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第三十話
開幕戦
しおりを挟む「本当に……申し訳ありませんでした……。」
食事会も無事に終わり、各々が好きなように交流している自由時間。ヘルメスは落ち込みながらも国王たちに頭を下げていた。
『幸福の共有』の加護のせいで前菜から幸せオーラを爆発させ、最後のデザートに至るまでも至福を爆発させまくっていたらしく、加護の力を可視化出来るジャクリーンはあまりの爆発っぷりに眼精疲労がやってきて目元を冷やしていた。さすがに今は席を外している。
今に至るまで、ヘルメスが嬉しそうにすると幸せな気分になれたのは加護のおかげであることにも気がつき、他人の心を意図せずとも操ることになる力をどうやって制御すればいいのか?マリセウスを含めてそれに頭を悩ませていた。
そこでふとテレサは口にした。もしかして、今日みたいに素敵な一日だったら、ヘルメスちゃんの喜びとか至福がたくさんやってきて爆発したとかじゃないかしら?と。人前式は彼女にとって喜びがたくさんやってきた時間でもあった。
確かに好きな人との入籍とその祝福、歩み寄ってくれた兄、美味な食事など一度に多くがやってきたのだから無理もない。しかし今は憶測の域を超えてはいないので、その可能性を視野に入れておくべきだと考えた。
他人の精神や感情に干渉する厄介な加護だが、悪いことではないはず。
「ヘルメスが結婚パレードで幸せ全開になったら、元気のない民草も元気になれるよ。」
「そうだったらいいのですが……。」
元気を化身にしたような彼女らしい加護で安心していたのはマリセウス。彼もまた王家の古い過去を知っているだけあり、魅了などが授けられたらどうしたものかと不安になっていたのもある。……現在はマリセウスのみがヘルメスに魅入られているので余計な心配だとは思う。
とりあえず方針は様子見。ヘルメスに喜びを与えるな、というのは人としては無理な話である。
人前式では祝福と加護の話をしてしまったものの、口外しないようにとエヴァルマーの血を引かない彼らに念押しはしておいた。……まぁそんな非現実的なことを誰が信用するかと言われれば信用されないだろうとはなるが、用心に越した事はない。
ひとしきりの話も終わり、一同はみんながいる内廷の庭園へと降りていった。
「あら、お話は終わったのヘルメスちゃん。」
「はい。ご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。」
「謝ることはないよ。いつも幸せそうに食べているのは悪い事じゃないさ。」
「そうねぇ。ハンクスに来たばかりの頃のお茶会でもそうだったわ。」
先に話しかけてくれたのは両親。ロレンスとターニャと雑談していたそうで、ヘルメスが過ごしていた日々を尋ねていたそうだ。
幸せそうに食べている、の言葉に反応したのはテレサ。
「ヘルメス嬢が出されたスコーンを頬張る姿がなんだかとても愛くるしくてね。私と陛下のスコーンを思わず差し出してしまうほど、つい構いたくなっちゃって。」
「そうでしたの。実は旦那様がおっしゃる通りに、食事のときは本当に幸せそうに食べているもので……。それに外食するときも、至福な顔で頬張るものだから料理店のシェフも喜んでつい追加してしまったりして。」
……どうやら加護のせいと言うわけではなく、普段からの食事に対する姿勢のおかげもあって、加護が上手い具合にブーストして爆発したようだ。昨日の朝食もそうだったし、浜辺での競走後の夕食も思わず自分のポークソテーを分けてしまったほどだ。
「私の幸せのハードルって、低いんですね……。」
「身近なところで幸せを感じるのは良いことだよ?」
しょんぼりしてしまうヘルメスにマリセウスは、いつも幸せな君を見ていられるなんて私のが果報者なんだけどもね!と変なフォローを入れる。ちょっと入籍ハイが入っているのか、彼は本当にヘルメスに負けず劣らず幸せな笑顔をしている。それがなんだか少年のようにピュアなものだったから、思わず胸がときめいてしまい赤面をしてしまう。
その赤面する姿が可愛らしくてまたデレデレしてしまい、またそのデレた顔が可愛らしくて赤面して……。惚気の永久機関が誕生してしまったわけだ。
「……そうよね。側から見れば幼女趣味のおっさんよね。」
「不安にはなりますわね。」
「い、いえそこまでは……思ってましたが。」
ロレンスはジョナサンと談笑しており、テレサがナナリとの談笑で盛り上がってしまったのでデュランとセネルはその二人に混ざる形で談笑を始める。
残されたマクスエル公爵一家の三人は、先の食事会でモロに加護の影響を受けてしまったせいで恥ずかしい思いによる自己嫌悪に陥っていたグレイを励ますようにしていたが、目の前にいる(まだ受理はされているかはわからないが)新婚二人の甘酸っぱい空気を目を細めながら見ていた。
「それでグレイ様はどうやって叔父上を見極めるつもりですか?」
公爵家嫡男のアレンは、難解な壁にぶち当たりに行く彼をやや心配そうな目で尋ねてみた。
「どうって……それは普段の生活態度ぐらいしか。」
「僕がこんな事を言うのもなんですが、叔父上は短期間で理解するのは難しい御仁ですよ?」
実はアレン、社会勉強として数日間だけマリセウスの付人のような事をしていた経験がある。
王太子の執務・公務と商会会頭としての仕事にも同行してみたが、あまりの情報量の膨大さとそれをものの見事に捌いていく様は圧巻であり、疲労も見せない妥協もしない姿勢はタフすぎて恐ろしさすら感じた。鉄の人間と呼ばれるのも頷ける。
引き際も詰め方も心得ているため、人心掌握術にも長けている。その上隙はなかなか見せない、と思わせて隙があるように見せて誘導してくる。対面では勝てないだろうからどのようにすれば、難攻不落の王太子を攻城出来るか皆が皆悩んでいた姿をアレンは思い出していた。
その叔父が妻となる人の兄から信用を勝ち得る為に動いたことに酷く驚いたのは勿論自分だけではなかった。平たく言えば、皆を上手く丸め込み転がすあの王太子が今度は品定めされる側に回ったということだ。
「まぁ、兄様に下手に丸め込まれなきゃいいわね。」
ジャクリーンがそういうとターニャも同じくと言わんばかりに首を縦に振る。
と、惚気の永久機関と思われていた片方がその単語を聞きつけてやってきた。勿論マリセウスだ。
「酷いなジャクリーン、今回ばかりは丸め込むような真似はしないよ。」
「あら、今回だけはね。」
……いつもは丸め込んでいるような言い草だなと口を尖らせて少しばかり拗ねている。齢四十過ぎの男がやるとあまり可愛げがないが、ヘルメスにとっては可愛いらしくてまた赤面をしている。
「それでグレイ君。兄様を見極めるには結構な観察が必要だと思うけれど、大丈夫?」
「え?そう、ですね……さすがにいきなりプライベートを視察するのは失礼ですし。」
私は構いませんよ?と観察対象の本人が言うが、一応これでも一国の王太子。不敬が過ぎるだろうとグレイは首を横に振った。それよりもヘルメスが『私だって観た事ないのに』などと言いたげな視線でこちらを見てくるので、拗れるかもしれないのでなんとか回避したい。
「でしたら、やはり殿下の執務を見学してもらうのはどうかと思いますが……。」
「なるほど。義兄上は国会職員の経験で私をどの様な政をしているかで評価してくださると。」
いや、そこまで深くは考えていない。
やはり彼の周囲がどのように彼を見ているかも気になる。王太子の仕事も少しは興味があるのも兼ねていたというのが本音だが。
「なら明日は朝の九時から始業ですので、その時間より少し前に外邸にある私の執務室にお越しください。案内に執事をひとり寄越しますね。」
「はい。ありがとうございます。」
とりあえず明日は彼の仕事っぷりの見学の予定が決まった。どのような事をしているのか少しだけわくわくしてしまっていたが、それを誤魔化すように話しかけてくれたアレンに何気なく質問をしてみた。
「そういえば、殿下の付人をした時はどのような事を、」
「ぃ、ぃいいいっ!!ぃえ!?何も!?何もないですよ!!?!?」
……あまりの酷い動揺っぷり。先程まで年下とは思えないほどの落ち着きと貫禄を兼ねて揃えていた令息が滝のように汗を流して首を高速に横に振っていた。
まぁ、気持ちはわかるとその姉は渋い顔をしていたのをグレイは見逃さなかった。
これは一体どういうことだと何気なくヘルメスに視線を移したら、
「……私だってマリス様の執務、観た事ないのに。」
すっごく拗ねた顔で悪態をつかれた。
知らんがな、グレイは妹に一言だけそう返した。
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