銀色の年代記(クロニクル)~番外編 アルファポリス版 AI校正ver

安倍由里子

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ジェイクの覚え書き

⑤〈番外編─ジェイク・ド・クレロールの覚え書き その3〉

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私は長の使いだとか、様々な理由をつけて止められる先々で嘘をついて上手く姫さまの居場所を聞き出した。

神官は、嘘をついてはいけないとされている。
だが、これは人助けで、神を裏切る行為ではないと必死に自分に言い聞かせる。

但し、時間も遅すぎる。
もし姫さまが、お休みになられていたら?
そうなれば、この計画はおしまいである。
一介の見習いの自分が1人で姫さまにお会いするなど、明らかに不自然なのだから。

起きていることを願って、姫さまの寝室の前まで来ると、灯りがついている。
どうやら、起きておられるらしい。
私は神の思し召しに感謝した。

そうして、不審そうに出てきた女官を無理やり振り切って中へと入ると、姫さまは急にやってきた自分に驚かれた。
話をすると、決意されたように頷かれる。
さすがに下働きや、見習い、下位の者たちの最後については、言葉に詰まってしまい、正確にはお伝え出来なかった。

だが私が口にせずとも、何となく意味がお分かりになったらしい。
表情が強ばり、目に怒りが浮かんでいた。

しかし、姫さまは怒りよりも、私がここまで1人で無事に来たことに、感激なさったようだ。
手を伸ばして思わず私を抱きしめ、礼を述べられた。慣れない私は赤面するしかない。

問題は、どうやって姫さまが神殿まで赴くかである。この格好ではすぐに止められる。

気弱になった姫さまの前で私は、補佐から頂いた包みの意味に、初めて気がついた。
補佐は姫さまを変装させて、元神官長さまの処刑会場まで無事にお連れせよと仰りたかったのだ。

「補佐が必要だからと、これを」
包みを開いて見せると、姫さまは一瞬で理解されたのだろう。
目頭を潤ませて一瞬だけ目を閉じられたが、すぐに出かける用意を始められた。

陛下へと伝言を書き残し、止める女官たちを振り切って、私と暗闇へと飛び出していく。

途中、着替えのために物陰に隠れて見張りを頼まれた。
女性の着替えなぞ、生まれてこの方、初めてである。
白い肌がうっかり視界に入り、心臓が口から飛び出るほどドキドキしたのだった。
着ていたものを畳んで、それで包みを再び作られると、それを持った姫さまと神殿へと急いだ。

監視の兵を幾度かやり過ごし、ようやく神殿へと着いたが、案の定、入り口で止められる。
下働き風の女と見習いの組み合わせは、明らかに変だ。
姫さまが、「猊下へと至急の用事です」と包みを見せてとっさに機転を利かせた。
中身を改めたいようだったが、姫さまが上の方の中身を改めるとは不敬でしょうと一喝すると、中へと通してくれた。

神殿の中へ入ると、通路はひっそりと静まり返っていた。
執行の場所を聞かれた私は、補佐から聞いていた知識を思い出して、姫さまへとお伝えした。
案内して中庭へと着くと、そこには大勢の人々が集まっていた。
私たちは柱の陰に隠れて、様子を伺う。

本来ならば執行と言うと、もう少し暗い場所でやるらしいが、人数も多く、比較的多めの灯りが並べられていた。
おかげで深夜にしては、明るい方だ。
中庭の砂地の中央に椅子が何脚か並べられ、その中央に黒髪に燃えるような赤い目の中年男性が腰掛けている。

横には、女人禁制のはずなのに、何故か褐色に金髪の女性が立っていた。
直接お会いしたことはないが、聞いた話から推察すると、おそらく我が軍の軍師、ハミルトンさまに違いない。
そして横の男性はこの威厳からすると、猊下なのだろう。
恐れ多く私は、とっさに視線を伏せる。

私は周囲を注意深く観察した。
全員神官服を着ているが、細かい違いなどは夜なので、はっきりとは分からない。

神官服はだいたい各国共通だが、国によって若干の様式の違いはあるからだ。
恐らく目つきが鋭いのが神殿本部プライアスの人間で、背中を心持ち丸くして怯えているのが、元リドリア側の人間だろう。
灯りは、各人の顔くらいは分かるほどに明るかった。

どうしたらいいものか、私は初めて見た処刑現場とこれからを考えて、ごくりと息を呑む。

「止めてください、猊下っ!」
周囲を観察していた私が、その声に驚くと影が走っていくのが見えた。

姫さまだ。

皆がその声に、一斉に仰天したようにこちらを振り返った。
姫さまはそのような場所へ、恐らく何も考えずに飛び込んでいかれる。

私は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、柱の陰からゆっくりと出ざるを得なかった。

鋭い視線を浴びながら。

あちこちで聞いてはいるが、本当に毎回無茶なことをされる方だと思う。

姫さまが止めるように仰っても、猊下は無言で何もおっしゃらない。

当たり前だ。

姫さまが堂々と、猊下を睨みつけて持論を述べられると、黙っておられた猊下が口を開かれ、条件を出した。

姫さまはその条件を飲んだ。

いや、と言う方が正しい。

とりあえず高位の神官たちは許されるのか、部屋へ戻るように命じられて、安堵の表情を浮かべて全員が部屋へと戻っていった。

その後、私は妙なことに気がついた。
姫さまは命を救ったことに安心しきって全く気がついていない。
神殿本部プライアスの部下の方たちの数が、半分に減っているのだ。

神官たちを部屋へ返すだけならば、これほど人数を減らす必要はない。

それに猊下は『』と仰った。

ということは、リドリアの高位の神官は数には入らないのではないか。
では、やはり彼らは殺されるのでは─と思うが、私の立場では確証の無いことなど、言えるはずもない。
青ざめた顔のまま、黙って姫さまの様子を窺っていた。

元リドリアの神官長ナシームさまは、やはり生き埋めの上、死後に首を切られるのだという。
この世界の常識として首と胴が離れるのだから、彼は天界へは行けまい。
自らの罪でとされている神官の首を、わざわざ切るのである。
よほど、重い罪なのだろうか?

私は、子供には刺激が強すぎるので部屋へと戻るように促された。

私は、それを断固拒否する。
姫さまは失礼だが、か弱いようには全く見えない。
女性とは本来、このように気丈なものではないと私は思う。
実際、私が見た貴人の女性方は、何かあるとすぐに気絶されていた。
しかし、か弱く見えずとも、姫さまだって女性である。
日頃信者の皆様や、女子供には優しくするようにしつけられている私だ。
止められないなら、せめて近くにいて、私の存在で姫さまを安心させたいと思った。
私ごときが、大それたことだが、そう考えていた。

部下や長官と呼ばれる方々は、さすがに『修練中の少年には見せられない』とお考えになったようだ。
険しい顔して生き埋めの悲惨さを語り説得しようとされたが、私は力強く首を横へと振った。

「私もあと1年で、神官となります。いつかは、この行為に加担することもございましょう。
姫さまのお側にいて、私の存在で勇気づけるのが神から与えられた使命です。
それが、遅いか早いかだけの違いでございます」
私は前を向いて、堂々と意見を述べる。

後で考えると、臆病おくびょうな自分がどうしてこんなことを出来たのかわからなかった。
私の決意に、皆様方は困ったように猊下の方をご覧になった。

結局猊下がうなずかれて、私は残ることに決まった。

耳元で、吐くなよとささやかれて。
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