせて、早く話すようにと続きを促す。
あたしぃ⋯⋯。衣装合わせとか、明日の打ち合わせで疲れてんだけどぉ」
ここは、ナジウム王国の王宮の一室。
夜の闇も濃い、深夜に近い時間帯。
レイラのぼやきを聞いているのは、椅子に腰かけてグラスを片手にしている実父のリアスタだった。
あてがわれた自室にいるせいか、警戒もなく、ベールは取り外している。
元々、長官と呼ばれる人々が彼の世話をしているので、他の者は近づけさせないのだ。
だから、部屋にはレイラと2人きり。
高級品であるワインの入ったグラスを手に持ってゆらせながら、リアスタは面白そうにレイラのぼやきを聞いている。
明日はミシュカの即位式と同時に、レイラとミシュカ、ラシュカとマリーの婚儀がある。
明日の打ち合わせが長引き、さすがのレイラも疲れていた。
もう寝ようとしていた夜半に、レイラはリアスタに呼び出されたのだった。
「お前のマーサに『花嫁の父としての心得を説け』、と言われていてな」
「マーサに?」
それを聞いたレイラの瞳が、思わず潤んでくる。
マーサとは、現在はハミルトン家の使用人頭だ。
先々代の頃から仕え、家政を任され、成長するダートアを見守ってきた。
彼亡き後には女当主であるレイラを執事と共に助けて、使用人頭として、屋敷を切り盛りしてきた。
ハミルトン家を今日まで続けてこられたのは、彼女の功績も大きい。
結局、ハミルトン家は遠縁の親類の男子を養子に迎えて存続出来ることになった。
実子であるレイラを差し置いてと異論も出たが、(皆には、血縁関係がないことを知られていない)何といっても、王妃になるのである。
通常の貴族同士の婚姻ならば当主と兼任だが、さすがに王妃と一介の小国貴族の当主は出来ない。
コルデアとナジウムの距離も開きすぎている。
使用人頭のマーサは、身分差もあるし、新しい主に仕えねばならず、今回の婚儀は泣く泣く欠席することになった。
その為、リアスタにくどいほど「お嬢様を頼みます」と泣いて懇願したらしい。
「⋯⋯⋯でも、いいの。ばらして?」
うろたえるレイラの前で、リアスタの目も泳いだ。
「お前は、アホか。そんなことしてみろ、猊下に子供? 2人そろって生き埋めだぞ。
天地がひっくり返るだろう? 私はまだまだ、生に未練があるからなぁ」
内緒だと唇の前で人差し指を出す、リアスタ。
「ああ、ハミルトンの父さんが生きていたらなぁ」
レイラは、懐しむかのようにため息をついた。
リアスタが父と分かってから、レイラは養父をハミルトンの父さんと呼んでいた。
リアスタの事は人前では猊下と呼ぶが、2人きりの時はリアスタ様である。
神殿で育った過去のあるレイラは、あの辺りではその数奇な半生から、知る人ぞ知る有名人でもある。
そして、父親は神殿に毎年多額の喜捨をしていたダートア。
多額の喜捨をしていた男の娘として、うっかりレイラがリアスタ様と言っても、疑うものは誰もいない。
先代から神殿本部と縁のあるハミルトン家の当主が、何と王妃になる。
困ったのは、父親の存在だ。
この世界でも婚儀の際に、父親が花婿に引き渡す儀式があるのだ。
レイラには、その父がいない。
そこでリアスタが、「俗世にいた頃、先代と私は親友でもあったし、神の為に多額の喜捨を死を迎えるまで続けてくれた彼の娘の為に、代父として彼女を祝福したい」と、自ら申し出たのだ。
『この婚儀を猊下として祝福せよ』と、神からの『啓示』もあったと述べたのだ。
当然、世界中が色めき立った。
総神官長であらせられる猊下が、わざわざ過去を明かされた。
入官(神官になる儀式)の際に過去は捨てる決まりなのに、切れないほどのこの因縁。
神からの『啓示』まであるとは、奇跡であろう。
まさに神のお導き!と、勝手に皆が感動したのだった。
組み合わせは、元貴族の女当主という異色の経歴を持つレイラと、次期ナジウム国王であるミシュカ。
王弟殿下であるラシュカと、レイラの友人で庶民のマリー。
身分に厳しいこの世界で、通常ならば貴賤婚儀にあたる。
2人とも王族である双子の正妃になど、なれるはずがない。
『銀の娘』は、 どの身分に転生するかわからないから、唯一の例外である。
レイラならば、ギリギリ奥向きの愛妾がいいところだ。
マリーなど、はなから論外。
しかし、『神の啓示』により猊下が祝福されるなら─と、猊下とこの2組の婚約者たちに、世界中から礼賛や慶びの声が送られた。
2人とも双子の王子様に見初められて、貴賤婚で『堂々と正妃になれる、あり得ない奇跡』に、世界中の女性が憧れにも似た、ため息を漏らしたことだろう。
現実には、決してあり得ない、おとぎ話か夢物語なのだから。
真実は少し違うのだけれど、真相を言うわけにもいかない。
結局は全世界を誤解させたままにして、明日を迎えることになった。
せっかく、皆が感動しているのだ──利用しようと。
もちろん、ギルモア1世と仁菜も数に入る。
「仕方ないだろう。猊下が代父なんて、この上ない名誉だ。
ハミルトンのような貧乏貴族が王妃になるんだからな。このくらいの箔はつけておけ」
貧乏貴族の元当主と王様じゃ、確かに格が違いすぎる。
普通は、婚儀など出来るわけが無い。
大臣たちが了承しようが、所詮は貴賤婚。
ナジウム王国の国民や、世界が認めなければ、国としての婚儀は成り立たない。
認められる可能性は……限りなくゼロに近い。
しかし、リアスタが祝福すれば……どうだろうか?
『猊下の命は、神の命』──彼の言動も、『それ』に近いものがあるからだ。
本人は言わないが、恐らく『それ』を狙ってくれたのだろう。
レイラは一応、父らしいことをしたリアスタに心の中で密かに感謝を述べた。
そのリアスタの言葉に、レイラが何かを思い出したように話を切り出した。
「ああ、そうだ。母さんがリアスタ様にって伝言、頼まれていたんだっけ」
「いつの話だ」
「死ぬときよ」
当然かのごとくの台詞に、何故今頃なのか─と、イラついた声を隠し切れないリアスタ。
「なぜ、今だ?」
「誰かとあたしが結ばれることがあったら、婚儀を挙げる前に話せって。今、思い出した」
「ほうぅ、何だ?」
そんなことを言っていたのか、と何気なく聞いたリアスタは、その台詞に息が止まるほど驚いた。
「『フェルは神殿にいる。エラは会いに行くの』」
「今何と!?」
珍しく血相を変えた顔に、レイラも珍しく怖気づく。
「だから、フェルは」
怯えながらも繰り返すと、リアスタは苛立ちを隠しきれない様子で続きを聞きたがった。
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