オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第二十一話

世界を閉ざした日

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 その翌日。ヘルメスが妃教育をしている傍らでは離宮内は引っ越し作業に追われていた。
 バタバタと忙しなく騒がしいと思っていたのだが、予想以上に物音を立てずにスムーズに進められている。宮殿内廷のヘルメスの部屋となるそこには実家から運ばれてきた荷物があるのだが、希望する部屋のレイアウトを簡単に伝えてそれに合わせて家具の配置を昨日までに目処を立たせたとのこと。あとはこちらから運んだものを自分たちでやるという仕事だけを残してくれたそうだ。それにしても手際が良すぎる。
 昼となり、昼食をターニャと共にとったヘルメスは午後の引っ越し作業の手伝いをするため動きやすい服装に着替えようとするも、『妃殿下がやっていいわけないでしょう』とターニャに首根っこを掴まれてあっさりと退場させられてしまったのだ。まだなってはいないとはいえ、王太子妃なのにこの扱いである。

 「どうせやるのなら、離宮の方々にご挨拶回りをしてきなさい。」
 「挨拶回りしたら引っ越し作業の」
 「手伝いはしなくてよろしい!」
 「はーい……。」

 同じ体育会系なのにどうしてこうも違うかなとヘルメスは頬を膨らませた。
 その後ターニャは別件で宮殿に呼ばれてしまい、その場から離れることとなったが、キリコに『絶対に引っ越し作業をやらせないで下さい』と釘を刺した。なんという手回しのよさだろうとさらに拗ねてしまった。

 彼女が出来る作業は自分の身につけているアクセサリーやドレス、他の普段着をケースに入れることぐらい。他の淑女と違ってヘルメスはあまり関心のないもの……つまり数が少ないためあっさりとそれらの荷造りは終わってしまった。
 挨拶回りでもしようと思ったが、まだ作業の途中とあって従者達に声をかけるのが忍びなくなっていた。じゃあせめて使っていた部屋の掃除でもと思ったが、こちらは先回りされておりすっかり綺麗になっていたのだった。
 そうなるといよいよやる事がなくなり、落ち着きもなくなったヘルメスは動き回り始めた。
 途中までは見張も兼ねていたキリコもいたのだが、人手が必要な作業が出来てしまったため『絶対に大人しくしていて下さい!』と離れてしまい、大人しく出来るわけがない王太子妃候補はついに離宮の探検を始めてしまったのである。
 とはいっても、この離宮は言うほど広くはない(だが実家の屋敷よりはやや広い)。おまけに地上三階建て、上の階には一度も行った事がなかったヘルメスの好奇心を止めることなぞまず無理である。自室だった所と妃教育で使っていた部屋は同じ階層にあり、似たり寄ったりの部屋が多くことから二階の探索は後回しにして……未境地の三階へとついに足を伸ばしたのだった。

 三階まで玄関ホールは吹き抜けになっている。おかげで下で作業している従者たちがよく見える。その様子を見ているとキリコらしき人物がその中にいるのもわかり、『よしよしバレてない』と『私が大人しくしていると思ったか』と勝ち誇った気分になり鼻で笑った。
 その吹き抜けに沿うように続いている廊下を渡り、早速探検をしようとするも……扉の作りや天井の高さはほとんど同じであり、しかし最上階とあってか天井の一部はガラス張りになっていた。

 「太陽の光をああやって取り入れて、光石ライトニングライトの照明に蓄積しているんだ。これはいいアイディア……わざわざ交換する手間が省けるから効率的でいいなぁ。」

 もしかして最上階の部屋もそうなっているのかと思ったヘルメスは近くの部屋を覗いてみた。今この離宮で生活しているのはヘルメスただ一人(メイド達は別練の住居スペースで生活している)だったというのもあってノックもせずに扉を開ける。
 しかし真新しいものは何もなかった。部屋の間取りも寝具がないだけで、自分の部屋だった所と同じなのだ。しかし窓の外の景色は違った。部屋の位置が違うのは勿論だが高さが一階上になっただけで城下町が辛うじて見えそうな風景ではある。ヘルメスは生活していた部屋でよかったと思った。こんな中途半端な景色より、一面の緑と馬が放牧している姿が目に入る窓のが落ち着くし心が休まった。

 「他の部屋もおんなじレイアウトかな……離宮だからって間取りは統一されているのも疑問に思う。」

 ふんふんと独り言を呟きながら片っ端から部屋を開けようとそこから出た時、初めて突き当たりの部屋の扉を見つけた。ずっと天井を見ていたから気が付かなかったが、その部屋だけ扉の色が違い、黒に近いブラウンで廊下の壁紙と似合わない異質な存在を放っていた。……まるで、この中から孤立することを願っているようにも見えた。

 「……なんだろう。」

 興味、関心の琴線に触れると止まらなくなるヘルメスではあったがそれとは別に正体不明の心情が湧いて出た。途端、周囲の物が視界に入らなくなり足は真っ直ぐダークブラウンの扉へと自然と向けられる。
 両開きのその扉の前に立つと、特に何も変哲のないそれを凝視してからドアノブに手をかけ回し、カチャリと音を立てて開けた。
 また簡素な間取りだろうかと思っていたが、もうひとつ扉が現れた。とは言ってもチェック状の曇りガラスの入った扉。その時点でこの部屋だけは特別なのだと誰もがわかる。曇りガラスとは言え何か家具が配置されている場所が大まかにわかる。しかも扉からさほど離れていない……貴族の自室でも、ソファや腰かけるものは部屋の出入り口からそれなり離れているのに近すぎるのはなぜだろうと疑問を持ったヘルメスは、一拍おいてそれを開放した。

 「……わぁ。」

 抜けた声を上げるのも無理はない。
 扉を開けてすぐに目に入ったのは、一人用の腰掛けソファらしきものが簡素ながらも丈夫そうな長机を挟んで対面に置かれている。埃除けの布がしっかり被せられているが、ちらりとめくって確かめるとやはりソファだった。だが、ふたつとも離宮にはそぐわない安い物のような腰掛けだなと感じた。
 そこからほんの少し離して置かれていたのは、背にパーテーションが立てられている執務に使う大きな机だった。これも頑丈そうだが、王族も出入りをするであろうここにはあまり似合いそうもない代物ではある。
 部屋全体を見渡すと、もうふたつほど部屋があるのがわかった。ひとつは扉がなくそこを覗くと台所になっていた。コンロや水回りも備えられており、ここで調理が出来るのは目に見てわかる。部屋の主人の不在が長いからか、さすがに火炎石フレイムライトは外されていたので安全面は問題ない。
 それが終わると隣の部屋の扉を開けると、脱衣所とバスタブ、トイレがあるバスルームとなっていた。集合住宅の『ユニットバス』と呼ばれるそれを初めて見たヘルメスは「これが!」と驚いて声を上げてしまった。
 離宮で勤めている従者が定期的に水を流しているのだろう、匂いも汚れも特になく、常に清潔感が保たれていることにも感心した。

 と、ここまで来てこの部屋の異質さに気がついた。
 ヘルメスが過ごしてきた部屋は寝台もテーブルも、勿論ソファもあったが一人では寂しすぎるような大きさでバスルームもトイレもそれぞれ別々であり、広さも十分にあった。
 しかしこの部屋は不思議だ。ソファは耐久年数が短そうなもので机は丈夫そうだがどれも作りが粗い。サニタリールームは脱衣所も兼ねているので狭くて圧迫感もある。実家はお世辞にも広いとは言えないが、仕切りがあるくらいのスペースはあるというのにおかしな話だ。極め付けが何故ここに台所があるという事実。仮に介護だとしても、このゆとりのなさはよろしくはない。
 こうなるとすぐにでもベッドは見つかるだろうとバスルームを出て探し出そうとすると、あっさり見つかった。その場所はなんと執務机のすぐ後ろにあったパーテーションの裏にあったのだ。マットレスや枕、布団などはなく寝台だけがポツンと置かれており、この部屋の最奥部となっている所は三方向の出窓になっていた。
 窓枠の下枠の高さはヘルメスの腰あたりまでの高さになっており、その広い下枠に寄りかかって外をぼんやりでも見るためなのか……また安そうな木製の椅子がそこにあった。何気なく窓のハンドルを捻って開けようとするも、拳ひとつ出せるかぐらいの広さしか開けない。
 窓の外の景色は、城下町がはっきりと望める素晴らしい見晴らしだった。

 ……だけども、心から素晴らしいとは思えなかった。
 部屋の広さは他と同じはずなのに、圧迫感だけではなく妙に『寂しくて悲しく』感じる。
 プライベートも仕事も分別出来ないような間取りは息苦しくもあり、この狭い部屋だけで全てを完結させようとする意図がある。

 「……マリス様だって、こんな事しないのに。」

 趣味は仕事、息抜きも仕事、イキイキするのも仕事の婚約者をふと思い出した。
 彼は先日の出かけた日も行き先で、偶然にも喉から手が出るほど欲しかった技術と商品の対面をしたときは目を輝かせたが、彼はデートの最中だったのわかっているから早々に切り上げてくれてお茶に付き合ってくれた。
 聞けばたまにワーカーホリックな面があるのだが、全てを一人で終わらせないようにしていた。政は民の声から、領主の懸念から汲み取り商売は世間の声から、そして消費者の要望から汲み取る。
 だからこそ彼はイキイキしているのだろう。人と繋がり世界を無限に広げていく、これを「趣味」と肯定するのは悪いことではない。
 この部屋はそんな彼とは真逆の空間になっている。建設的で合理的、効率最優先で息苦しくて、何のために生きるのか……だが飽くまでこれはヘルメスの推論にすぎやしなかった。
 部屋の主はもういないのだろう。どのくらいの期間かはわからないがきっと長い間、誰も過ごしてはいない。だから寂しくて悲しい気持ちに支配されるのだ、そう結論づけた。

 「……もう、行こう。」

 何かに囚われたかのようにネガティヴな感情が湧き上がりかけたとき、ここにいたら無条件に嫌な人間になりそうな気がした。
 ふたつの扉をしっかり閉じて、ヘルメスはキリコにバレる前にそそくさと自室に戻るのであった。

 それから数時間後、宮殿外邸に勤めている貴族たちは口々に話していた。
 『王太子の婚約者が、ついに宮殿入りした』と。
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