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第二十八話
明日を投げ出さない
しおりを挟む「すまない、先に行くよ。」
呼ばれた中にはヘルメスはいない。この状況で一人になるのは心細い思いをさせてしまうのではと心配したが、マリセウスは彼女の強かさを理解したばかりだ。
ヘルメスは彼らが舞台に登り、その姿が見えなくなるまで見送った。
(怖いなぁ……。)
覚悟も決意も決めたというのに、やはり緊張感は解れてはいない。
(でも、逃げたらマリス様の隣には居られなくなる。)
そちらのが怖い。逃げ出す理由があったとしても逃げたくない想いが遥かに上回る。ヘルメスに勇気があると言ってくれた彼が、その勇気の原動力なのだ。
勇気とは恐怖を受け入れて乗り越えること、そして大切なものを守りたく奮い立つことである。数多の物語で勇者は魔を打ちのめしてきただろう、困難を超克したであろう。大袈裟に捉えるのならば、今のヘルメスは夢物語の勇者にだって匹敵する。
彼女の辿った道は決められたように見えて、自分で決めた道である。挫折して諦め、投げやりになった道のりだったにも関わらず、恋に落ちてもう一度歩み直した。
だからもう投げ出したくはない、逃げたくはない。たったひとつの恋慕でヘルメスの人生は決まった。盲目的な恋と言われようが、この決断は『勇者』と称賛するに値する。蛮勇とは異なり誇れる覚悟を間違いなく持ち合わせているのだから。
「ヘルメス・カートン嬢、ご入場をお願いします。」
「っ、はい。」
ついに呼ばれた。
その時一気に息を呑んだのか、小さく咳き込んでしまうも姿勢を正して前に向き直る。
いつものようにいつものようにと歩き、彼らのいる壇上へと登る。一歩一歩と上がっていくと、ようやくお目見えしたのは膝をついて頭を下げている四人の男達。
よく知っている騎士団長、最近知り合った近衞騎士団長、恐らくもう一人がこの国の憲兵をまとめ上げているであろう人物。そしてその三人を筆頭にしている鎧を纏っている人間が、話に聞く将軍と呼ばれている人物なのであろう。
壇上に到着すると、国王デュランの「表を上げよ」に合わせて彼らは眼前にいるヘルメスを見やり、その彼らに合わせて挨拶をする。
「神海王国ハンクス王族の伝統に則り、この儀式に参上致しましたヘルメス・カートンです。」
今はまだ小国の伯爵令嬢。彼らよりも身分が低い立場故に敬意と礼節をもってカーテシーをしてヘルメスもまた頭を下げた。
彼女を見た最初の印象は「貴族令嬢とは思えないほど、華やかさを持っていない」と失礼ながら思った。
小さいとは言えども荘厳な儀式なのだから煌びやかな姿でやってくる事はまずあり得ないのだから、場と空気としては合っているのだろうが……直感的に彼女には『生まれながら持ち合わせているそれ』があまり感じられない。王族であれば仕草で如何にも礼節の中で生きてきたと伝わる、品行方正さが滲み出ているものだ。
それでも王太子殿下が選んだ女性。何が彼を惹きつけたのだろうかとも思わなくもない。王太子は異性にまるで靡かず、浮いた話もひとつもない。故に今回の婚姻の件、さらには恋愛結婚と聞けば誰もが驚いた出来事なのだ。
……ジライヤは顔に困惑を出さないようにはしていたが、自身の心中を視えたのか王太子は睨むようにこちらを見ていた。
先程まで『信用に足りるかどうか、見てみたいものだ』と思っていたが、殿下のそのひとつの仕草で信頼されているのは察した。しかし尚更、この鉄の男とも呼ばれた王太子の心をどう掴んだのだろうかと疑問にも思う。
「ヘルメス・カートン嬢。我が国を守る剣、盾、鎧。それらを纏う将軍に王族となることの宣誓をして貰おう。」
国王デュランに促され、伝統に沿った決まり文句をツラツラと述べる。この小さな儀式はそういう事だけしていれば良い。後ろにいた三人が認める認めないかの話をしていたが、こんな短時間で残念ながら為人がわかるはずもなく、王が認めた婚姻なら異論はない。あとは我らもまた誓いを立てるという式辞……これを様式美というには些か物足りないだろう。
「私、ヘルメス・カートンはハンクス王太子殿下の伴侶となり、神海王国ハンクス繁栄のため、神々の代弁者として生涯に渡り身を粉として国民を愛し慈しみ、共に苦楽を共にすることを誓います。」
ああそうだ、棒読みになってしまいがちの短い宣誓(だが少女の言葉には自然な抑揚がある)の後に我らは誓いを立てる。やはりこれで儀式は終わってしまうのだろうなと思っていたのだ。
「……ですが、」
『ですが』?
ジライヤは過去の文献を読み、宣誓の儀の予習をしてきていた。どれもこれも手短に終わらせる名ばかりの儀式だと認識であったため、予想外に言葉が続いている事に一瞬動じた。
「小国の伯爵令嬢と言えども、私は生まれも育ちも田舎の小娘です。王太子殿下との身分の差も年齢の差も含めて考えれば恐らくは、ハンクスの上位貴族は快く思ってはくれないでしょう。その負の感情で国が乱れ、国民の生活が危ぶむ可能性も大いに考えられます。私は民にも彼らにも認められるよう、今後とも努力は惜しみません。しかし、万が一……。」
どこまでも澄み切っていた瞳は幼い少女のように綺麗ではあったが、決意と覚悟が秘められていた。
「皆様が王太子妃としての資質がない、私を認めることが出来ないとなったその時は……貴方たちの持つ剣で、私を斬り捨てて下さい。」
……幼子の戯言、には聞こえない。重みのある言葉であった。
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