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第五章

グランジエ領の日々 2

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 エリクは滞在中に毎日マドレーヌの祖母、ジョアン、マリアンヌ、クロードと面会をした。ウジェは聖騎士の魔の森の調査に赴いている。

 ウジェがいない時は館の権力はマドレーヌの祖父に託されているはずだがジョアンは舅であるマドレーヌの祖父をいないものとして扱う。それは昔からだ。エリクはジョアンに少しリラックスするという名目で香を炊きながら話を聞いている。

「これもマリアンヌ嬢の治療の一環ですから」

貴族の夫人が他人の目線もなく神官長問いえど男性と二人きりで過ごすのもと借りた部屋にメイド数名を配置している。その中にメイド長も混ぜている。『そのほうが安心でしょう』とメイド長とジョアンに最高の笑顔で告げる。ウジェの美貌を見慣れている二人でもエリクの笑顔にほだされる。

「治療、ですか?」

ジョアンは怪訝な表情だ。

「ええ、治療です。聖騎士の調査が終わるまでの10日間、ついでですからね」

エリクは対外用の笑顔で答える。

「エリク様は調査にはいかれないんですか?」

「私は保険ですから。聖騎士団の手に負えなかった場合の保険ですね」

これは本当のことであった。神官長代理はかつてのエリクのライバルだった男でこれは対立派閥の空気抜きのようなものであった。いくつか悪さをするであろうが後でリカバーするしいざとなったら神官長を退いていいとエリクは思っている。

 エリクは周りに悟られないように遮音結界をはり、その中で夫人の周りだけに結界をはる。自白の香の効果をジョアンだけに限定するためだ。

「マリアンヌは本当、体が弱いけど繊細な子で……マドレーヌはがさつで元気だから」

ジョアンは香の効果かつるつる本音を話し出す。

「そうなんですか?」

エリクは決して肯定していないのだがジョアンは気が付かない。

「そうなんですよ。南の蛮族のところへ飛ばされたのがマドレーヌで良かったわ。マリアンヌだと生きていられなかったでしょうからね。……まぁ、マドレーヌなら何をしても帰ってくるでしょうけど」

本当にジョアンはマドレーヌなら何をしても生きてると思っていた。そう、食べられなくなれば体を売ってでもと。ただマドレーヌは冒険者として生きていけるし家族がいなくても大丈夫だと言う。

「マリアンヌは情に厚い子なんだけどマドレーヌはなんていうか愛想もなにもないでしょう?」

エリクは友人の妻の本音に失望していたが、子供と親の相性が悪いなんてよくあることだ、とも思った。母親と姉のミシェルの相性の悪さや従兄のジェラールの娘と継母でソフィア妃の側近のジェラールの妻との相性の悪さも思い出す。ジェラールの妻が嫁した時にすでに十代に差し掛かっていたロクサーヌと継母の確執よりまましなのか、とも思う。
 が、せめてジョアンくらいはまともな母親像を見せてもらいたかったというのはエリクのわがままであった。ウージェーヌはその美貌で同世代の女性ならどんな高嶺の花も求められたであろうに、この平凡な女性を選び、望んで尻に敷かれているのだ。なにか特別なところがほしいと思ってしまっていた。それは自分のエゴだな、とエリクは思っている。

 「マドレーヌ嬢のことは好きではない?」

「他所の子供よりはかわいいけど……。あの子は私たちを必要としてないでしょう。マリアンヌは私たちが必要なの。……他所の男のところに嫁ぐこともなく、子をなすこともできないとなって、私やお義母様が支えないと」

 世間話の体で色々な本音を引き出す中、意外な本音が飛び出した。

「王太子殿下にマリアンヌを近づけるなっていうのもなんだかね。マドレーヌはごく親しくしてるのに。同じグランジエの娘なのに。……殿下の即妃なら子供をなさなくてもいいし」

マドレーヌではなくマリアンヌをアルに娶らせたい、ジョアンはそんなことを言い出した。子供が欲しいならその役目ほかの女に求めろ、と言外に言っていた。
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