オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第二十八話

河の流れ

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 信義を誓い、忠義を立てる荘厳な儀式は無事に終わりを迎えた。

 広間から退場した直後、ヘルメスはその場に腰が抜けたように倒れてしまいそうになるも直様マリセウスが肩を抱いて彼女を介抱した。
 あれほど堂々としていたにしろ、まさか刃を向けられるのは想定外であったためだろう、一気に緊張感が抜けてようやくまともに呼吸が出来るようになったとも言える。

 「ごめんよ、庇ってあげられなくて。」
 「いいえ。それよりも……私を信じてくれて、ありがとうございます。」

 見つめ合いながらの謝罪と感謝。
 如何にお互いを信じ合えたとしても、やはり危険な真似はさせたくはないものだ。それを飲み込み耐え切るのは余程の覚悟が必要だっただろうに……。両親含めて周囲に数人ほどいるにも関わらず、優しい言葉をかけ続けている二人をこれまた周囲は温かく見守っていた。

 しばらくすると落ち着きが出てきたヘルメスとマリセウスは、そんな穏やかな視線にようやく気がついて二人だけの世界に没入してしまったことに赤面して思わず頭を下げて詫びを入れた。
 どこまでも初々しくて、見ているこちらまでも照れてしまいそうなほどにくすぐったさが伝わる。ここまで来たのなら、二人は必ず幸せになってほしいと自然と皆が皆そう願わずにはいられなかった。
 国王夫妻は王太子たちに「人前式をするから、控室にいるカートン家とデニー家を案内してきなさい」と頼み、先に式場となる部屋へと向かっていった。……きっと先ほどの儀式のことで、両親にアレコレ言われるのだろうなとヘルメスは少し沈んだが、

 「私は胸を張れるよ。さっきみたいに堂々とすればいいさ。」

 と笑顔でフォローしてくれた。
 ヘルメスの手を優しくとり、マリセウスはそれを自身の手に絡ませれば繋がる。屈託のないほどに眩しく純粋な笑みは春の陽気よりも心穏やかになれた。ヘルメスは大人であるがたまに見せる少年のような純粋無垢な一面を持つ彼に、本当に恋をしているのだと改めて認識したのであった。

 ヘルメスはそういえば、と気がかりがひとつ出てきた。

 「確か、立会人とシグルド達って同じ控室ではありませんでしたか?」
 「ああ、確かにそうだけど。……まぁ、シグルドが君のご家族から総叩きにあっても文句は言えないだろうね。」

 ……いくら自分の器を推し量ってもらうためとは言え、さすがに剣を抜いて突きつけたのだ。はてさて、あの底抜け元気な騎士団長もさすがに堪えてしまっているだろうか。
 ヘルメスは多少の申し訳なさを感じて両親たちのいる控室へと足を運んで行った。

*****

 「よぉ!さっきは驚かせて悪かったなヘルメスちゃん!!」

 杞憂だった。とてつもなく明るく元気にフランクに謝ってきた。
 あの冷え切った表情と声は一体どこから出てきたのであろうか?まさかと思うが、シグルドは胃袋が四つあるのではとヘルメスは小声で溢した。なんで胃袋なの?とマリセウスはそれに反応したが、「あ、腹の内がわからないって意味か。」と納得した。……でも胃袋に人格や思惑は入ってないのではとも疑問に感じた。どちらにせよ、ヘルメスのイマジネーションは読めないから深掘りすると沼にハマる。これ以上の詮索はやめよう。

 「いえ、ご心配なく。殿下共々、私を信用してくれているという証でしたから。ありがとうございますシグルド。」
 「どういたしまして。俺はマリセウスが飛び出して来るンじゃねぇかってヒヤヒヤしてたぜ?」
 「ヘルメスの決意を踏み躙るわけにはいかないからな。身を挺したいところを耐えるのは本当にしんどかった。」

 いの一番にシグルドの出迎え、その直後は母ナナリが娘に抱きついてきてどれほど心配したのかと絶叫し、父セネルはそんな妻を宥めながらヘルメスから引き剥がした。
 父からも何か言われてしまうだろうかと身構えていたが、王太子妃の立場を理解した上での決意ならば否定しないと言い、今後は本当に刃を向けられないような立ち振る舞いを今以上に意識するようにと叱咤を受けた。

 「……だけど、見ない間に大人になったね。ヘルメス。」
 「ありがとうございます、お父様。」

 親子のやり取りを暖かく見守り、セネルと同じ事を思っていたマリセウスは義父となる同年代の彼の言葉にウンウンと頷き、にこやかに同調する王太子を見て尊さを補充するイフリッド公爵ことダイアナ。
 和気藹々なところで控えていた初対面の男二人が失礼と入ってきた。

 「改めてご挨拶を。私はジライヤ・ウィルソン。神海王国の将軍を務めております。」
 「リッカルド・ライアン。国家憲兵団の総監をしております。以後お見知り置きを。」
 「はい、改めてまして。ヘルメス・カートンと申します。今後ともよろしくお願いします。」

 ……いかつくて貫禄のある男ふたり。自分より背丈も高く体格も大きいのにまるで動じることもなく、にこやかに挨拶をする妹の姿を離れたところから見守っていたグレイ。
 本当に見ない間に大人びて、でもまだどこか子供のようにも思えて。また置いていかれる感覚に陥りそうになる。あんなに小さくて手がかかる、淑女とはかけ離れていたのに……長い年月変えられなかった妹の短所がたった一月で激変してしまったことがどうしてだか悲しくて寂しく思えた。
 大袈裟に言えば、『もう僕の知るヘルメスはいなくなってしまったのだ』の一言が似合う。グレイはそれを事実として受け止めるには大きすぎて、目を背けたくなる。悪い言い方をすれば置いていかれたことに拗ねており、自虐的になっているだけなのだろう。自覚があるかは別として、未だこの状況下に馴染めていないのは事実で輪の中に入れずにいた。だがグレイが立ち尽くしているのに誰も気づいてはいない。もうこの際、ひっそりと自分だけサンラン国に帰ってしまえばいいかもしれない……そう思っていたのに、たった一人に気づかれてしまう。

 「兄君。ご気分が優れませんか?」

 「ぁ……い、いえ。」

 妹の心を奪った婚約者。純白の礼装が眩しくて絵に描いたような、まさしく王子様のような男。
 思えばこの人は出来すぎている。こちらの無礼な物言いに怒ることもなければ否定すらしてこない。国会で色んな貴族を見てきたが、譲れない矜持があれば頑なに貫こうとする。それが人として当然なのだ。傷つくことを言われれば悲しみ落ち込む。
 だが目の前の男はどうだろう。まるで、『あなたがそう言うのであれば仕方ない』と、受け入れているように……寧ろ諦めている雰囲気すら感じる。器が大きすぎると思えばいいのだろうが、グレイには違和感しかなかったのだ。

 「先の儀、やはり驚かれましたか。」
 「それは……当然です。」
 「私もです。身を挺して守るべきでしたが、それではヘルメス嬢の信頼を踏み躙るというもの。……信じるというのは、難しいですね。」

 難しいものだろうか?少し前の自身ならそう口にしてしまいそうになるも、今まさにその難しさに向き合っている。グレイは出来すぎている王太子に妹を任せていいものか……警戒心はやや薄れたものの、やはり信頼出来そうになかった。
 優しい目で妹たちがマクスエル公爵夫婦やシルズ首相と話し込んでいるのを見守っている王太子を見た。背筋を伸ばして腕を後ろに回している、非常に綺麗な姿勢である。

 (……ん?)

 右手を結んでいる左手。その右手手袋、指の付け根から肌が見えている。……まさか破けているのでは?

 「あの、殿下。右手の手袋、どうなさったのですか?」
 「え?……あ、まさかさっき思い切り握りしめてしまった時に。」

 マリセウスはヘルメスが刃を向けられたとき、どうしても飛び出して守りたい衝動に駆られた。それでも彼女を信じたい、決意を踏み躙る真似はしたくない。表情には出さず飽くまで冷静に穏やかに見守った。彼にとってヘルメスという女性は、生涯を形成した全てだ。それが目の前で傷つくことを恐れても歯を食いしばるほどに我慢した。しかし、ここまで無意識に力を入れていたのを今ようやく気がつき(何故か右手がヒリヒリするとは思っていたが、それどころではなかった)想像して以上に気持ちの昂りを抑え込んでいたのであった。

 「……やはり難しいものですね、信じ抜くことは。」

 グレイに向けて苦笑いするとマリセウスは、己の未熟な一面を猛省するように呟いた。
 マリセウスのその胸中に気付けるほど、グレイはまだ大人になれてはいない。さっぱりわからないと言わんばかりの顔のまま、手袋の替えをもらう王太子の背中を見送ったのであった。


 「殿下。めでたい日でございますが、お耳に入れておきたい事がございます。」

 シグルド達から離れて穏やかに見守っていたベルドナルドが静かにマリセウスに寄ってきた。

 「構わない。話してくれ。」

 バトラーから手袋を受け取り着用しなおしているマリセウスは笑みを崩さず返事をする。

 「前レイツォ伯爵、我が愚兄に何やら動きがあるようです。」

 途端、上がってた目尻と口角がストンと落ちた。

 「グラットン・ドズ・ダイヤー……やはりか。」

 反王太子派で最も過激と呼ばれる、毒蛾が動き出す。
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