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第四話
船出
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十歳ぐらいの時、ヘルメスは素敵なおとぎ話の本を読んだ。王子様が天真爛漫な少女と恋に落ちて幸せな結婚をするという物語だ。小さな頃に出会った懐中時計の人も、こんな風に自分を迎えにきてくれるのかと、夢を抱きながら純粋そのものに歳を重ねていくも、自分はなんて駄目なのだろうと壁にぶち当たってしまった。
そして何ヶ月か前に親友に連れられて観劇した物語は、努力してきた令嬢が婚約者の王子様に裏切られ、新しく作った恋人は礼儀作法も教養も何ひとつ持ち合わせていない、『天真爛漫』の皮を被った自己中心的な少女だった。やがて王子様と結ばれた少女なのだが、身勝手な振る舞いによって二人は破滅してしまい、捨てられた令嬢は聡明な令息と結ばれていつまでも幸せに暮らすハッピーエンドの物語だった。
ヘルメスは自分を天真爛漫とは思ってはいない。だが、こんな破滅の一途を辿るくらいなら、懐中時計の人と破談になればきっと誰も不幸にはならないだろう。しかし、その願いは散った。その人に恋をしたからだ。
ただ、その人の隣に立つのなら相応しい人間にならなくてはいけない。その人とダンスの練習もしてマナーも叩き込んで、苦手なドレスも着こなして、これから夫婦となるのならばどんな事でもする。そう決意していた。
その決意を伝える前に……その人の隣には自分はいないんだと言われてしまったのだ。
この一週間、彼と過ごしてきた。建前と本音が逆転していたり、軽く握手しただけで真っ赤に茹で上がったり、見つめ合うとお互いに照れてしまっていたり。
歳の差は二十五、父親と同じぐらいの彼だけども、紳士的な格好良さと裏腹にクシャッと笑う所が愛らしくて、それを見るたびに微笑ましくなる。大人なのだから色恋沙汰も余裕なのだろうかと思っていたが、ヘルメスと同様に恋愛初心者で初々しくてまるで同年代の異性と付き合っているように、とても青春を謳歌していられた。
だけどもそんな初恋は実らないと、現実を突きつけられたのだ……。
(なのに……どうして、そんな顔をするの?)
マリセウスはこの一週間、彼女といる時間がとても楽しかった。過ごしてきた時間こそ短い上にヘルメスがどんな人物かは完全にはわかってはいない。愛らしい所ばかりに心を奪われてきていたが、短所はまだ触れてはいない。
真っ直ぐで正義感が強く、何をするにも初々しい。好きなものに情熱的で、ひとつのカテゴリに留まらない彼女は、マリセウスにとって本当に魅力的なのだ。
妻になってくれたらどれほど嬉しいだろう、幸せだろう。だけどもそれが、重石になって彼女を苦しめる。
この関係を断てば本当に彼女は幸せになれるのだろうか。正解が未だ出てこないマリセウスは、それでもヘルメスをその座から遠ざけたかった。
悲しくはない、好きな人の未来を守れたのだ。胸を張るべきなのだ。だから自分は、悲しくなんかないのだ。自らに言い聞かせる言葉は、どこか誤魔化している気がしてならない。
「……殿下は、私との婚姻関係を無くしたいのですか?」
「……そうだ。君とは、このパーティーでお別れしなくてはならない。」
「ならなんで、そんな悲しそうなお顔をするのです?」
その言葉を受けたマリセウスは、自分がどんな表情をしていたのか意識していなかった。ずっと真顔で貫いていたとばかりに思っていたが、「え?」と零して初めて唇を真一文字にしていた事に気がついた。どれだけ食いしばっていたのだろうか……無意識のうちに感情が表に出てしまっていたのだ。
「どうしても別れたいのですか?」
「……どうしてもじゃない。君のために、と。」
「私のこと、嫌いならばお気遣いなくハッキリ申してもいいのですよ?」
「嫌いじゃない、嫌いなわけがないだろう……!」
「なら、どうして!?」
「私は、本気で君に恋をしたからに決まっているだろう!!」
ヘルメスが泣きそうな顔をしながら強く問いかけて来る、その姿があまりにも胸を痛めてきた。たまらずマリセウスは、隠し通すつもりだった自分の胸中を曝け出す。年甲斐もなく大粒の涙をボロボロと、何粒も何粒も零しながら。
「君の煌めく姿が愛おしいんだ!だけどもそれは、君の純粋さから来ているものだ……王太子妃になれば、必然的に暗い世界に踏み込まなければいけない、民草のために生きなければならない、自分の愛するものより国の未来を優先しなければならない。自由のない……囚われの身にさせたくはないんだ。私は、私が初めて愛した人を、苦しませたくないんだ……!!」
マリセウスは、出来ればヘルメスを抱きしめたいだろう両手を前に持ってくるも、情けないことに固まったまま自らの涙を受け止める形になってしまっていた。抱擁すれば、彼女の未来を奪うことになる。最期の勇気だけは決して譲らないで踏みとどまっている現れだろう。大の男が情けない、そう思われたっていい。
焦がれている恋慕は今夜で終わる。それが悲しい結末を自ら迎えようとしても構わない。ヘルメスの未来が守られたのだから。
「……十五年。十五年です。」
「……?」
「私は、確かに妃教育というものは受けてきてません。それでも十五年……貴方のために捧げてきました。」
彼の涙で溜まっている両目を逸らすことなく、ヘルメスは真っ直ぐに見つめた。
この人はやっぱり優しい人なんだ。自分の想いを無理やり封じて、苦しみながら本当に守りたいものを守ろうとしている姿に、先程とはまた違う胸の痛みを覚えてしまう。
この涙の告白を聞いて自分もまた涙しそうになるくらいに苦しいのは、ヘルメスもまたマリセウスを愛しているとわかった。
短い時間ではあったのにも関わらず、不思議な事に恋慕を超えた想いがあることにお互い気づきだしていた。
「本音を言うと、私は貴方に破談される気でいました。なんせ再会するまでの日々、私はいつからか『懐中時計の人』に苦しませられていると思ってきたから。淑女なんかになれないし社交界も好きになれなくて。だけども、私はマリス様が大好きなんです……。馬車でも言ったでしょう?貴方のためなら、どんな努力も惜しみません。それに、囚われる気なんてありませんよ。好きな人と一緒の道を歩けるのが、そんなに辛いことでしょうか?」
ヘルメスの裏表のない純粋な言葉が優しく彼の胸をつく。
涙で濡れているマリセウスの両手に優しく自分の両手で掬い上げるように添える。
「……民草を守れる、完璧な淑女にならねばいけないぞ?」
「貴方の隣に居られるならば、なってみせます。」
「国同士の嫌な部分もたくさん触れることになるぞ?」
「綺麗なものばかり見るつもりはありません。」
「王妃にもなれば、もう自由に外へ歩けないのだぞ?」
「外出だけが自由じゃありませんよ。」
「私はっ、君より先に死んでしまうんだぞ!?」
「共にした日々を忘れなければ、いつまでも一緒ですよ!」
マリセウスの問答に、ヘルメスは力強く答える。その答えは何も迷いなく。マリセウスが不安がるのは無理もない。今までの生活環境が大きく変わる、責任感も強くなる。それでも逃げない、逃げたくない。好きな人の隣にいるには覚悟が必要なのだから。
さっきまで彼の正体で困惑していたというのに、自分でも驚くほどに落ち着いていた。自覚はなかったけど、とうに覚悟は決まっていたのだろうと。
「…………君は、強いな。」
「殿下のために、強くなりたいと願ったまでです……。だから、貴方の傍に置いてください。例え西の空から朝日が昇ることがあったって、私はずっと支えていきたいのです。」
見上げる瞳は、自分に負けず劣らず涙を溜めているにも関わらず、迷いもなく真っ直ぐで微笑んでいた。
ああそうか、私は大きな勘違いをしていたのだ。彼女が煌めきはひとつやふたつだけではなく、きっと無限にある。
その無限にある海に彼女は飛び込みたいのだろう。知りたいこと、知らなくてはいけない事、情熱的な好奇心は尽きることのない聖火のように美しい。
マリセウスは自分自身、そんなに好奇心や探求心が強いとは思ってはいない。過去に知ってしまったが故に傷ついた経験のせいで、それらからは長年遠ざかっていた。
好奇心や探究心がなくとも政は出来るのは確かだが、それではいつまでも新しい時代を迎えられない、神秘はあるものの文明が停滞しては、人々は 夢を持たなくなる。
だからこそ煌めいて見えていたのだ。自分にはない未来を築ける可能性を無限に秘めた、愛する彼女が。
その未来に、命運を賭けてもいいだろう。
ヘルメスが支えてくれる両手から自分の両手を持ち上げて離れたマリセウスは、燕尾服の内ポケットから自分の手のひらに収まる小さな箱を取り出した。
それを開けると、小さな千年黒光石が埋め込まれた金の指輪を取り出すと、ヘルメスの左手を手にして、手袋の上からだが薬指にゆっくりと嵌めた。
「……殿下、これって。」
「これを渡して別れるつもりだったんだけどもなぁ……。」
「あの、もしかして、これは……。」
指輪とマリセウスの顔を交互に見やる彼女を見ながら、涙を少し残した笑顔で。
「西から朝日が昇ったのなら、その時は東の海に沈む夕陽を一緒に見よう。…………私の妻に、なって下さい。」
彼は、少女の健気な願いを叶えてくれた。
「…………っ、」
「……こんな情けないオジサンじゃ、やっぱり駄目かい?」
「…………ダメっなんかじゃ、ない。ダメなわけないもの……!!」
今後はヘルメスはボロボロと泣き出して、息を詰まらせながらも辿々しく、それでいて喜びを溢れ出しながら言葉を懸命に繋げていく。色んな想いが込み上げて、言えなかった本音も言い合えて、それでも好きだとお互いに言い切って。
長い長い初恋が、ようやく実を結んだのだ。
「うっ、ぐっす、不束者ですが、よろしくお願い、します……!!」
「お願いします、ヘルメス嬢。」
「もう、ヘルメスとお呼び下さい、殿下……。」
「なら、私のことはマリスと呼んでほしいな、ヘルメス。」
「……はい、マリス様。」
しばらくするとサロンに入ってきた従者たちに、結婚を約束した事を報告すると大騒ぎになったのは言うまでもなかった。涙で腫れた目元を冷やしていると、入場する卒業生たちの声が大きくなってきた。
腫れは引いてはいないだろうけど、遅れて入場すると目立つだろうからとタイミングを見計らって行くこととした。
二人が苦手とするダンスは無難ではあったが、その場に居合わせた卒業生は「一番楽しそうで煌めいていた」と口々に言うのであった。
そして何ヶ月か前に親友に連れられて観劇した物語は、努力してきた令嬢が婚約者の王子様に裏切られ、新しく作った恋人は礼儀作法も教養も何ひとつ持ち合わせていない、『天真爛漫』の皮を被った自己中心的な少女だった。やがて王子様と結ばれた少女なのだが、身勝手な振る舞いによって二人は破滅してしまい、捨てられた令嬢は聡明な令息と結ばれていつまでも幸せに暮らすハッピーエンドの物語だった。
ヘルメスは自分を天真爛漫とは思ってはいない。だが、こんな破滅の一途を辿るくらいなら、懐中時計の人と破談になればきっと誰も不幸にはならないだろう。しかし、その願いは散った。その人に恋をしたからだ。
ただ、その人の隣に立つのなら相応しい人間にならなくてはいけない。その人とダンスの練習もしてマナーも叩き込んで、苦手なドレスも着こなして、これから夫婦となるのならばどんな事でもする。そう決意していた。
その決意を伝える前に……その人の隣には自分はいないんだと言われてしまったのだ。
この一週間、彼と過ごしてきた。建前と本音が逆転していたり、軽く握手しただけで真っ赤に茹で上がったり、見つめ合うとお互いに照れてしまっていたり。
歳の差は二十五、父親と同じぐらいの彼だけども、紳士的な格好良さと裏腹にクシャッと笑う所が愛らしくて、それを見るたびに微笑ましくなる。大人なのだから色恋沙汰も余裕なのだろうかと思っていたが、ヘルメスと同様に恋愛初心者で初々しくてまるで同年代の異性と付き合っているように、とても青春を謳歌していられた。
だけどもそんな初恋は実らないと、現実を突きつけられたのだ……。
(なのに……どうして、そんな顔をするの?)
マリセウスはこの一週間、彼女といる時間がとても楽しかった。過ごしてきた時間こそ短い上にヘルメスがどんな人物かは完全にはわかってはいない。愛らしい所ばかりに心を奪われてきていたが、短所はまだ触れてはいない。
真っ直ぐで正義感が強く、何をするにも初々しい。好きなものに情熱的で、ひとつのカテゴリに留まらない彼女は、マリセウスにとって本当に魅力的なのだ。
妻になってくれたらどれほど嬉しいだろう、幸せだろう。だけどもそれが、重石になって彼女を苦しめる。
この関係を断てば本当に彼女は幸せになれるのだろうか。正解が未だ出てこないマリセウスは、それでもヘルメスをその座から遠ざけたかった。
悲しくはない、好きな人の未来を守れたのだ。胸を張るべきなのだ。だから自分は、悲しくなんかないのだ。自らに言い聞かせる言葉は、どこか誤魔化している気がしてならない。
「……殿下は、私との婚姻関係を無くしたいのですか?」
「……そうだ。君とは、このパーティーでお別れしなくてはならない。」
「ならなんで、そんな悲しそうなお顔をするのです?」
その言葉を受けたマリセウスは、自分がどんな表情をしていたのか意識していなかった。ずっと真顔で貫いていたとばかりに思っていたが、「え?」と零して初めて唇を真一文字にしていた事に気がついた。どれだけ食いしばっていたのだろうか……無意識のうちに感情が表に出てしまっていたのだ。
「どうしても別れたいのですか?」
「……どうしてもじゃない。君のために、と。」
「私のこと、嫌いならばお気遣いなくハッキリ申してもいいのですよ?」
「嫌いじゃない、嫌いなわけがないだろう……!」
「なら、どうして!?」
「私は、本気で君に恋をしたからに決まっているだろう!!」
ヘルメスが泣きそうな顔をしながら強く問いかけて来る、その姿があまりにも胸を痛めてきた。たまらずマリセウスは、隠し通すつもりだった自分の胸中を曝け出す。年甲斐もなく大粒の涙をボロボロと、何粒も何粒も零しながら。
「君の煌めく姿が愛おしいんだ!だけどもそれは、君の純粋さから来ているものだ……王太子妃になれば、必然的に暗い世界に踏み込まなければいけない、民草のために生きなければならない、自分の愛するものより国の未来を優先しなければならない。自由のない……囚われの身にさせたくはないんだ。私は、私が初めて愛した人を、苦しませたくないんだ……!!」
マリセウスは、出来ればヘルメスを抱きしめたいだろう両手を前に持ってくるも、情けないことに固まったまま自らの涙を受け止める形になってしまっていた。抱擁すれば、彼女の未来を奪うことになる。最期の勇気だけは決して譲らないで踏みとどまっている現れだろう。大の男が情けない、そう思われたっていい。
焦がれている恋慕は今夜で終わる。それが悲しい結末を自ら迎えようとしても構わない。ヘルメスの未来が守られたのだから。
「……十五年。十五年です。」
「……?」
「私は、確かに妃教育というものは受けてきてません。それでも十五年……貴方のために捧げてきました。」
彼の涙で溜まっている両目を逸らすことなく、ヘルメスは真っ直ぐに見つめた。
この人はやっぱり優しい人なんだ。自分の想いを無理やり封じて、苦しみながら本当に守りたいものを守ろうとしている姿に、先程とはまた違う胸の痛みを覚えてしまう。
この涙の告白を聞いて自分もまた涙しそうになるくらいに苦しいのは、ヘルメスもまたマリセウスを愛しているとわかった。
短い時間ではあったのにも関わらず、不思議な事に恋慕を超えた想いがあることにお互い気づきだしていた。
「本音を言うと、私は貴方に破談される気でいました。なんせ再会するまでの日々、私はいつからか『懐中時計の人』に苦しませられていると思ってきたから。淑女なんかになれないし社交界も好きになれなくて。だけども、私はマリス様が大好きなんです……。馬車でも言ったでしょう?貴方のためなら、どんな努力も惜しみません。それに、囚われる気なんてありませんよ。好きな人と一緒の道を歩けるのが、そんなに辛いことでしょうか?」
ヘルメスの裏表のない純粋な言葉が優しく彼の胸をつく。
涙で濡れているマリセウスの両手に優しく自分の両手で掬い上げるように添える。
「……民草を守れる、完璧な淑女にならねばいけないぞ?」
「貴方の隣に居られるならば、なってみせます。」
「国同士の嫌な部分もたくさん触れることになるぞ?」
「綺麗なものばかり見るつもりはありません。」
「王妃にもなれば、もう自由に外へ歩けないのだぞ?」
「外出だけが自由じゃありませんよ。」
「私はっ、君より先に死んでしまうんだぞ!?」
「共にした日々を忘れなければ、いつまでも一緒ですよ!」
マリセウスの問答に、ヘルメスは力強く答える。その答えは何も迷いなく。マリセウスが不安がるのは無理もない。今までの生活環境が大きく変わる、責任感も強くなる。それでも逃げない、逃げたくない。好きな人の隣にいるには覚悟が必要なのだから。
さっきまで彼の正体で困惑していたというのに、自分でも驚くほどに落ち着いていた。自覚はなかったけど、とうに覚悟は決まっていたのだろうと。
「…………君は、強いな。」
「殿下のために、強くなりたいと願ったまでです……。だから、貴方の傍に置いてください。例え西の空から朝日が昇ることがあったって、私はずっと支えていきたいのです。」
見上げる瞳は、自分に負けず劣らず涙を溜めているにも関わらず、迷いもなく真っ直ぐで微笑んでいた。
ああそうか、私は大きな勘違いをしていたのだ。彼女が煌めきはひとつやふたつだけではなく、きっと無限にある。
その無限にある海に彼女は飛び込みたいのだろう。知りたいこと、知らなくてはいけない事、情熱的な好奇心は尽きることのない聖火のように美しい。
マリセウスは自分自身、そんなに好奇心や探求心が強いとは思ってはいない。過去に知ってしまったが故に傷ついた経験のせいで、それらからは長年遠ざかっていた。
好奇心や探究心がなくとも政は出来るのは確かだが、それではいつまでも新しい時代を迎えられない、神秘はあるものの文明が停滞しては、人々は 夢を持たなくなる。
だからこそ煌めいて見えていたのだ。自分にはない未来を築ける可能性を無限に秘めた、愛する彼女が。
その未来に、命運を賭けてもいいだろう。
ヘルメスが支えてくれる両手から自分の両手を持ち上げて離れたマリセウスは、燕尾服の内ポケットから自分の手のひらに収まる小さな箱を取り出した。
それを開けると、小さな千年黒光石が埋め込まれた金の指輪を取り出すと、ヘルメスの左手を手にして、手袋の上からだが薬指にゆっくりと嵌めた。
「……殿下、これって。」
「これを渡して別れるつもりだったんだけどもなぁ……。」
「あの、もしかして、これは……。」
指輪とマリセウスの顔を交互に見やる彼女を見ながら、涙を少し残した笑顔で。
「西から朝日が昇ったのなら、その時は東の海に沈む夕陽を一緒に見よう。…………私の妻に、なって下さい。」
彼は、少女の健気な願いを叶えてくれた。
「…………っ、」
「……こんな情けないオジサンじゃ、やっぱり駄目かい?」
「…………ダメっなんかじゃ、ない。ダメなわけないもの……!!」
今後はヘルメスはボロボロと泣き出して、息を詰まらせながらも辿々しく、それでいて喜びを溢れ出しながら言葉を懸命に繋げていく。色んな想いが込み上げて、言えなかった本音も言い合えて、それでも好きだとお互いに言い切って。
長い長い初恋が、ようやく実を結んだのだ。
「うっ、ぐっす、不束者ですが、よろしくお願い、します……!!」
「お願いします、ヘルメス嬢。」
「もう、ヘルメスとお呼び下さい、殿下……。」
「なら、私のことはマリスと呼んでほしいな、ヘルメス。」
「……はい、マリス様。」
しばらくするとサロンに入ってきた従者たちに、結婚を約束した事を報告すると大騒ぎになったのは言うまでもなかった。涙で腫れた目元を冷やしていると、入場する卒業生たちの声が大きくなってきた。
腫れは引いてはいないだろうけど、遅れて入場すると目立つだろうからとタイミングを見計らって行くこととした。
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