オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第二十話

夢の一歩を踏むまでに

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*****

 二人が店を後にして丘を降りきった頃には、空は少し茜に染まっていた。
 あの後、会計を済ませようとするも『いえこれはご迷惑をかけたので受け取れません!』『いいやこれは対価を払うべきだ!』と店長とマリセウスが押し問答をしていたので、それで少し時間がかかったのかもしれない。

 辻馬車に乗って大通り方面に戻るかと思ったが、王都の端にあるグリーングラス商会の事務所へと寄ることとなった。
 もうすぐ会頭(もとい王太子殿下)が結婚するということもあり、ヘルメスも事務所に入ったときは彼女が挨拶してくれたのもあり、職員たちも我が事のように喜んで挨拶をした。
 従業員一同は温かく迎え入れてくれて、気が早い人は『まぁ、可愛らしい奥様ですこと!』と声を上げた。
 奥様、と聞いたヘルメスは真っ赤になりながら「ま、まだ籍は入れてないですよぉ~……」と恥ずかしそうに、だけども嬉しそうに応えた。それがまた一段と愛らしくて胸を抑えながら「かわいすぎるだろ……っ!」などと軽く悶えたマリセウスなのであった。もはや様式美。

 例のコーヒードリップの件や、丘の上のあのレストランテを如何に宣伝するかの企画を口頭で説明をして、後日その店に特許権や商標権に詳しい専門家を連れて商会の副会頭が赴くように頼み終わる頃には宮殿からの馬車がやってきてくれた。去り際も従業員たちは二人の結婚を祝福してくれて、改めて幸せを噛み締めたマリセウス達は全てのやりたい事を終わらせ、無事に帰路へ着くのであった。

 「はー……充実した一日でしたね。」
 「本当だね。後は帰って、心地よい疲労を回復するだけだ。」

 馬車の中で向き合って座る二人は満足げな顔をしており、ヘルメスに至っては少しウトウトし始めてきている。抱えている手提げ袋は何度も抱きしめていたため、少しばかりクシャクシャになっていた。中の冊子が無事だといいのだが。

 「宮殿まで時間があるだろうし、少し寝ていてもいいんだよ?」
 「大丈夫です。マリス様と過ごす時間なのに、そんな勿体無いことは出来ませんよ。」

  窓はレースのカーテンを閉め切っているため、外から中の様子はわからないがこちら側はなんとなく見えている。
 街の飾り付けも入国してきた頃に比べたら賑やかになってきており、まるで隣や向いと競うようなド派手なものまで出てきている。それがおかしくて思わず笑ってしまうと、ハンクスに来たばかりの自分の心境と今の気持ちに余裕が生まれていることがわかった。

 (不思議だなぁ……。)

 まだ王太子妃になるというプレッシャーはあるし、王妃になるのも絶対的な将来に息苦しさを感じているのはある。それでも笑える余裕があるのが不思議ではあるものの、短期間に受けた濃厚な妃教育の賜物なのだろうと。
 そんなハードスケジュールを乗り越えられたのも、好きな人のためになるから頑張れたのだ。
 適当な安っぽい物語によくある『愛の力があれば』の一節は、『自分達は相思相愛であるのを見せつけるのだ』という中身のない花畑の意味ではなく、『相手を思いやり、相手を幸せにしたいから惜しげなく努力する。愛しているから』が真意なのだろう。

 結婚をすれば王家に入る重圧のせいで彼女がマリッジブルーになってしまわないか不安だったマリセウスだったが、ヘルメスが外を見て笑っている姿を見るとそれは杞憂だったと心から安堵した。しかしながら、問題はまだ残っている。
 なんせエヴァルマー家の治める神海王国ハンクスは世界で唯一神秘が集う国。その神秘欲しさに諸外国の王家や国家が未だに王太子の妃の椅子を狙っている。正妃を娶ればあらかたの国家は大人しくはなるだろうが、それでも卑しい者達は側妃の座すら狙っている。
 貴族の家柄でも言えるが王家の女子に生まれた者は政略婚の宿命ではあるが、やはり人を道具扱いにしている事象には酷く抵抗感を覚えてしまう。それ故にマリセウスは、王族らしく振る舞っているが王族らしからぬ思考があると一部の臣下に思われていたのだった。
 そして国内貴族の反発も予想される。これまで数多の縁談を蹴り続け、妃として迎えるのは小国の片田舎育ちの伯爵令嬢。恐らく反王太子派の矛先はヘルメスにも向けられることを予想される。王太子本人やその側近達に攻撃が届かないのであれば、恋愛結婚である王太子にとって最大の強みであり弱点である妃を狙うのは理にかなっている。
 本来ならば、自身が率先して彼女を守るべきである。だがそれこそ思う壺……雉も鳴かずば撃たれないとはよく言ったものだ。だからこそ、ヘルメスには自衛も出来るようになって貰わねばならない。

 (守りたいのに、守れないというのはこんなにも辛いものなのか。)

 そんなジレンマに胸中は複雑そのもの。だが目の前の彼女を信じてあげないと、逆に傷つけてしまうだろう。
 マリセウスは笑みを絶やさないヘルメスを見て、つられたように笑って馬車の中の空気を穏やかに保ったのだ。

 やがて馬車は宮殿の外邸と内廷の間にある庭へと到着する。すっかり日も沈んでいるものの、光石の灯りが石畳まではっきりと見える。
 ほんのりと微睡んでいたヘルメスは停車する感覚で目を覚ますも、まだ頭がぼんやりとしてしまってる。
 大丈夫かい?とマリセウスに軽く頭を撫でられると、それがなんだかふかふかの枕のような安心感があったのか本格的に眠りに落ちそうになる。

 「ぅ……ふふっ。」
 「ああヘルメス、もう少しで夕食だからそろそろ起きよう?」

 本当はもっと無防備で溶けそうな寝顔を見ていたいが、いかんせんもう帰宅してしまったのだ。それに結婚すればいくらでも見れる……同衾どうきんする所を想像をしたら、うっかりまた悶絶してしまいそうになるも耐え切って先に馬車を降りて彼女を誘導する。
 手を添えて少しふわふわしたようにステップから降ろしてくれるが、やっぱり眠気には敵わなくて石畳に両足が着いた途端にマリセウスの胸板に寄りかかってしまった。勿論寄りかかられた本人は、「ひゃぃっ!?」と甲高く驚いた。自身は昼間はあんなに大胆なアクションをしたというのに、やはり突然のスキンシップはドギマギしてしまった。
 このままでもいいかなとは思ってはいるものの、一応従者や侍女が見ている。ウトウトしている彼女を揺すり起こそうとするも動く気配がない……どうしたものかと悩んでいると、外邸から誰かがこちらに向かって走ってくる。それは彼の最側近のネビルだ。

 「お帰りなさいませ殿下。お戻り早々でありますが、火急の報せが……あっ。」

 マリセウスの胸に寄りかかって、もはや完全に寝落ちているヘルメスが目に入ってしまい、「あの、お楽しみの所申し訳ないので後で……。」とネビルは踵を返して戻ろうとしたが、マリセウスは慌てて制止した。

 「ま、待て待て!火急の用なのだろう!?」

 その大声でヘルメスはパチリと目覚める……とは言うものの、まだ半分寝ぼけている状態。その為、自分が婚約者の胸板で眠っていたなどという大胆なことをしている自覚がまるでなかったのだ。……恐らくヘルメスはどこでも寝れるくらいには肝が据わっている。
 目をこすりながら、無意識ではあるもののネビルの方に体を向け話を聞く姿勢になっていた。その様子を見て、ネビルはああよかったと漏らした。

 「ヘルメス様にも関係のあるお話なので、聞いて下さると助かります。」
 「ぬぅ……そーですかぁ?」

 ネビルは一呼吸おいて告げる。

 「カートン伯爵家の方々が、明日の昼頃に王都に入られる予定です。」

 「ふぅうん………………ん?」
 「…………明日?」

 ここまで保っていた穏やかさと安堵感、それと眠気が一気に吹っ飛んだ。
 『明日だってぇええ!!?』という声が重なった絶叫と共に。
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