オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第十八話

絶叫確定の伯爵令息

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 グレイ・カートンはカートン伯爵家長男で嫡男。年齢は二十一歳。夏の生まれ。国立学院卒業後にサンラン国国会議事堂の契約職員になり、四月に行われる契約更新は行わずカートン領に戻り実家を継ぐこととなった。
 元々は三年で戻るつもりではあったので問題はなかったが、この度彼の妹が神海王国ハンクスへと嫁いでしまうため、予定していた末日での退職が四月の半ばに前倒しとなった。職員寮にある自分の荷物は既に実家に送っており、残された時間は同僚たちの挨拶回りに使っていた。

 「それで実家に帰ってすぐに引越しの手伝いなんだって?」
 「はい、ここ何ヶ月かは妹とはなかなか話せなかったりしていたので、少しの間でも何かしてあげたくて。」
 「それにしても、神海王国ハンクスかぁ。確かその国の王太子も結婚するとかで今すごい賑わってるらしいぞ。」

 なんせその結婚披露宴にアビゲイル・シルズ首相も招待されている。ハンクス王太子が妃と迎える女性が、なんとサンラン国の貴族令嬢だという事が数日前に判明した。
 婚姻となればその家からその親族、親交のある家へと話が伝わり、そこからさらに他の家々へと話が広まって耳が届く。だが今回の貴族令嬢の結婚に関しての話はアビゲイルから始まった。判明した理由は単純に招待状が届いたのがきっかけだが、これには首相周辺は大変驚いたそうで。間接的に議事堂職員たちにもそれが伝わってきたのだった。相手が異国の王族の為、令嬢の家から表明するにも好奇の目に晒されてしまうのだろうから、報告しにくさがあったのだろうと皆が思っていた。
 そんなタイミングでの結婚となったせいで、「まさかとは思うが、ハンクス王太子と結婚するのは君の妹さんの事じゃないか?」とよく冗談で言われたりしてきた。グレイはそれがジョークなのも知っているので、「仮にそうだったら実家は大変な騒ぎですよ」と笑いながら返事をしていて、嫁ぎ先は商会の会頭だと付け加えている。

 「それに、そんなすぐには結婚しませんよ。先月末にお受けしたばかりですし。」

 グレイは妹の結婚とハンクス王太子の結婚が被ってしまったら……なんて事は考えていない。寧ろかえって縁起がいい話になるとは思っていた。
 神秘が集う国、アスター大陸を支える大国の一角。その王家の婚姻となれば国は賑わうのも当然だし、きっとどこへ行っても幸せなオーラが満ち溢れている。
 妹もその空気の中で挙式をしていたら、自然と現地の人々から祝福をしてくれていたかもしれない。しかしそれでも、王族よりも妹の方が素晴らしい結婚式になるだろうと胸を張って言える。……大袈裟だが彼の中ではそうである。

 「へぇ。なんてという名の商会なんだい?見かけたら売り上げに貢献できるように買い物しに行くよ。」
 「ありがとうございます。確か……ああ、最近ここの近くに小さい店が出来たでしょう?グリーングラス商会ですよ。」
 「ああ、あそこか!あれはいい店だ。大抵の日用品がリーズナブルに揃っているから、カミさんが助かってるって言ってたよ。」

 グリーングラス商会はサンラン国で少しずつ展開している商店だ。メルキア帝国では既に各地方に展開されており、その土地や地域に沿った品揃えをしているのが特徴でマニアもいるほどに多種多様なものを取り扱っている。
 サンラン国国会議事堂がある首都・ウラーブにも大きな店舗と議事堂職員寮のある近所に小さい店舗がある。
 去年は創業二十五周年を迎えて、確固たる地位を築いたアスター大陸で最も勢いのある商会である。だがサンラン国ではまだまだヒヨッコな存在なので、知る人は知っているぐらいの認識ではあった。

 「ということは、そこの商会会頭は貴族とも取引しているのだろう?」
 「ええ。ベンチャミン公爵のオレンジをハンクスで売っている、でしたね。」
 「噂だと相当なやり手の会頭だとか。しかも取引した家々は、領地収入が安定するようになったとかで好感がとても持てるらしいよ。」
 「そうなのですか?……それは、妹はとんでもない人と伴侶になると思うと、先行き不安になりますね。」
 「安心、ではなくて?」
 「妹はなんというか、天真爛漫が過ぎましてね……。」

 彼は家を離れるとき、真っ先に心配したのが妹の事だった。自分が卒業した直後に学院に入学する事など含めて。
 国立学院の生徒の半数近くが平民ではあるものの、貴族の子息・令嬢も勿論いる。妹は窮屈な社交界やお茶会など苦手で、残念なことに家同士のコミュニティを築けてはいなかったのだ。
 それでいて、自分のところの領民とは変わらないほどに自由奔放で『伯爵令嬢』である自覚がないと言えばそうなるほどの振る舞い……一応、最低限のマナーはあるものの上手くやれているのかも心配だ。
 そんな心配の中で商会の会頭との結婚が決まり、早速その彼の暮らす国へ引っ越しとなった。厳しい貴族間のやり取りこそ軽減されるものの、商会トップの妻となるのだ。結局はプレッシャーからは逃れられないのは運命じみたものがあるのだろうと、手紙で話を知った当初、グレイは頭を抱えてしまった。

 (どうせなら、自由な平民に嫁いでくれたらよかったのに。)

 そんな自由奔放……もとい天真爛漫な妹は、結婚相手と十五年も前に約束を果たそうとしている。その人さえいなければ、妹は十五年も縛られずに済んだのだろうに。兄である自分も心労が軽くなっただろうにとも思った。

 そんな事を考えながら議事堂職員練の門をくぐり、ついに別れのときが来た。勤めてから今日までお世話になった中堅職員ともここまで。「頑張りたまえよ、次期伯爵さま!」と背中を叩かれ、そんな彼に深々と頭を下げて今までの感謝を述べ、ついにその場を離れて行くこととなった。
 中堅職員はグレイの背中が小さくなって姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。貴族令息とは思えないほどフランクで親しみやすい後輩の今後を願いながら優しい眼差しで……。

 完全に彼を見送った数十分後、職員の窓口で珍しい来訪者が現れた。

 「すまない、ひとつお尋ねしたいのだが。」
 「はい。本日はどうなさいましたか。」
 「こちらに、カートン伯爵家のご子息がいると聞いてやってきたのだが、彼はまだいるかな?」
 「カートン……ああ、彼なら先程退職の挨拶をして去ってしまいましたよ。」
 「なんと。遅かったか。」

 厳格そうな壮年男性、身につけているネクタイにある刺繍された紋章からすればどこかの貴族なのは明らか。しかしこの中堅職員は貴族ではなく、大勢の中にいる一人のごく普通の平民。

 「申し訳ありません。カートンに何か言伝でもあれば、こちらからお手紙をお出しする事が出来ますが、いかがなさいますか?」
 「ふむ、それならばお願いしていただこうか。」

 差し出された便箋に持参していたであろう万年筆(ペンの中にインクが入っている大変珍しいもの。中堅職員はそれを初めて見て驚いていた)でサラサラと五行ほど書き、伝えたい事を記した。
 どこかおかしな箇所はないか、見直して少しするとインクが乾いたか確認するためかマジマジと見つめる。確認が終わると綺麗に折って、差し出された封筒にこれまた綺麗に収めた。
 いつもならスタンプをして封印をするが、あいにく自宅ではないので自身の紋章入りのスタンプは出来なかった。しかし、議事堂のスタンプなら届け主は信じてくれるだろうと壮年男性は思った。

 「手間をかけさせてすまなかった。それではこちらをお願いする。」
 「はい。必ずお届け致します。」

 封筒を受け取ると、壮年男性は一礼してその場を後にした。自分のような平民にも礼をするなど、珍しい貴族もいたものだと中堅職員は呆気に取られてその対応に遅れてしまった。
 封筒に記された差出人を確認にして彼が何者か知る。

 「チェン・レッドラン?はて……どこの貴族様だったか?」

 頭をひねって考えるも、議員ではないのは確実。
 それよりもこれを届けねばなるまいと、立ち上がる。

 中堅職員は窓口から早歩きで早馬の元へ行くも、残念ながら待機している全ての担当が駆り出されてしまっていた。これはまたタイミングが悪い。
 カートン伯爵邸の住所が間違えていないか再確認し、『急ぎの手紙』と書かれたポストに投函して、とりあえず一安心となった。

 だが残念なことに、その速達がカートン伯爵邸に届く頃にはグレイはおろか、彼の両親も不在で全てが終わった頃にそれを読むこととなるのだった……。
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