オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第二十八話

歩むもの

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 「えっ……!?」

 一瞬の沈黙、直後に流れてきたのは立会人席から抜けた声。慌てて口をつぐんだ義兄と視線が合う。
 驚くのも無理はない。彼らも事前に聞かされていた『宣誓の儀』は一種の通過儀礼で既成の言葉を並べるだけの短い儀式。だが、それを納得していなかったのは婚約者……彼女自身だ。
 ほぼほぼ平民と変わらないような育ちで国政に携わる立場にいきなりなるということは、快く思わない人間を増やす行為のようなもの。器がなければ国が乱れるのは必然であろう。
 もし彼女を妃にして後悔をするくらいなら、自分が斬り捨てた後に自害してもいいとすらマリセウスは思っている。だが本来なら先の発言は止めるべきではある。国王が認めた婚姻を臣下である彼らが認めずに処断するということは、忠義に反することなのだ。
 その発言の異常さに当然、将軍を始めとした彼らは困惑している。

 「……陛下、発言をお許し願いとうございます。」

 ジライヤは戸惑う空気の中、たまらず声をあげた。
 デュランに発言の許可を貰うと、彼は眼前にいる王太子妃となる少女に問いかけた。

 「ジライヤ・ウィルソン、恐れ多くも申し上げます、カートン嬢。我らは王が認められた婚姻に対して異論はございません。その上で何故にご自身の身命を賭すようなお言葉を述べられるのか、お教え願います。」

 純粋に感じ取った疑問を濁すことなく発する。この質問に対しての回答を得る前に、後ろに控えていた憲兵総監は「発言の許可をお許し願いたい」と遮った。それに対してもデュランは許した。

 「リッカルド・ライアン、将軍に同じく。ですが手前、此度はカートン嬢の人間性を見極めようとしておりました。先の発言、まるで責任から逃れるような発言にもとれますが……。本当に刃を向けてしまってもよろしいと、お考えで?」

 辛辣。確かに、『信用に足りなければ斬り捨てる』は根本は解決するやもしれない。だがそれは、自分が撒き散らした問題を何も解決せずに生きることから逃れるような真似である。組織内部で立場のある人間が不祥事を起こし、その役目から降りるも結局は残された者たちが尻拭いをしなければなるまい。
 後ろ指を刺され続けているくらいの生き地獄なら、とっとと本当の地獄に堕ちてしまえば楽になる。それは贖罪にもなれはしないと誰もが思うだろう。

 「他の二人はどうだ、発言を許す。」

 デュランは残されたシグルドとベルドナルドにも許可を与える。
 突然、というよりも流れからすれば当然であろう。王太子妃となるであろう人物の発言は許容されるべきか、軽率な言動であることを諌める、もしくはそれこそ今ここで斬り捨ててしまうべきなのかとも考えてしまう。
 この空気をどうするか……ベルドナルドは汲み取って「恐れながら」と慎重に発言する。

 「ベルドナルド・ダイヤー、率直に申し上げます。聞けばカートン嬢はまだ我が国に身を置いて一月も経過はしておりませぬ。故に焦りによって身命を賭すような発言にもとれます。将軍同様、此度の婚姻に異議はございません。どうか……ご自愛をなさって下されば、私としては幸いです。」

 思いやりのある、目の前の王太子妃となる少女に負の感情を払拭してほしい願いを込めた言葉をそのまま伝える。
 確かに今だけの間は自分の両親もハンクスにやってきて一緒になっているが、考えれば突然単身で知らぬ土地にやってきてのだ。環境も境遇も異なり、それこそ心身共々ひどいストレスや疲労感だってあるだろう。
 愛する人がいるとはいえ、孤独感だってあったに違いない。何より重圧があったはずだ。ベルドナルドは己の境遇と重ねてしまい、やや同情的になる。

 「神海騎士団団長フレッド。お前はどう思う。」

 デュランの威厳ある声が広間を響かせた。
 この四人の中で最も王太子と少女の身の上を理解しており、人間を理解している男。
 恐らく彼を知ってる人間ならおおよそのイメージがつくだろう。いい加減というかフランクで、デリカシーがやや欠けている。だからこう考えるはずだ、『少女の決意を手放しで認める』『笑って受け入れる』のどちらかと。
 しかし、彼を理解している人間ならこう考える。
 『その回答はまずあり得ない』と。

 「……シグルド・フレッド。申し上げます。」

 陽の刺さない海底のように冷たく、低い声で広間にいるほとんどの人間の背筋が凍るほどの一抹の恐怖を与える。
 先程乱暴にグレイの頭を撫でてきた砕けたおじさんでもなく、マリセウスをヘナチョコ王子と弄ってきた友人の姿でもなく、その緊迫感は神海に殉ずる騎士の長の厳格さに満ちた姿であった。

 「騎士道の教えに、『主に対して厳格な服従を誓う』の文言がございます。それは王家に対する忠誠心、いついかなる時も全うする正しき義と我らは心に刻んでおります。」

 淡々と、底冷えする声は語る。
 鋭く冷たい眼差しは少女の青い空のような瞳を射抜くほどに恐ろしさを感じる。

 「『信用に値しないのであれば斬り捨てよ』。よろしいのですね?」

 単純な質問。
 それに対してヘルメスは動じることもなく静かに首を縦にコクリと落とす。その視線はどちらも外すことはなく、真剣に交わした。

 息苦しい重い空気が流れる。将軍も総監も近衞騎士団長も微動だにせず片膝をついたままだ。静寂がその問答の間、一拍置いて流れる。自分の小さな呼吸、重さのあまりに息を呑む音が聴力を支配する。

 その支配を破ったのはひとつの小さな音。
 「キンッ」の金属音。
 その音の正体がなんなのか、三人は知っている。
 途端、ジライヤは咄嗟に声を上げる。

 「フレッド!!」

 ほぼ同時にヘルメスの前に飛び出し、甲冑で覆われた左腕を瞬間的に差し出す。
 ガキンッ!と金属と金属の弾く音。
 広間に反響するその音から一拍置いての静寂が再び。
 状況が理解されると一番に悲鳴をあげたのはグレイだった。

 「へ……ヘルメス!!」

 その光景はあまりの事に絶句する。
 ナナリは恐ろしさに両手で顔を覆い、セネルは妻を抱きしめる。彼ら一家のリアクションが普通であろう。
 シルズ首相は「ほぅ」と感嘆し、ダイアナは表情ひとつすら変えず、マクスエル公爵夫妻は眉間に皺を寄せた。何が起こっても不思議ではないとでもわかっていたかのような肝の据わった態度である。

 「……これが答えか。」

 シグルドは一言呟く。
 もしジライヤの腕がなければ、あと僅かでヘルメスの首は本当に斬り落とされてしまいそうであったのだ。
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