銀色の年代記(クロニクル)~番外編 アルファポリス版 AI校正ver

安倍由里子

文字の大きさ
9 / 18
バルーダ王国編

③〈番外編─その瞳に映るものは その2〉

しおりを挟む
元王妃はごくりと喉を鳴らしてその書類を見ていたが、やがて震える手でゆっくりとそれを受け取った。
そして、けわしい顔のままの元王妃はそれを真っ二つに破り、羽ペンを折ってその場へと放り投げる。

「アレイシア様っ!?」
女官たちの絶叫に近いような、叫び声。
広場の民衆からは、あわれみにも近いため息が数々れた。

「一度は神が結び付けた婚姻ならば、わたくしは最後まで陛下のきさきです。
どんなことがあろうとも、喜んで死を受け入れましょう」
震える声で、かすかな笑みを口元に浮かべる元王妃。

彼女だって、『神の御許みもと』へとは言わなかった。
首と胴が離れれば、天界へと行けないのはこの世界の常識だ。
それでも、する。
責任感の強い、信仰にあつい元王妃らしい選択であった。

「そう言うだろうと思ってたぜ。残念だな、バルーダ夫人よぉ?」
結果は分かり切っていたとでも言いたげに、サーリフがペンと紙を拾い上げる。

バルーダ夫人─それが今の彼女に与えられた名前だ。
サーリフは、破られた『それ』を高々と掲げると、民衆へと呼びかけた。

「皆っ! バルーダ夫人は離婚を拒否した! よってっ!」
首を切ると言いかけた声をさえぎって、広場のどこかから男の叫び声が聞こえてきた。

「首は切るなっ! 他でやれっ!」
その声は一瞬の間を置いて、さざ波のように広場全体に広がっていく。

「そうだっ!」

では、何があるのだろう?
斬首はこの世界の処刑方法の中で、一番残酷とされている。
何かの生き物に食わせたり、身を裂くような刑では、身分の低いものへの処刑方法になるが、そちらを選ぶ者も少なくない。

なぜなのか?

首が胴から離れるのは、天界へ行けないとされる最も恐れられることであるのは、この世界の絶対的な常識である。
身分が高いほど、『首が残る』処刑方法を選んでもらえる特権がある。

それ以外は、決してありえない。
しかし、国民を苦しめた圧政の象徴であった夫は、『ありえない方法』で処刑された。
彼女だって斬首と決まったはずだ。

では、いったい他に何が⋯⋯?

王や王妃とは、神や猊下の次に最も高貴な存在であるはずなのに。
それ以外、いったい何があると言うのだろう。

「皆の者っ!」
元王妃が声を張り上げると、広場は静まり返った。

「そなたらの思い、ありがたく思う! だが、わたくしは先の陛下と同じでよろしい!」
人々は静まり返って元王妃の声を聞いていたが、しばらくの沈黙の後、大きな声が上がった。

「キュセルだっ!」
貴人の処刑方法には、賜薬さやくかキュセルでの絞殺もあるのだが、広場の誰かがそれを思い出したらしい。

「こ、これ。使いなよっ! キュセルじゃないけどさ」
1人の女が防寒用に巻いていたスカーフを解くと、頭上にかかげて振り回した。
その途端、広場にいただろう女たちが一斉にスカーフを外す。
人々でひしめき合って身動き取れない会場で、人から人へとそのスカーフは運ばれる。
そして、あっという間に血の少しでもついていない一角へと積み上げられた。

台の上にいる人々には、驚きのあまり言葉も無い。
その中で一番上等そうなスカーフを選んで、手・口・目をしばろうとするが元王妃は拒否した。
作法には反するが、この国を最後まで見ていたいと主張したのだ。
もちろん、反対するものなど誰もいなかった。
やがてもう一度、最後の告解が許可された。
それを済ませた元王妃は、心残りが無いと言った顔でひざまづいた。

しばらく元王妃の顔色をうかがっていたサーリフが、遠慮がちに叫ぶ。

「誰か身分の高い奴、いねぇかっ?」

貴人を絞殺こうさつするには、素材は必ずキュセル。
それ以外だと、屈辱的とされる。
キュセルとは地上で言うところの絹に相当する。
それに貴人を処刑するには、素材以外にも身分の高い処刑役人や、儀式としての決まりも必要なのだ。
元々、低身分の者が高位の者に触れてはいけない暗黙の了解もある。
今は何もかも足らないが、少しでも処刑方法を守って死なせてやりたいと願うサーリフの心に対して、異を唱えるものは誰もいなかった。

しかし、応じるものなどいるはずもない。
おそらく、身分の高い者は何人か隠れて処刑を見物しているに違いないが、出れば自分の身が危うい。
貴族や高位の者は、殺されるか国外逃亡していたし、王と親しかった王党派と呼ばれる人々の中には指名手配をかけられる者もいた。

貴族でなくても高位、金持ちと言うだけでも日頃の恨みの鬱積うっせきからか、殴り殺される者も多かった。

「では」
沈黙の中、苦しいうめき声を発したサーリフがスカーフを取ろうと腰を曲げた時、人々の中から男の声があがった。

人々に押し出されるように、全身黒づくめで深い大きめの帽子をかぶり、長いスカーフを首に巻いた男が上へと押し上げられる。
一見、喪服姿の商人か墓守にしか見えない格好の男が帽子を取ると、広場から大きなどよめきがあがった。

「お、お前はっ!?」
サーリフ自身も驚きで、それ以上言葉にならない。

そう、親王党派であり、元国王夫妻に最も近しい者として第一級の指名手配をかけられて逃亡中であった、ジェリックス卿だった。
彼には高額の懸賞金もかけられており、議会を始め国中が血眼ちまなこになって探していた人物でもあった。

「まぁ! なぜ、卿!?」
どんな時も常に生気のない瞳をしていた元王妃も、彼を見た途端、さすがに相好そうこうを崩して目頭めがしらうるませる。

上から下まで卿をながめまわすと、サーリフはその手に握っていたスカーフを押し込むように握らせる。

「⋯⋯⋯⋯お前がやれ」
卿は渡されたスカーフを手に震えていたが、元王妃の微笑みを見て決意したかのようにうなずくと、スカーフをサーリフへと返した。

いぶかしがるサーリフの前で自分のしていた黒い長いスカーフを首から取ると、彼の前へと突き出す。

「⋯⋯⋯キュセルだ」
サーリフが無言で、了承したと言わんばかりに大きくうなずいた。

卿がゆっくりと彼女に近づくと、少しお待ちくださいと言って元王妃が立ち上がった。
やはり、止めるものなど誰もいない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔法少女の性事情・1】恥ずかしがり屋の魔法少女16歳が肉欲に溺れる話

TEKKON
恋愛
きっとルンルンに怒られちゃうけど、頑張って大幹部を倒したんだもん。今日は変身したままHしても、良いよね?

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

放課後の保健室

一条凛子
恋愛
はじめまして。 数ある中から、この保健室を見つけてくださって、本当にありがとうございます。 わたくし、ここの主(あるじ)であり、夜間専門のカウンセラー、**一条 凛子(いちじょう りんこ)**と申します。 ここは、昼間の喧騒から逃れてきた、頑張り屋の大人たちのためだけの秘密の聖域(サンクチュアリ)。 あなたが、ようやく重たい鎧を脱いで、ありのままの姿で羽を休めることができる——夜だけ開く、特別な保健室です。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...