オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第二十三話

アオハルなんて知らないよ

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 *****

 グレイがようやくのたうち回るのをやめたのがその数分後。体力が底をついたのか指一本動かせなくなり、ぐったりと仰向けに寝そべったまま微動だにしなくなったのだ。……よく見たら気絶したらしく、白目を剥いていたそう。
 いい加減に丘の上のレストランテに行きたいのだが、放置したら美術館側に迷惑がかかるのでどうしたものかと悩んでいた所、最初はベルドナルドがおぶって行こうとなったのだが彼にはヘルメスの護衛の任がある。
 ジークがいれば任せたかったが、先日の詰所破壊事件で人手が不足してしまったらしく今日の合流は難しい。
 ならばとマリセウスが自ら手を伸ばそうとしたが、さすがに周囲が止めに入り……周囲で一般人に扮装した近衛兵らに順番でおぶってもらうこととなったのだ。その前に、一般人にそんな事をさせていると誤解されるので、予めにグリーングラス商会の制服に着替えてもらった。
 さすがのカートン夫妻も頭を下げまくり、ヘルメスも申し訳なさからずっと国王夫妻と近衛兵らに過剰なまでに謝罪したのであった。

 「本っ当に……兄が大変、お見苦しいところをお見せしてしまって……申し訳ありません。」
 「ヘルメスのせいじゃないよ。きっと兄君には何か思う所があったのだろうし。」

 しかしベルドナルドの話通りに襲って来なくて内心はホッとしていた二人。マリセウスが思うに、兄君からはあまり良い印象を持たれてはいないのだろうと察していた。
 妹が知らない男に取られる不安もあったろうに、とここまで口にしたがヘルメスはホテルで友人に会った際に『話に入って来れずに孤立していて八つ当たりしたかった』らしい……。とんでもなく寂しがり屋なのだなと。

 「だけども私のことは既にお話しされていると思っていたんだが。」
 「両親が言うには、お手紙に詳細を書き記して伝えたはずだと……あっ、多分今月末にいきなり挙式を上げるから、それを伝えそびれたせいなのかも。」
 「それは落ち度はこちらにあるさ。兄君が目を覚ましたら、私達からも謝罪するよ。」

 二人は腕を組んでのんびりと坂道を歩いていた。先に行ったヘルメスとマリセウスの両親は、だだっ広い野原をこれまたのんびりと歩いており、「確かに何もないな」と口々に溢していた。
 目新しさもなく、ただ本当に坂を登るだけ。これはあの店に人を呼べるようにするにはなかなか骨が折れる。
 ただ、そこから見下ろす景色はとても良い。街が小さく見えて緑と海のコントラストが美しく、時間がゆっくり進むような感覚がある。カートン夫妻はそれが新鮮で街を見下ろして海原を見て、また街を見下ろす……そんな動きをしている所がヘルメスの両親らしくてマリセウスは微笑ましく見ていた。

 「お店の為にここの景観を損ねるのは抵抗ありますね……。」

 同じく、自分の両親が楽しげにしているのを見ていたヘルメスはポツリと溢した。

 「そうだね……。アクセスの便利さも必要かもしれないが、やはり自然の景色と街が融合しているのは魅力的だから、今度それを含めて話してみるよ。」
 「ありがとうございます、その……お仕事の事で口を挟んでしまって申し訳ありません。」
 「いいや、まだ企画を始める前だから構わないよ。初動でそのアイディアを出せば、あとはスムーズに物事が進みそうだ。」

 でもなんだかワガママを言っているような……そんな顔をしているヘルメスだったが、彼女の両親が楽しげにしている様子と自分の両親が穏やかにしているのを見ていると、景観を損ねないのが第一だとマリセウスも確信していた。
 だから『意見が合ってよかったよ』とフォローする。

 「ここから他の意見も取り入れて、ぼんやりしている理想を固めていく事が出来るよ。君に背中を押して貰えたようで私は嬉しいさ。」
 「そ……そう、言って貰えたら、よかったです……。」

 また頬を染めて照れてしまっているその姿が愛らしく、マリセウスの胸を鳴らす。何度も何度も、彼女の照れた仕草を見てきているというのにときめきは全く尽きる事がない。……結婚したら大変なことになるかもしれん、愛しさのあまりに心臓発作とか起こるかもとちょっと不安になる。さすがに考えすぎだ。
 あまりの愛しさを振り撒くものだから、もっとその表情を見てみたくなり、腕を掴んでいる小さな手の上に自分の空いている片手を添えてみた。すると予想通りに驚いてこちらを見上げる。快晴の青空のような瞳を大きく見開いて、彼の顔を直視する。……その綺麗な瞳に自然と、頬を緩ませて笑うと夕日に染まった海のように、彼女の顔はまたさらに紅潮したのだった。

 ヘルメスはというと、そんな些細な彼の動作に嬉しくもあり照れ臭くもなり……以前ここでキスをする寸前までの出来事が一瞬で蒸し返されてしまい、その恥ずかしさから彼の腕から離れてしまったのだ。

 「ぇ、えっと……、あっ!この革靴、ありがとうございます!サイズもピッタリですっごく動きやすくて、まるで何も履いてないみたいでとても軽くて……すっごく動きやすいです!」

 ……人はなんで心臓が跳ね上がって暴れるように鼓動が速ると、冷静にはなれないのだろうとヘルメスは思った。語彙が突然なくなって同じ感想を二度も言ったことに関して少し恥ずかしくなった。
 それをわかっているのかわかっていないのか、「それはよかった」と優しく笑顔になる彼にまたときめきを禁じ得ない。
 だから余計に誤魔化そうと動き回る。いかにこの革靴が柔軟で活発的な自身について来られるかを披露するように……、奇しくも顔を近づけたあの日と同じ階段で飛んで跳ね回ってみせた。さすがに危なっかしいこの上ない。

 落ち着きなく動くヘルメスを愛らしくは思っているが、照れ隠しにしては行き過ぎではある。さすがにやりすぎたかな?とマリセウスは彼女を止めようとすぐに彼女の横へ来る。すると、

 「ふぉあっ!?」

 「おわっ、と!」

 片足立ちしていたせいでバランスが崩れて階段を踏み外したヘルメス。だが丁度すぐ横にはマリセウスがいたため転ぶことはなかった。
 危うく豪快に尻餅をついて、また痛い思いをする所だった。……こればかりは叱られるのを覚悟した。

 「駄目じゃないか、こんな危ないことをして。」
 「す、すみません……だってなんだか、また胸がくすぐったくなって……。」
 「私もやりすぎたよ、ごめんね。」
 「私が悪かったのにマリス様が謝ること…………、」

 しょげている彼の顔がちょっとだけ可愛らしく見えてしまい、胸が小さく弾んだ。だがこれだけ近くに顔が合わせていると、また紅潮して逃げ出したくなる。……しかし、その時ようやく気がついた。

 顔がやけに近い。
 足が地に着いていない。
 背中と両膝裏に彼の腕が通っている。
 つまり、持ち上げられている。
 ということは逃げ出せない。
 だけどもそれ以前に、すごい事をされているのだ。

 大きく逞しい彼が、軽々とヘルメスを横抱き……昨今の言い方だと『お姫様抱っこ』と呼ばれているそれをしている。
 王太子である彼が王太子妃になる彼女をそう抱き抱えているのだから、それこそ文字通りの光景。大衆向けのロマンス物語も裸足で逃げ出すくらいに、見ている人々ですら甘さのあまりに胸焼けを起こしそうなほどに堂々としていた。


 「……ん?」

 商会従業員の制服を着た近衛兵におぶられていたグレイはようやくここで目を覚ます。王太子と婚約者から少し離れていた後ろにいた彼らは、二人のやり取りを見て『甘酸っぺぇ……』と溢していた。

 「……ここは?」

 「おや。グレイ殿、加減は如何ですかな?」

 ぼんやりとしていたグレイに先に気がついたのは近衛兵を率いて立っていたベルドナルドだった。覚醒したばかりの彼はおぶられているのに驚いたが、すぐに降ろしてもらえた。
 どうしてこうなったのか思い出しながら眼鏡を一旦外して目をこする。……前方に何か人影のようなものが見える。どこかで見覚えのある配色だなぁーと確認するため、眼鏡をかけ直してそれを見る。

 「……んんっ!?」

 確か気を失う直前に見た、死ぬかと思うくらいに眩しい男性……妹の婚約者だ。
 しかしだ、何故かはわからないが腕の中に妹がいる。抱え込まれている上に真っ赤になって息苦しそうにしている。おまけにやたらと顔が近い。

 グレイには恋愛感情というものがわからない。未だに婚約者もおらず、愚直に普通に育ち普通に学生時代を過ごして普通に卒業し、普通に国会の職員になっていた。その普通にまみれていながらも、恋とは無縁に過ごしてきた……逆の奇跡を持ち合わせていたのであった。
 そのせいで、ヘルメスが好きな人の顔が近くて照れているなんて事を知る由もない。だからグレイはこう思った。
 『パートナーによる酷いセクハラを受けている』と。……セクハラを受けたら赤面はしないのだが。

 そんなグレイの心をつゆ知らず、ヘルメスの紅潮とした様子が愛らしくずっと見ていたマリセウス。視線が絡み合うせいで恥ずかしくて両手で顔を覆い、自ら遮ってしまった。

 「ああああっ、あの、お、降ろしてくださいぃい~……。」
 「私はもうちょっと、このままでいたいんだけども。」
 「で、でも他の人も見てて……っ!」
 「そんなに嫌……?」

 マリセウスがまたしょんぼりとした顔になると、いつもとは違うギャップで歳上だというのに可愛らしくて、ヘルメスの感情を掻き乱す。だけども嫌がっているわけではないのでこれは否定しなければと、恥ずかしくもなんとか弁明しようとする……。

 「嫌なわけないじゃないですか!ただ、こういう特別な事は……二人のときにしたいって。」
 「う、ぅぐっ、なんてかわいらしいおねだり!好き!!(そ、そうか。ごめんね)」
 「こんな時に建前と本音を逆転しないで下さいよ!?」

 マリセウスがあまりの愛しさに身悶えてしまっているものだから、危うく腕の中にいるヘルメスを落としてしまいそうになった。
 もう少しこのままでいたいが、そうしたらヘルメスが羞恥のあまりに気を失ってしまうだろう……伸びた顔もさぞ可愛らしいかもしれないが、彼女の家族に怒らせてしまうのはいただけない。あと自身の理性が保てない。
 名残惜しそうに彼女を降ろそうと決意し、ゆっくりと……。


 「くぉおおおおらぁあああああ!!!!!!」

 「えっ!?」
 「ふぇっ!?」

 何故か烈火の如くブチギレたグレイが全速力でこちらに走ってきた。予想外の展開に二人は変な声をあげてしまい、離れるどころか余計に身を寄せ合ってしまった。

 「に、兄さん!?え、こわっ!」
 「に……逃げよう!!」

 鬼の形相をした兄を見たヘルメスは両腕をマリセウスの首に絡ませて落ちないように、本当に自然とその動きをした。
 マリセウスも彼女を落とさないように手に力を入れて、思い切り駆け出した。

 ……ちょっとした愛の逃走劇が始まったりする。

 
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