オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第五話

一徹返し

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 マリセウスは怒りを抑えつつ、商会の事務局へ戻ると新たに契約した店舗や取引先の要望、サンラン国に展開している商会の店舗に各種新商品の出荷の発送タイミングなどを副会頭と打ち合わせて一時間半はかかっただろう。もうすぐで昼食の時間になるが、今は最重要課題があるためそれは後回しだ。
 ジークが呼んでくれた王族専用の馬車がやってきたので足早に乗り込む。次にここへ来るのは王太子の仕事が落ち着いたらか、夏季休暇に入る前だろう。
 小さく揺れる馬車、ジークも今回のお触れ書きについて聞きたい事もあるだろうが、真相はすぐにわかるだろうし眉間に皺を寄せた主が今どんな感情なのか、なんとなく察したので口にするのはやめた。ただ、少しの間は荒れるのだろうという面倒な展開が待っているのはいただけない……。

 *****

 神海王国ハンクス、その宮殿は恐らく珍しい構造となっている。国王を始めとした臣下達が政務を行い、異国の使者・使節団との謁見も行う外邸がいてい部分は国民も入場出来る。とは言っても一部だけであり、貴族議会が開かれる議会場の見学や国立図書館、ハンクスの今日までの歴史などが記された史書館、騎士団も利用している食堂など入場は自由。夏になると、観光名所やレジャースポットが多いだけあり観光客も多く訪れる上、子供達の社会科見学御用達の場所になっている。ここまでオープンにしている国家はこの国ぐらいだろう。
 外邸の裏は内廷ないてい、つまり王家の居住スペースとなっており、こちらは完全に『他人の家』になるので許可のない者は当然だが入場は出来ない。マリセウスやその家族はそこで生活をしているので警備は厳重で侵入は困難。しかし小動物に関しては緩いのか、たまに侵入を許してしまう。
 これは完全に蛇足だが、「職場に徒歩数分で行けて喜ぶのは仕事人間だけだな」と国王が王太子に嫌味ったらしく言っていたとかないとか。
 その外邸と内廷の間にマリセウスを乗せた馬車が到着する。扉が開かれてこれまた足早に降り立つと、迎えにきてくれた執事たちに「ありがとう」と一声かけると、

 「国王陛下は今どちらに?」
 「陛下でしたら、内廷のサロンで王妃殿下とお茶をしております。」
 「なら今お会いしても大丈夫だな。そちらは何事もなかったか?」
 「はい。問題なく。」

 執事の丁寧な報告を聞き、すぐに政務の側近数人に声をかけた。

 「そっちの方は何かあったか?」
 「国境付近の市町村の自治体からの地質調査、水質調査の報告書が上がってきております。」
 「それは助かる。あとは工事会社の選定をすれば良さそうだな。」
 「あと数日ほど前、ガーランド辺境伯から領内の集落に教会を建ててほしいという嘆願書が届きました。」
 「ふむ、それは先に目を通しておくか。」

 そんな仕事の話に目を輝かせてはいたが、気まずそうに一人、例のことについて話した。

 「お忙しい所申し訳ありません、王太子殿下。婚礼の件なのですが、準備が滞っております。挙式や衣装は殿下ご本人に支度させると陛下が申されておりました故……。」
 「……その件は、これから陛下に一度確認したい事もあるから少し待っていてくれ。」

 側近達に歯切れ悪く返事をすると、国王と王妃……要に両親のいる内廷へと早足で駆けていった。
 「さすがに挙式などの準備はある程度、こちらも進めておけばよかったのでは?」と側近のひとりは責任感が強いのか、手をつけなかったことに悩まされていたが、「いえ実は……」とジークは静かにフォローして、マリセウスを見失わないように追いかけていった。

 「殿下。先程のお触れ書きから察するに、恐らくは国内はほとんど婚礼ムードになっているかと思います。」
 「恐らく、ではなくて確実にだな。ここで延期……もとい中止になったらどうなると思う?」
 「経済損失は過去最悪になるでしょうね。」
 「商会の帳簿も目を通したが、これを気にセールやらお祝い事で経済が右肩上がりになっている。婚礼という大きな祭りが終われば、あとは緩やかに下がっていく。」
 「ですが中止すれば、経済グラフが直滑降。見た事がない角度で下がりますね。それに王家の信頼もそれを下回るほど落とす事となりますね。」
 「なんとかして、婚礼を婚約お披露目式にすり替えて被害を最小限に抑えなければ……。」

 しかしマリセウスはふと疑問に思った。側近の話を聞く限り、挙式と衣装の件あたりしか自分は任されていない。つまり、招待客や披露宴は陛下が執り行っている可能性がある。
 招待客……国内の貴族は当然として、縁のある諸外国の王室や首相も招くに違いない。だったら最低でも二ヶ月の期間を設けなければ、ここまで上手くは運ばない。
 そして商会での話。『三月いっぱいまで祝いの飾り付けは禁止』の話。要にマリセウスの預かり知らぬ所……水面下でこの婚礼は仕組まれていた事になる。
 そうなると、これは最小限の被害に抑える……が酷く高いハードルだ。経済的危機に直面したことは何度もあったが、今回ばかりは何をやっても焼石に水なのだろう。

 「ジーク。もし仮に、王家の信頼が落ちたら君はどうする?」
 「全力で騎士団をやめて国外で生活します。」
 「薄情だが正解かもな。」

 色んな思案を重ねてながら歩みを止めずに進んだ先は、両親がいつものんびりと過ごす、そして家族が楽しげに談話するサロンの扉前まで到着した。
 羽織っていたコートを脱ぎ、ジークに持たせる。商会会頭の出立ちのままではあるが着替えているほど心に余裕はない。いつものようにノックを三回すると、中から「構わん、入れ。」と声を受け、扉を開いた。

 「失礼します。国王陛下、王妃殿下。」

 「まぁ。お帰りなさい、マリセウス。」
 「戻ったか。」
 「はい、只今戻りました。予定よりも遅れての帰国、申し訳ありませんでした。」

 腰を折り、深々と挨拶をするマリセウス。後ろにいるジークも同様に深く頭を下げていた。
 家族の憩いの場、少数の気の合う友人と過ごすこのサロンはそこまで広々としていない、中流家庭のリビングよりかはやや広いが。その中央でソファに腰掛けている老夫婦こそが、マリセウスの両親……国王であるデュラン・スミス・エヴァルマーと王妃殿下のテレサ・スミス・エヴァルマーだ。二人とも御年六十三歳である。
 ティーカップを手にしていたデュランは、一口茶を飲むと「掛けなさい」と自分の向かい側のソファへとマリセウスに座るよう促した。
 側にいた侍女が王太子の来訪に合わせてお茶の用意の為、その場を離れると同時に着席をする。この空間には家族とジークの四人だけになった。

 「どうでした、サンラン国は。」
 「はい。とても緑が豊かでした。春が近い事もあり、花が咲く頃にはより一層美しい光景が見られるでしょう。」
 「まぁまぁ。他には?」
 「ええ。商会を介してですが、経済はアスター南部の中ではとても安定しております。メルキア帝国との関税が撤廃された事が大きいですね。」
 「へぇー……それから?」
 「国立学院が面白かったですね。貴族・平民問わずに経営学のみならず、最近では医学も選考して授業が」
 「……あのね、マリセウス。」
 「マリセウス、テレサが聞きたいのはそれではない。」

 まるで国外視察にでも行ってきたような息子の報告に呆れるテレサを見かねて、デュランは察しているのだろう?と言わんばかりにマリセウスの話を制止させた。『息子が嫌味のように反抗する態度』がそれであるのを彼は知っている。
 眉間に皺を寄せ一拍置いて、ふぅと息を吐くと「ああそうですか」と言わんばかりの顔になるマリセウスは、サンラン国に行った本当の目的の結果を話すことにした。

 「……カートン伯爵令嬢、ヘルメス・カートン嬢とお会いして来ました。私の身分を明かさなかったのもあり、話したときは酷くショックを受けておりました。」
 「そうでしょうね。」
 「それで、カートン嬢はお前との婚姻は拒否したのか?」
 「私自身、彼女を王室に迎えるかはとても悩みました。自然豊かな環境に育ち、貴族としてのしきたりよりも隣人を大切にする事を重きに置いている優しい少女です。そんなカートン嬢を、無理に連れてきてはいけないと思いました。」

 マリセウスの話しを前のめりに聞いていた両親は、「ああ……」と勝手に話の結末を決めてしまっていたのか、少し悲しげな顔をするも、

 「……ですから、彼女の意志を何度も確認しました。欠けているものは努力して必ず身につける、私が先に亡くなっても私を忘れない。それ以外の事も聞き入れ、ヘルメス・カートン嬢と共に……ハンクスを支える事と決めました。」

 と、あの日の告白を思い出しながら語ったせいで少し頬を赤くしながら言い切った。
 悲観していた両親は話しを聞き終えると顔色が寂しさから嬉しさに切り替わり、テレサは喜びのあまりに小さく拍手をして息子を祝福したのだった。

 「まぁ!まぁ!」
 「そうか、そうか!おめでとうマリセウス!」
 「ありがとうございます。」

 朗らかに笑う父と息子。側から見れば微笑ましい光景ではあるが、長年王太子に仕えているジークは油断せずに集中し、息を飲む。絶対にこんな和やかなやり取りで終わるはずがない……。

 「それで陛下、ひとつお話がありまして。」

 その言葉を聞き、「ついに」と思ったジークは目を見開いた。
 満面の笑みである母親も何かを察したのか真顔に切り替わり立ち上がると、低めでそこそこ派手な装飾が施されたソファテーブルから自分と夫のティーカップを持ち上げてそそくさと離れる。それと同時にジークもティーポットと砂糖入れを盆ごと持ち上げてマリセウスの真後ろに回った。

 ジークは子供の頃、ポン菓子という米から作った駄菓子の製造を近くで見た事がある。熱した長い筒の中に閉じ込められた米がポンポンと弾ける音がとても楽しく感じていたが、それを取り出す際に大きな爆発音がしてせいで、驚いて大泣きしてしまったのだ。あれが正規の作業手順なのは仕方がないが、それを内緒にしていた父には酷く怒った記憶がある。

 何故そんな事を?まさに今、目の前であの時の爆発音が再現されそうだからだ。



 「勝手なことしてんじゃねぇクソ親父ィイイイ!!!!!」


 ローテーブルは宙を舞い、怒号は内廷全体に酷く響いた。
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