オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第四十六話

蛇行しながらも

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 妹夫婦の絆を目の当たりにし、この人なら妹を任せられる。それは飽くまで表向きで、本当は小さい自分を誤魔化してさっさと逃げたかったのだ。きっとこの先、無難に伯爵家を継いで無難に領地運営をして平坦な人生を送る。メリハリも刺激もない、満たされないわけでも満たしているわけでもない気持ちのままに生きるのだろうと思うと、悔しくて仕方ない。変わる根性もない。何せ目標がない。心を燃やすような頂がグレイにはなかったのだ。
 小さな嫉妬心だ。末っ子だから甘やかしてしまうのだろう、両親も多少はヘルメスに贔屓はしていたがヤンチャさには頭を悩まされていたのは事実だ。それでもヘルメス自身は環境にも境遇にも甘えずに、全てを掴み取るかのように前に進みつづけた。前進することを躊躇うグレイとは何もかもが正反対で、それが羨ましくてたまらなかった。

 「立場が許せば」、それこそ甘えである。
 幼い頃に青年と約束された婚約をしたときからヘルメスは試練が与えられていたのかもしれない。グレイの知らないプレッシャーがあっただろうし焦燥感だってあったのだ。

 気楽なのはどちらだったのだろう。
 どちらが努力を積み重ねてきたのだろう。
 何を得るために、何をしてきたのだろう。

 自分の幸福のために、何が出来ただろう。

 ……進まなきゃいけないのは、誰なのだろう?

 置いていかれて拗ねていたグレイは、『自身の非を認めて』いるのにも関わらず、『自分が正しいから』という大きな矛盾で息苦しくなっていたことをようやく認めたのだ。

 本当は何がしたい?「妹を祝福したい」。
 その為にすることは?「自分に勇気を持つ事」。
 ならば動くのは?「今」。

 「……げほっ!!」

 ひとしきり泣いて両目を晴らしたグレイは、眼鏡を外して強引に涙を拭い、出されていた冷水を飲み干して、ようやく立ち上がった。

*****

 「なンつぅか、やっぱ今は治安がよくねぇな。」

 展開された検問所のうちの一箇所、集合住宅地の南に位置する場所にシグルドはやってきていたが、大きなため息を吐いた。王太子夫妻の結婚指輪こそなかったものの、恐らくはスリをしたのだろうかそこそこ高い財布や貴金属品、値札が切られていない高級バッグなどの店舗から盗んだ商品すら押収物の中に入っていた。
 ただでさえ国が祝賀ムードのお祭り騒ぎ、このような水を差す真似はしないでもらいたいものだなと頭を抱えずにはいられなかった。盗品は必ず持ち主や店舗に返却するようにはしているが、今回ばかりは数が尋常ではない多さだ。……結婚式の翌日は仕事だなこりゃぁ、腕を組んで項垂れているとテントの外から何やら騒がしくなったのを察したシグルドは外に顔を出してみた。

 「ああ、団長。申し訳ありません、お目通しをして欲しいという者が現れまして。」
 「ふぅン。どんな奴?」
 「眼鏡をかけた青年で、どこの憲兵の詰所かの腕章を着けているのですが……見た目からして憲兵としてかけ離れた身体つきで今止めているところです。」
 「……そりゃ、俺の知り合いだな。」

 少しだけ口角をあげる。
 早足で検問所の持ち物検査が行われる仕切り板のスペースへと向かった。

 シグルドがここに来る前に詰所の門番にとあるものを託した。それはグレイに宛てたもので、彼らがいた憲兵の詰所の腕章であった。一体いつの間に備品を拝借したのだろうか、という疑問は今は関係ないので割愛させていただく。
 もし彼にその気が起これば渡し、それを着けて集合住宅近くの検問所に言伝を頼んでいた。時間こそ遅れたが、彼がやってきてくれた事は少しばかり喜ばしく思っている。

 シグルドは弱い男が嫌いだ。肉体的に出なく、精神的に。
 彼が騎士を目指したのはただ単にかっこよくて憧れていたというわけではなく、幼い頃に『親友』を助けられなかった後悔が強く残っていたからだ。それも一度ならず二度も。
 その過程で師に出会い、兄弟子と切磋琢磨し、奇縁で今の妻と結ばれた。
 自身は幸福そのものであったが、友はそれでも仄暗い道に身を置いていた。強くなれば救える、信じていたがそんなに容易くはなかったのだ。歯を食いしばり悔しがるも、シグルドは親友からは離れなかった。
 長い執念が身を結んだのは十五年前。自分の力では救えなかったが、それに光を再び宿してくれたのは三歳の少女だったのだ。

 この先、この二人の道のりはきっと茨の道だ。

 シグルドは国を護る剣であると同時に、友を守る刃でもあった。その道を切り開くため、剣を振い困難を乗り越えていく二人を見守らねばならない。それが自身の出来る最大の優しさだと信じている。

 検問所の検査に到着すると、目を晴らした自分よりも小さい……だけども先程よりも胸を張っている青年がそこにいた。

 「よぉ、兄ちゃん!何しにきたンだ?」

 シグルドは敢えて煽るようなものの言い方をする。

 「……僕は、王太子妃の実兄です!ご協力しに参りました!」

 だがまだ情けなさは残っている。
 しかし、なけなしの勇気を無碍にするほど非道ではない。

 「おうッ!頼むぜ!!」

 シグルドはグレイに向けて初めて満面の笑みでそう答えた。
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