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第二十一話
かわいいすれ違い
しおりを挟む時は四月二十三日に戻る。
「……兄が、本当に、申し訳ありませんでした。」
「いいのよヘルメスちゃん。それだけ余程、あなた達の結婚式が楽しみだって事なのでしょうし。」
つまり運河が望める宿泊施設に滞在していた所、馬が見つからず一日ほど足止めをしてしまったものの、運良く仲の良いベンチャミン公爵が船でやってきて、ヘルメスの兄であるグレイが乗船させてほしいと無理な頼みを快く受けてくれたおかげで予定よりも早く王都に到着する運びとなった。
のんびりと楽しみたい両親の時間をぶち壊して、その上友人達にも迷惑をかけるだなんて……グレイの生き急ぐとも取れる失礼な行動で眠気が一気に吹っ飛び、ヘルメスは頭を抱えてしまった。
その後、ヘルメスとマリセウスは国王と王妃にその事を知らせを兼ねての夕食を囲み、食後のお茶をしながら報告をした。……今まで自分のことで頭を下げてくれる兄の姿は見ていたが、今回ばかりは自分が兄のことで頭を下げずにはいられなかった。
「それで、顔合わせはどこにする予定なんだ?」
「あー……。一応、候補はあるのですが。」
若干歯切れの悪そうに、昼間に行った丘の上の店の事を話した。
メニューの豊富さや店の雰囲気はヘルメスも気に入っており、海も望めるためカートン一家にも楽しめる風景となっている反面、立地とアクセスの悪さを考えたらそこでいいものかと悩んでいることを国王に話した。
マリセウス達は途中から走って登った坂道だが、なんせ自分達の家族は走り込んではいないだろうからアレはキツイかもしれない。馬車も通れないし人力の車ですら厳しいのが正直なところだが……。
「なんだ、お前が走って登れるなら私とてそれくらい余裕だ。」
「それにちゃんと舗装されているのなら、踵のない靴で歩けばいいだけでしょう。貴方達が気に入ったお店に行けるの、楽しみだわぁ。」
しょげているヘルメスの頭を撫でながら朗らかに答える王妃テレサと未だに息子と張り合おうとする国王デュランは即賛成した。少しばかり意外だったのかマリセウスは面食らった顔をしたが、その反面嬉しかったのかほんのりと笑った。
「それで日程は?」
「挙式の日が迫っている故急いで……ですが明日はさすがにカートン伯爵家は旅の疲れで厳しいかと思います。ので明後日の二十五日に行います。」
「わかった。なら、それに合わせて執務はキリよく進めておこう。……で、だ。ヘルメス嬢。」
しょんぼりしているヘルメスは呼ばれて背筋を伸ばし、姿勢を正した。別に今は謁見でもなければ公式の場でもないのだからリラックスしてくれればいいのに、とは親子三人は思ったものの……これから義理とはいえ家族になるのだから礼を欠いてはいけないのもわかる。
そのうち自然体に接して行ければいい、その日が待ち遠しくもあるとエヴァルマー家は心からそう願い、ほんの先の未来に楽しみを見出した。
「明日、離宮から宮殿に引っ越して来なさい。」
「えっ?」
「ん?どうかしたか。」
「あっ、いえ失礼しました。まだ籍を入れてないのに宮殿に来るのは良いものかと思いまして……!」
それはそうだ。婚姻の届けもまだ提出はおろか書いてもいない。ヘルメスはまだサンラン国の伯爵令嬢の立場のままである。僅かな期間とはいえ、その身分のまま神海王国ハンクスの王族の居住地へ身を置くことになる。かなり畏れ多い。 だけどもヘルメスにとってはそれだけではない。マリセウスとひとつ屋根の下に暮らすとなる、それがとても嬉しくもあるが緊張もするのだ。
結婚して夫婦になるということはそういう事なのだが、妃教育を目まぐるしくこなしてきたせいもあるのか、もはや離宮が自宅と化してしまっていたので、宮殿で暮らすこと自体頭からすっぽり抜けてしまっていた。
しかしそんな彼女よりも嬉しくもあり緊張をしており、「彼女が自室のふたつ隣にやってくる」と理解した男がそこにいた。そして妄想した。
朝起きたら朝食を摂るのにダイニングに彼女がいて、その日の気まぐれのフォカッチャを共に食べて今日の予定を尋ね合い、外邸に向かうときは共に歩み、それぞれの執務室へ別れるまで昼食はどうしようかなんて話して、昼時もお茶をしながら互いの進捗を話したりして、夕方は仕事終わりに浜辺で共に走り込みをして鍛えて、夕食はちょっとアルコールを飲んでからひとつの寝台で就寝する……などという生活サイクルが脳裏によぎったのだ。
さすがにこれは出来すぎなのでは?しかし、可能性は十分にあり得るわけだ。でもひとつのベッドで寝るのは挙式後だろう。そう考えたら顔が途端に情けなく崩れてしまう。見られるわけにはいかなくて、たまらず両手で自分の顔を覆ったのだ。
「……マリス様?どうなさいました?」
「い、いや。その……君と生活することを考えたら、ちょっと照れてしまって。」
「ぅわ、うちの息子ウブすぎ……?」
「黙れ親父。」
辛辣なツッコミを入れる。その時の顔はさすがにキリッとしていたので破顔していたのはバレてはいなかった。
そういえばとヘルメス。彼とどんな生活をするのだろうかと想像をしたことはなかった。妃教育から察するに、王太子妃としての振る舞いが朝から晩まで求められるのではなかろうか……そう考えて妄想してみた。
朝起きてアレコレとスケジュールを組まれて、朝食も健康的かつ量も少しぐらいしかなく、外邸でこなす執務のほとんどが人脈作りと派閥の把握、時折王太子のフォローで昼食も社交会と繋がりを作り為にランチ会などもやるだろうからいつものようにガッツリ食べられない。夜になると国内貴族から誘われた夜会にも参加して顔を覚えてもらう。それが終わったら唯一の楽しみの走り込みでようやく一日が終わる……という生活サイクルが真っ先に浮かんだ。
さすがにこれは過酷すぎるのでは?しかし、可能性はかなりある。だとしたら日常にマリセウスがなかなか入ってこないのは辛すぎる。大変な責任を背負うのはわかっていたが、好きな人と過ごす時間があまりないのは絶望するしかなく、どうすればいいのかとヘルメスはまた頭を抱えてしまったのだ。
「ヘルメス?どうしたんだい!?」
「い、いえすみません。妃教育のことを思い出したら……今より頑張らなきゃって。」
「ぅわ、うちの息子、自分の嫁を追い詰めすぎ……?」
「黙れ親父。」
マリセウスは国王と少し小突き合いする軽い親子喧嘩をしてしまい、初めてそれを見たヘルメスは驚いて止めに入ることとなった。
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