オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第二十一話

ある日の温度差

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 遡ること二日前。カートン伯爵家は馬車を細かく乗り継いで神海王国ハンクスに入国していた。カートン邸から王都ボールドウィンまでは早くて一週間、遅くても十日ほどはかかる道のりである。
 しかし、ここで思わぬアクシデントと奇跡が同時に起こった。それは四月二十一日……予定ではあと五日ほどでマクスエル領に到着するだろうという所、馬車を引いてくれる予定の馬が具合を悪くしてしまったのだった。なかなか代わりの馬が見つからず、こればかりは仕方ないと足止めを余儀なくされるのであったが。

 「グレイ、落ち着きなさい。そんなに部屋をぐるぐる回った所で馬が見つかるわけではあるまい。」

 それはそうなのは理解している、それでも動かないと落ち着かないと言われた本人はそう答える。グレイは足を止めたり落ち着きなく眼鏡を掛け直したり、とにかく焦燥感が心を占拠していた。
 出立してからグレイは妹の心配……というよりも、不躾な妹の婚約者に苛立っていた。確保してくれた宿泊先のホテルはとても居心地がよく快適で、婚約者が父に手渡してくれた手形でスムーズに関所を通らせてもらい、立ち寄ったグリーングラス商会店舗の買い物は割引をしてもらえるなど……もう至れり尽くせり。ありがとう、と言いたいが無茶なスケジュールを敢行しているのにはやはり怒りたい。相手が自分より歳上で貴族社会にも影響を与える人物であろうと、妹と結婚をするのであれば自分は兄に当たるのだ。これくらいの文句なら言えるはずだ。

 「それにしても、ここのホテルも素敵ねぇ。こんな綺麗な運河を望めるだなんて。」
 「ああ。確かメルキア帝国との国境にもなっているあの河川が上流だろう?」

 グレイの落ち着きなさと打って変わって、カートン夫妻はのんびりとしている。元々は観光も兼ねての余裕ある旅程であるため、ここまでの三日間は随分と楽しんでいたのだ。その都度、王家から派遣された騎士にそこに宿泊した日付と次の日以降の予定を書いた手紙を渡して届けてもらっていた。
 予定通りとなってはいるが、『今日は馬車が出せないやもしれません。ここにもう一泊します。』とセネルは妻ナナリと会話をしながらその手紙を書いて、いつものように騎士に手渡した。それを受け取るや直様動き出した……相変わらず仕事が早いと思わず感心してしまう。

 「この運河って、海に出るのでしょう?みんな外国船なのかしら。」
 「地図によると……ええっと、あったあった。上流からアスター大陸を出て諸外国に行くにはこのルートは使えないみたいだね。」
 「あら本当。海に出る場所みたいなところに堰き止めが描かれているわね。」
 「この運河は随所に停留所みたいなのがあって……例えば私達がいるここから下流の街や集落に荷物を置いて、また河を下って次の街へ荷を降ろすって感じなのかな。」

 神海王国ハンクスはメルキア帝国と並ぶ大国、とは言うものの領土面積と人口は圧倒的にハンクスが上回っていた。しかしその分、運送業はかなり苦戦していた。ハンクスはアスター大陸の玄関口と呼ばれており、輸入は勿論のことだが輸出する物も山のようにあったわけで。そのせいか王都への輸出品の運送を含めて全ての街、村、集落に充分な物資を届けるためには荷馬車の確保もそうだが馬が問題だ。なんせ大荷物を積んで進むわけなのだから、そこらの馬にいきなり轢かせるのは無理な話。荷馬車を轢けるようにさせるために育てるのにも五年近くかかり、力のある馬の数は限られている。最悪の場合、過労で死んでしまうこともあるのだ。
 この物流問題は無事に解消されることとなったのは今から十年ほど前、発案から建設終了の年数を含めれば十四年前になる。今でこそ大きな運河ではあるものの、当時は小舟ばかりが多く通っていた河川ではあったが……当時の王太子がこれを広げる計画を立てたのだ。
 人員集め、地元住民の理解、河川完成までに物流をどのように円滑化させるか……多くの問題を乗り切って三年半ほどで増設計画は完了し、そのわずか半年で物流問題は改善したのだ。
 当時のハンクス国民から信頼を得て、またハンクス貴族たちからは『ようやく功績を得てくれた』と安堵したそうな。

 「当時の上位貴族達のほとんどが反王太子派だったのに、国民の心を一気に掴んだのだから中立派と王太子派に寄ったって話だ。」
 「やっぱり、民の心を掴んだ王族を敵に回したくはないものね。でもまだ反王太子派はいるのでしょう?」
 「まぁ……残念ながらいるのが現状だね。でも反対意見があることは悪いことじゃないって殿下も申していたから、その点はあまり気にしてないんじゃないかな?」
 「それならいいけれど……ヘルメスちゃんは大丈夫なのかしら。」

 ある程度の覚悟はしているが、娘が嫁げば反対派の人間に攻撃されてしまうことは必須。上手くやりきってくれればいいけれど……と夫婦は不安を口にするが、落ち着きのない息子にはそれが耳には入ってきてはいなかった。
 そんな談笑よりも現状を打破したく、何かないかと頭を働かせている。妹の結婚に関しては完全に置いていかれていたせいもあり、グレイはなんとか色んな事に対してみんなに追いつきたい気持ちで焦っていたのかもしれない。
 そんなグレイの気持ちに反して窓の外を見ている両親は朗らかで、運河は気持ちよく流れに任せて下り、流れに逆らって登る船が行き交っていた。

 (船だったら王都にすぐに到着するのに……。)

 この運河の終点は王都ボールドウィン。船さえ確保出来ればいいのだが、カートン伯爵家はそんな予算はない。
 別に過度の節約をしていたり財政難でもないのだから船一隻ほど借りるのは苦ではないのだが、この家族は贅沢することを知らない。『足りるを知る』が骨の髄まで染み込んでいて、贅沢する必要性を感じない貴族としてはなかなかに珍しい家なのだ。そんな余裕があるのなら領民に還元する、それがカートンの考え方。グレイもまたそうなのだが、今回ばかりはそんな理念を変えてしまいたいほどの焦りが募っていた。ふぅ、とため息をついて手洗いにでも行こうとしたと同時に両親が驚いたように声を上げた。

 「あら?あれって、ベンチャミン公爵ではないかしら?」
 「え?……あっ!本当だ、船から降りてきている!」

 それは、カートン領と隣接している公爵領の領主……イズール・ベンチャミン公爵の姿だった。

 ベンチャミン公爵家はサンラン国を支える貴族の一角であると同時に、国内では数少ない諸外国へ特産物を輸出している前衛的な行動派として知られている。自国のものがアスター大陸より外へ通じるのかと不安がる面々のため、自ら一歩踏み出して自国の誇りと自信を証明すべく、娘と共々道を切り開いている。一言で言い表すなら、彼らを開拓者と呼べばしっくりくるだろうか。
 船から降りてきたのはイズールと娘のベティベル、もう一人は地味な少女……どこかで見覚えがあると両親と共に窓の外を見ているグレイは思い出そうとしていた。

 「レイチェルさんもいらっしゃるということは、彼らもヘルメスの結婚式に招待されたのかな?」

 だとしたら挨拶しないとだなーとセネルが腰を上げる前にグレイは閃いた。

 「そうだ、乗せてもらおう」という図々しいこの上ない考えが。
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