オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第十八話

置いていかれていた

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*****

 サンラン国には少し変わった行事が四月の始めにある。
 『ウサギのいたずら』と呼ばれているそれは、ささやかで冗談めいた嘘をひとつだけ相手について良い日だ。嘘をついていいのはその日の午前中、そして正午には必ず『嘘でした~!』とネタバラシをするのと同時にキャンディを与えなくてはいけない決まりがある。
 嘘ならなんでもいいと言うわけではない。冗談だとわかる嘘、人を傷つける嘘は御法度となっている。ので大事な用件は絶対に『ウサギのいたずら』の日には伝えないようにするのも暗黙の了解となっている。

 (今年は随分とおもしろい嘘をついてきたなぁ~。)

 『ウサギのいたずら』の日ちょうどにキャンディが両親から届いた。添えられている手紙の内容は、妹が正式に婚約をし、結婚のために相手方の国へ今月の半ばに引っ越すとの事。あとはありふれた冗談が綴られていて、それを微笑ましく読みながらキャンディを頬張っていた。
 辻馬車に揺られながら、瓶に入っていた残りひとつのキャンディを手にして口に入れた。

 外の景色は舗装された石畳から綺麗になっている土の道になり、建物も少なくなり遮蔽物が全くないのどかな草原になっていく。所々に花畑があり、それより遠くでは牛や馬がちらついて見える小さな牧場もある。水田や畑も多々あり、農作業している人々が懸命に働いている。
 やがてポツポツと民家が見えてくると、目的の家までもうすぐだと実感させられる。

 「お客さん、どこで降ります?」
 「ああ、ここらで大丈夫です。ありがとう。」

 実家の門からそれなりに離れてしまっている所でグレイは辻馬車から降りた。運賃を御者に渡し、料金が合っているのを確認してもらうと「確かにいただきました」と返ってきた。グレイは礼を言うと、その場を離れて邸宅へと早歩きで向かった。

 今頃は引っ越し作業で忙しいだろうし、辻馬車を玄関前まで行かせるのはさすがによくないだろうと判断したグレイだったが、その予想は大まかに当たっていた。まだ荷物の積み込みまではしてはいないが、屋敷内は少しばかりドッタンバッタンしているのがなんとなく聞こえてきた。
 きっと妹が荷造りの途中で何か本でも見つけてそれを読み耽っていたのが何回もあって、作業が進まなかったのだろうと予想をしていた。

 (全く、ヘルメスは相変わらずだな。)

 だがそんな手のかかる妹でも愛情がある。残された時間、少しでも何かしてあげないと……兄なりに思い遣っているから早めに戻ってきたのだ。肉体労働は苦手だけど、がんばるか。そう思って実家の扉を開けた。

 「ただいまー。」

 グレイが最初に目にしたのはエントランスに山積みにされた荷物と家の従者たちだ。息を切らしてつつも、まとめた荷物に背中を任せてひと段落ついたメイドやバトラー、そして執事のトッドはその声を聞いて帰宅してきたグレイへと一斉に視線を向けた。
 全員が朗らかに『おかえりなさいませ』と言うのだろうと信じていたが、全く違った。……寧ろ『あ。』が正しい。

 そして一拍置いて、絶叫した。

 「し、しまったぁああああ!!!!」
 「グレイ様のお召し物忘れてたぁあああ!!!!」
 「い、いやそれよりも、おかえりなさいませ!?」

 「ぇ、うん、ただいま。なんで疑問系?」

 彼の姿を見たメイド達は大慌てで家中を再び奔走する。トッドは若干その混沌とした流れに押されてしまいそうだったが、グレイを両親の元へと案内する。どうやらサンルームに彼らはいるようだ。引っ越しの手伝いをするつもりだったのに……山積みの荷物を横目にグレイはその場を後にしてしまうのだった。

 (でも確かに両親に帰宅したことを知らせないと。)

 少し悶々とした気持ちではあるが、久々の再会となるのだからと切り替えて連れられてサンルームに足を踏み入れる。楽しげにお茶でもしているのであろうかと思いきや、どうも何かしら疲れてグッタリとしていたのだ。
 もしかして、両親も引っ越しの手伝いを?とは考えたが、そんな様子ではなさそうだ。ようやくひと段落ついた……みたいなか細い声と深いため息を吐いていた。

 「旦那様、奥様。グレイ様がお帰りになりました。」

 トッドのその一声で俯いていた二人はバッと顔を上げた。エントランスにいたメイド達と同じ表情だ。しかしトッドが「まだ採寸のお手紙は出しておりませんので、ギリギリセーフです」と伝えると少し安堵した顔になった。採寸とは、とグレイが口にしようとしたが、父セネルから「かけなさい」と遮られてしまい、空いていた席に着席をした。

 「只今帰りました、父上母上。」
 「お帰り、グレイ。バタバタしている所申し訳なかった。」
 「でもいいタイミングで帰ってきてくれたわ。何か飲む?」
 「あ、今は大丈夫なので結構です。」

 姿勢を正した両親だが、やはり顔色は疲労に満ちていた。何事かと不安になり直接尋ねてみる。

 「……ひどくお疲れのようですが、どうなされたのですか?」
 「あー……と、そうだ。グレイにはまだ知らせていなかった。先に謝らせてほしい。」
 「本当にごめんなさい。私たちも油断していたというかなんというか……。」
 「ちょ、頭をあげてください!お話しを聞いて、本当に謝罪が必要なのかは私が判断しますので、まずはお話しして下さい。」

 力なく項垂れるような頭の下げ方は普通じゃない。家で何か大きな騒動に巻き込まれてしまったのだろうか、だから自分への報せが遅れてしまった……いや、妹の婚姻に響くかもしれないから口外に出来なかったのかもしれない。だから両親が話すまで、それは受け入れてはいけないとすぐにわかった。

 「うん、あのさ。ヘルメスが無事に婚約したのは報せたよね?」
 「はい。十五年前の『懐中時計の人』との婚約ですよね。……まさか、先方が破談の申し入れがあったのですか?」
 「いいや。寧ろ逆だ。あちらのご家族も歓迎して下さっている。……本当に喜んでくださっているんだよ。」

 父が頭を抱えて、唸るような絞り出すような……そんな感じに言葉を詰まらせてしまったので、たまらず母ナナリが言葉を続けた。

 「ヘルメスちゃんは今月の半ばに神海王国ハンクスに引っ越して、向こうのお家で二年くらいお勉強した後に結婚するってお話しだったでしょう?」
 「ええ。さすがに婚約してすぐの結婚はあり得ないでしょう。」
 「そうよね、あり得ないわよね。でもあり得るのよ。」

 「今月末に、結婚式を挙げるってあちらのお家が既に準備していたのよ。」
 「へぇ~生き急いでますね………………………………え?」

 グレイは先程、母親が話していた言葉を脳内で復唱した。

 …………。

 今月末に結婚式を挙げる。
 どういう意味かというと、今月の末日に結婚式を挙げる。
 わかりやすく言うと、今月もう二週間もないのに今月の末日に結婚式をやる。
 つまり要約すると、先月の末日に婚約して今月の末日に結婚式をやる。

 もはや復唱というよりも、わかりやすく脳内変換をして理解を深めただけである。

 「今月末に結婚ですってぇええーっ!!??」

 ……その絶叫は悲鳴ともとれなくはなく、響き渡ったグレイの声を聞いた屋敷のものたちは『ああ、似た者親子だな』と息をついたそうな。
 
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