オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第三話

爆ぜる

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 時はほんの少し遡る。時間で言うなら、卒業式のリハーサルが終わる三十分前ほどになる。
 マリスはヘルメスには黙って学院にやってきていた。というのも、彼は学院長と古くからの付き合いで今回の卒業パーティーを来賓として参列してほしいと言われていたため、先週は丁寧にそれを断ったが「婚約者のエスコートとして参加する」事を伝えにやってきたのだ。
 本来ならヘルメスに婚礼を申し込んで帰国するだけだったはずが、まさかの嬉しい誤算があったんだ!と意気揚々に語りたい所だが……如何せんとも彼はまだ婚約者に話していない事がある。それも結構重要な事。それをギリギリまで伏せているのは、ヘルメスを想っているからなのか、はたまた自分の保身のためなのかは本人もまだ分別がつけられずにいる。きっとそれが原因なのだろう。
 そんな報告を済ませて、ヘルメスと顔を合わせる前に退散しようとしていたが、「ついに君も結婚か!」「いや実はまだ決まったわけじゃ…。」などと、ついつい学院長との話が盛り上がってしまって、そうこうしているうちに卒業生は式典のリハーサルを終えて学院内に散らばっていた。こうなっては仕方ないと諦めた。
 と同時に、貴族を数名ほどちらほらと見かける。先週は教授以外の大人しか見かけなかったがどうしてだろう?と従者のジークに疑問を投げかけてみた。

 「通り過ぎざまに耳にしたのですが、卒業パーティーの催し物や楽団、飲食関係の最終取り纏めみたいですね。自分たちの家から少しずつ出資して卒業生を送り出すようです。」
 「なるほど、卒業生の親御さんか。中には平民もいるみたいだが。」
 「そうですね。彼らも卒業生の親だから、親同士で協力しているみたいですよ。」
 「こういう格差もなく、皆が協力し合えるのはいい光景だな……。」

 しかしジークは「それよりも、侯爵あたりが多いみたいだからとっとと退散したほうがいいです」とすぐさま現実に引き戻した。
 なんせマリスは、サンラン国の有力貴族相手に商売をしている商会会頭。ほとんどが侯爵・公爵の貴族に顔を覚えられているのだ。自分を見かけたら、恐らくは真っ直ぐにこちらに挨拶をしにやってくる。そうしたら他の貴族も囲うようにやってくるだろう。……今はそれは避けたい。
 それならばと、外部の来客専用の通路を使うのではなく生徒で溢れかえっている廊下を使うのがベストだろう。今回ばかりは学院のルールに違反してしてしまう事が後ろめたいマリスではあったが、ジークのその提案を受け入れざるえないと観念した。「ジーク。簡単に言うけども、怒られるのは私なのだよ?」という声は簡単に蹴られてしまったのは言うまでもない。
 そんなこんなで昼食に向かう生徒の流れを逆らうように歩く二人。先週も校内で歩いてはいたが、その時の状況とはまず違う。なんせ取引相手の貴族から逃げるためなのだから。成人した大の大人がそこにいれば浮いて目立つのは当然ではあったが、マリスは開き直って堂々とする事により、「知らないけど多分教授。」と生徒に認識される空気を出している。実際、すれ違う生徒に挨拶されれば堂々と返すし、「午後も頑張り給え」とも平気で言う。まぁ本当の教授に見つかれば即アウト、なかなかスリリングではある。
 こんな所をヘルメスに見られたらどうしよう?とは思っていたが、彼女なら恐らくはなんとも思わないだろう。……なんでいるのかは驚かれるだろうけども。
 中庭で魔法石を眺めていた自分に平気で声をかけて力説する姿を思い出したマリスは、ふふっとつい微笑んだ。どうしたのかジークに問われると、あの日の事を思い出して……と。

 「それが寂しい思い出にならないといいですね。」

 ああ、そうだな。とマリスはまた寂しい顔をしてしまう。が、その表情はすぐに崩された。

 「どういう事だ!俺よりカートンを選ぶだと!?」

 「カートン?」

 あと少しすれば正門へとたどり着けそうだったというのに、彼の婚約者の名前が聞こえたため、すぐに足を止めてその声の発生源の下へ引き返した。ジークは止めようとしたが、主がこうなると止まるわけがないと半ば諦めて付き従う。本当に恋とは愚かしい。
 だがさすがに自制は効いている。その場に飛び出そうとはせず、物陰からその様子を静観しようと顔だけを覗かせ、事の成り行きを見守る事とする。
 見れば緑のリボンをした女子生徒に、男子生徒が何やら怒り気味に怒鳴っている。女子生徒の後ろにはヘルメスとその友人二人がいる。一体、どんな状況となっているのだろうか。

 「この馬鹿女、婚約者の俺を差し置いてカートンと卒業パーティーに参加するつもりだと?」
 「ば、馬鹿で結構です!いくら貴方が婚約者でも……ヘルメス様に対してひどい事ばかり言ってきたではありませんか!そんな人の隣になんて、立ちたくありません!!」

 なるほど。もしかして、ヘルメスのエスコートを買って出ようとしていたのだろう、あの女子生徒。顔は少し怖がっている様子ではあったが、勇気を出して自分の意見を言うとは恐れ入った。きっとよほど我慢がならなかったのだなとジーク共々頷いた。例え自分に向けられた暴言や悪口でなくとも、他人の悪口を聞けば結局はその人間は絶対に嫌われるものだと改めて大人たちは思った。
 その喧噪は近くにいた生徒たちが足を止めて様子を見るように人だかりが出来てしまっている。と、マリスは何気に反対側の角を見ると自分と同じように様子を伺っている中年貴族の姿を目にした。何やらヒヤヒヤした顔で見ているのだが……もしかして中心となっているどちらかの親なのだろうか?言い争う声が大きくなり、その挙動も落ち着かなくなっている。マリスはその貴族を熱心に観察していたが、乾いた音とバタン!という音、さらには女子数名の悲鳴が聞こえて現場に再び視線を戻した。見れば倒れたのは先程の女子生徒。抑えている頬は、赤く腫れ始めているのか離れている自分の目でも確認する事が出来た。

 「俺に逆らうとこうなる!いいか、子爵家のお前と婚約したのはお前の父が頭を下げてきたからしてやったんだ。侯爵家の力がなければ、お前の家なんかすぐに没落する所を助けてやった恩を忘れるな!!」

 マリスは思わず飛び出しそうになるも、ジークの制止と先程いた貴族がその場に飛び出したのを見て間一髪踏みとどまった。

 (まさか自分の婚約者を平手打ちするだなんて……!)

 例えそこに愛情や恋心がなかろうが、自分よりも弱い相手に手を上げる事に対してマリスは怒りをこみ上げていた。
 しかし、その怒りとは正義感から湧いたものではない。優しさともまた違ったものである。自分よりも弱いであろう、その相手に暴力で上下関係を知らしめようとする行い、マリスはによる怒りが身の内から沸き上がったのである。
 だがそれは今ここで爆ぜていいわけではあるまい、なんとか呼吸を整えて落ち着き払おうと試みる。が、また乾いた音が響いた。
 まさかまた!と、マリスが目をやると、予想とは違った光景が目に飛び込んできたのだ。

 「!この、醜女……っ!!」

 男子生徒は叩かれた頬を抑えながら、自分を平手打ちした相手を睨んだ。
 毅然と立っているヘルメスに。
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